第8話 重ねて、特訓します!
宿舎に帰ってタンザナくんが「アガ―ト頑張ってたよ」と報告をするなり、四方八方(というほど人数はいないのですが、気分的に)から手が伸びてきて、恒例の撫でまわされタイムが始まります。
正直に言って、そんなにお褒めにあずかるほどの頑張りではないのですが、それでもここの皆さんは褒めてくれます。それに微かな申し訳なさと、胸いっぱいのうれしさを感じます。
今日のご飯は、すでにアンバーさんが用意していてくれました。メインは白身魚の煮込み。それにレタスとトマトのサラダ、きのこのスープという、贅沢ではなくとも温かみのある献立です。味付けも相変わらず、おおざっぱながらも家庭の味という感じ。アンバーさんの味です。
「タンザナ的には、アガートどうだった」
「ボクにもけっこう頑張ってついてきてたし、スタミナはあるんじゃないかな。でもフォームはいまいちかも。そのへん直したら、もっと楽に走れるようになると思うから、誰か直してやって」
「……わたししかいないじゃないか」
「まーね」
……次の特訓では、アンバーさんに教えてもらうことになるのでしょうか。緊張、します。
「あとアガートくんさぁ、魔法とか興味ない? そのつもりならお姉ちゃん教えたげるよ」
「魔法、ですか」
ぼくの家は魔法を使える血筋ではありませんし、ぼく自身も魔法は使えないのではないかと思えます。
ですが、魔法という言葉の響きにはときめきを禁じえません。興味がないと言ったら、嘘になります。
それがユーディさんにも伝わってしまったのでしょうか。
「よぅし、んじゃこれから毎週、お姉ちゃんが魔法を教えたげるね!」
「先生、それは抜け駆けですぞ。本当を言えばわたしもアガートくんにお教えしたかったのに」
「えっへへー。早い者勝ちだよん」
ジェードさんがユーディさんを「先生」と呼ぶところから見るに、ユーディさんのほうが年上なのでしょうか。吸血鬼の方は、見た目からの実年齢がわからなさすぎます……。
「ところでアガート。食事のあとはどうする?」
「そうですね………一休みして、また運動しようかと」
「やりすぎて続かないより、少なくして続けたほうがいいぞ。ま、そのへんも考えてやれよ」
「はいっ。せっかくですしアンバーさん、走り方を教えてくださいませんか?」
「わたしも正規で教わったわけじゃないんだが……それでも良ければ付き合おう」
アンバーさん、そこはかとなくうれしそうです。そんな顔をしてくださると、お頼みしたぼくもうれしい限りです。
「じゃあ、食べて一休みしたら……な。後から動くんだから、しっかり食べるんだぞ」
……ぼくのお皿に分けられるパンが、二切れ三切れ多いのは気のせいでしょうか?
***
予定通り一休みしたあと、ぼくはまたがらんとした運動場を走っていました。すぐ横には、アンバーさんがぴったりくっついています。
「顎引いて」
「ッ、はい」
「脇締めて」
「はいッ」
「いいよ、その調子」
タンザナくんはただ一緒に走っているという感じでしたが、アンバーさんはと言えばコーチ感がばりばりに感じられます。的確な指示に加え、ちょっと休みすぎじゃないかと思うくらい「休憩を取ろう」と言ってくれて、水のペットボトルを渡してくれます。
何度目かの休憩の時には、アンバーさんもぼくの隣に座り、少し、話をしました。
「タンザナは、一緒に走るといっても……くっついてくるばっかりだったろう」
「それでも、独りじゃないからすごく励みになりましたよ」
「さては、罰を食らって運動場を、ひとりで周回させられていたな」
「はい」
ほんとを言うと冤罪がほとんどなのですが、黙っておきます。
アンバーさんは普段こそ悪い人としか見えないひどい吊り眼なのですが、ときどきこうしてきゅっと、人好きのする目元になります。不思議ですし、好きなのですが、なんとなく本人には言い出せません。
「それに、タンザナくんってスタミナあるから、ぼくのほうが先にへばっちゃうんです。だから、一緒に走る相手としては理想かも……もちろん、彼は味気ないでしょうけれど」
「そんなことないさ」
今更柔軟体操をやりながら、アンバーさんがこっちを向きました。
「タンザナは、一緒に走ってくれる相手がいるだけでうれしいんだよ。あいつもなかなか、寂しい奴だったから」
ふいに顔を上げたアンバーさんと、ぼくの目が合います。
「わたしも……話してくれる相手がいるだけで、本当はとっても、うれしいんだよ」
アンバーさんの、作ったような笑顔は寂しげでした。
「大丈夫です」
思ってもいないことがば口をつきます。
「ぼくはこの部隊に、ずっといますから」
アンバーさんの口元がゆうらりと歪みました。似たようなきれいごとを言って去っていった人数は、枚挙にいとまがないでしょう。
でも、ぼくは。
ずうっとと言えば嘘になるけれど。
当分は、この素敵な部隊に配属されっぱなしでいたいと、そう思っていたのでした。
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