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第3話 歓迎会

 出前は皆でピザを頼みました。部屋にあったチラシを見て、五人で三枚。注文するまでの間も「どれがいい?」「何が好き?」「これが好きならこっちも好きじゃない?」と、皆さんぼくの意見を申し訳ないくらいたててくださって、「ピザってことを決めちゃったんだから、残りはみなさんで決めてくれてもいいのに」と思いましたし、控えめにですが口にも出したのですが、皆さんは決して折れることはありませんでした。

 最初に「ガンつけた」のを謝ってくれた方に至っては「歓迎会なんだから、全部オマエの好きなものでもいいんだぜ! でも、出前しかなくてゴメンな」とまで言ってくださいました。女性の方も「今日は出前だけど、今度は外食に行っていろいろ食べようね!」と、今度についてまで話してくださいました。

 ここでやっていける、なんて、虫のいい考えを抱いたわけではありません。

 ですが、すぐには食べられなさそうだな、くらいなら、どうか思うことをぼくにお許しください。

 そうこうしているうちに余り待たず(軍人寮はピザ屋のすぐそばにあるのです)、注文したピザが届き、支払いを済ませると部隊の皆さんはいそいそと飲み物、グラスの準備をしています。

「あの、ぼくもお手伝いします」

「主賓なんだから、座っててよ」

「そうそう。お酒飲める? 飲めないの? じゃあ、オレンジジュースとアイスティーがあるよ」

「コーラもあったよな」

「でもあれ開けたの何日前? 気が抜けてるかも」

「そんな前じゃねーよ。昨日だから余裕飲めるし。何がいい? 好きなの飲めよ」

 結局ぼくは一度となく立ち上がることなく、お誕生席に配置されたうえ、アイスティーまで注いでもらってしまいまいました。

 恐縮です。申し訳なさでいっぱいです。

 でも、うれしい気持ちもあります。こんなに大事に扱ってもらえるのなんて、十六年の人生で初めてのことでしたから。

 やがて皆さんも思い思いの飲み物を手に取って、席に着きました。

「それでは、V計画新任担当者の門出を祝って! かんぱーい!」

「「「かんぱーい!」」」

「か、かんぱいっ」

 僕のいた所属でも、いわゆる飲み会の類のものはありました。だけれどそこは僕にとって、先輩や上司、同輩……つまりは自分以外のすべての人の、一挙手一投足におびえるだけの場所だったのです。

 ですがここは――ここは、穏やかでした。

 仮に彼らが吸血鬼だとしても、今彼らにぼくを襲う意思はありませんでした。彼らは嬉しそうにエールや水割りやオレンジジュースを傾け、切り分けられたあつあつのピザに舌鼓を打っています。

「新任、冷めるぞ」

「……そうですね」

 ぼくもピザの一片を取りました。ソースが指に垂れてきて、火傷しそうに熱いです。

「……はふっ」

 それを、口に。

 選んだピザはトマトスペシャル。ベースもトマトソーなのはもちろん、ぶつ切りのトマトがたっぷり乗っているのが大きな特徴です。生のトマトとはまた違う、加熱したトマトの旨みにチーズと香草、なんといってもこの熱さ。これを食べている間は、口の中が天国です……!

 見ればほかの皆さんも、思い思いのピザを口に運んで恍惚郷までひとっとびのご様子。一足先に一ピース食べ終えて、グラスに注いだビールに舌鼓を打っている女性が、ぼくに話しかけてきました。

「遅くなったけど、あたし、ユーディね。ぼうやは?」

「デっ、デルフィニウム二等兵です!」

「うふふ、緊張しなくていいんだよ。家名じゃなくて、自分の名前も教えてほしいなあ」

「……アゲート、です」

「アゲート、アゲートか。ようし、覚えたよ。ちなみにあっちのヒゲはジェード、小さいのがタンザナ。色黒のはアンバーっていうんだ」

「はぁ……」

「まあ、今すぐ覚えれって話じゃないから。二、三日中に覚えて、呼んであげたら喜ぶんじゃないかな」

「わかりました、ユーディさん」

「おっ、上出来!」

 ユーディさんがくしゃくしゃと頭を撫でてくれました。子ども扱いしないでほしい、と振り払うのが正しいのかもしれないけれど、ぼくはうれしかったので。十歳で寄宿学校に入ってから、誰かに頭を叩かれることはあれど、撫でられるなんていうのはごくごくまれに、実家に帰った時くらいのものでしたから。

「サイドでポテトとサラダも来てるから、アゲートくん、そっちも食べていいのよ。あ、もちろんピザ最優先ね。まだ一切れしか食べてないでしょ?」

「はいっ」

 そのタイミングを狙っていたが如く、僕の前にお皿が差し出されました。その上にはピザが一ピース、乗っかっています。

「シーフード、好きだって言ってたから」

 ぶっきらぼうなセリフと一緒に皿を寄越して、その方はぼくに背中を向けてしまいました。

「あれがアンバー」

「はい」

「照れ屋さんだから、今のが現状最大級の好意なの。もちろん、もっと仲良くなればそれなりの対応してくれるけどね」

 アンバーさんはちょっとこちらを振り返りましたが、特に何を言うでもなく自分のピザをやっつけにかかっていきました。

 アンバーさんの持ってきてくれたシーフードピザをほおばっていると(イカの歯ごたえや貝の出汁と風味がたまりません)、さらにもう一皿、ぼくの前に置かれました。それはまだボクが食べていない、「オリジナルトッピング」のピザです。

「これで全種類制覇か? あの味が何枚欲しいとかあったら、皿にとってきてやるよ!」

「ありがとう、タンザナさん……でも、ぼく、小食ですから」

 それを言ったらタンザナさんは、生白かった頬をほんの少しだけピンク色に染めました。

「なんだよ、もうボクの名前覚えてンのかよ!!」

 言い方がけんか腰だったもので、ちょっと後ずさる、ぼく。

 だけどそんなのは必要、なかったようです。

「チョー嬉しいよアゲートぉ! 先任はボクらのこと完全怪物扱いしてさぁ……ボクらって一応番号割り振ってあるんだけど、ヤロウその番号でしか呼ばないでやんのな~~~!! あー、同族以外から自分の名前、悪意なく呼ばれるのマジ気持ちいいんですけどォ~~」

 少なくとも外見上、ぼくよりも年下に見えるタンザナくんは、ひょっとしたら年齢もさして変わらないのでしょうか。

「アゲート、もっかい呼んで!」

「タンザナさん」

「さん抜き!」

「タンザナ……くん」

「ああああ~~~~~~! しやわせ~~~~っ!」

 床をごろごろ転がりまくるタンザナくん。ほこり、つかないのでしょうか。

「タンザナは単純でいいねぇ」

「後で我々も名前で呼んでもらおうじゃないか」

 タンザナくんよりは落ちついて見える、成人男性の吸血鬼お二方も、やはり名前を呼ばれたら嬉しかったりするのでしょうか。

「あのっ、ジェードさん、アンバーさん」

「何かね」

「……なんだ」

 うれしそうでした。

「ぼくはいったいこれから、何をどうすればいいのでょうか」

 すでに出来上がりつつあるジェードさんが、お酒臭い溜息をつきます。

「別に大した仕事じゃないさ。我々の書類をまとめてファイリングしたり、電話に出たり、たまに外出許可が出たら飲みにつれていかれる程度の仕事でしかない。あと、たまに来る上役の嫌味を聞き流すのが一番の大仕事だ」

「不愉快ながらもジェードに同意する。あとはまあ、手伝えって言われたときに手伝えばいいんじゃないかな」

 アバウトに、過ぎます……。

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