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第11話 仁義なき焼肉(後編)

 焼肉はつつがなく進行しました。

 焦がしたの、生焼けだの、等いったこともありましたがそれすらぼくには(そして、見る限り皆さんにも)目新しく、楽しく、不思議に素敵な時間を送ることができました。お酒を飲む方もいらっしゃいましたが「めったなことじゃ酔えない」のだそうで、しらふも同然です。

 やはり自分たちの世界に没入しているせいでしょうか。周囲の騒がしさもあまり気になりません。

 ぼくは幸福でした。

 焼肉、といえば今までは無理やりに連れていかれるものであり、隅っこで焦げた野菜をかじってるだけのものであり、いつ絡んでくるかわからない先輩や同僚におびえるだけのものだったのです。

 それがいったいどうしたことでしょう。これを幸せと言わずして、何というのでしょう。隣のユーディさんがやたらめったらしなだれかかってきたり、頭を撫でてきたりしますが、そんなものは物の数にも入りません。ぼくの所為合わせを害するものには、どうしたってなりえないのです。

 できることならずうっとこの席に座っレ痛いところだったのですが……生理現象には勝てません。

「……ちょっと、お手洗い行ってきます」

 席を立って離れると、いかにも機嫌の良さそうなユーディさんの「どうぞ、ごゆっくり!」が追いかけてきます。

 個人的にはさっさと済ませて、またこの席に戻りたいところです。


 ***


 最低限済ませたかった用事については、滞りなく済ませることができました。

 つまり、お手洗いは空いていたのです。

 ところが、席に戻る途中で新しい用事ができてしまい、それを処理しかねて、今ぼくは非常に困っております。

 と、言うのも。

 異動前の部署にいた「おっかない先輩」に囲まれてしまっているのです。

 このお店の場所柄ゆえ、顔見知りの軍人さんに会うのは覚悟はしておりました。していたつもりです。ですが――ですが、これはあまりにも運が悪すぎます。溜息すらつけません。ついたところで、それをネタに虐められるだけでしょうから。

「よう、アガート……最近見ないし、てっきり辞めたのかと思ってたぜ」

「ち、違い、ます……」

 こういう受け答えが、余計相手のいらだちを加速させるとはわかっているのですが、怖いのですから、これ以外の話し方をぼくは知らないのです……。

「異動……しまして」

「異動?」

 ハーフエルフだとかおっしゃっていた、耳のとがった先輩がこれ見よがしに笑います。魔法科に配属されて、優秀な成績でいらっしゃるということは、ぼくの耳にも、入ってきています。

「おまえみたいなの、どこで受け容れてくれるんだ? おまえのとろさじゃ、事務方だってとてもできねぇだろうがよ」

「……は、はい。そう……ですね」

 相手を否定しない。

 それでいて、曖昧な笑顔を浮かべ続ける。

 こうしていれば、そこまで手ひどい扱いを受けることは少ない――と思います。事実、これでぼくはずうっとやり過ごしてきました。

 普段なら、先輩方が飽きるまで小突き回してくださって構わないのですが、今日はそうともいかないので、ぼくは困ってしまいます。

 だってここは焼肉屋さんで、ぼくは一人で来ているわけではないのですから。

 このまま先輩たちにお付き合いしていては、、部隊の皆さんがぼくを心配してしまうかもしれません。それになにより、自分で言うとこっ恥ずかしいのですが今日はぼくの歓迎会(2回目)。主賓があんまり長いこと、席を外すのはいけないことでしょう。

 どうにかして短時間で、ここを逃げ出す算段を考えていたのですが、悪いことにそれは先輩にも伝わってしまったみたいです。

「なんだ? ちょっと見ない間に、生意気そうな面ァしやがって」 

「しめとくか? ……っしゃ、アガートてめぇ、ちょっと来いや」

 ここまで来てはどうしようもありません。

 皆さんには……後日謝ることにしましょう。

 そんな決意を、ぼくが固めた時でした。 

「あ~っ、こんなところにいたぁ」

 びっくりするほど甘ったるい、女の人の声音。一瞬、気が付きませんでした。ユーディさんのそれだとは。

 突然の、重み。

 ユーディさんが、ぼくの背中に、あろうことか身体を預けてきています。あのあたりのやわらかさとボリュームが、その、まるわかりです……!

「んん? アガートくんのおともだちかなぁ?」

 悠々と「先輩方」を値踏みするユーディさん。

 早くもこの場の主導権は、すっかりユーディさんの手の中に納まってしまいました。

「軍人さんなの? あたし、つよい男のヒトってだいすきぃ」

 胸にバッジをつけっぱなしの先輩方は、その台詞に顔を緩めます。もう、ぼくのことなど見えてはいないでしょう。彼らの眼にはユーディさんしか入っていないのです。

「でもぉ」

 ユーディさんの手が、着衣の――胸の谷間に沈みます。思わず生唾を呑む先輩方。ぼくだって、いっさい興奮しなかったと言ったら嘘になりますが……。

「アタシより強いひとじゃないと、好きにはなれないかなァ」

 彼女が取り出したものを見て、先輩方の顔が青ざめます。それもそのはず、ユーディさんが示して見せたのは、軍のバッヂ。

 階級は「大尉」です。

 ぼくもびっくりしましたが、先輩方はもっとびっくりなさったようで、むにゃむにゃと何事か言いながら逃げるように去っていきました。

「さて、戻りましょ。みんな待ってるよ」

「ユーディさん、あれって」

 いたずらっぽいウインク。

「アタシらみんな、一兵卒に文句言わせないだけの階級は持ってんの。無論実績はないんだけどね」

 そこまで言うと、ユーディさんはちょっと強引に僕と肩を組み、もといたテーブルに戻ります。

 ぼくを迎えてくれる皆さんの眼が、とってもあったかかったことは絶対に忘れません。

 最高の、歓迎会でした。

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