第10話 仁義なき焼肉(中編)
今日は平日のど真ん中ですが、ちょうど仕事終わりの時間に重なって、お店は混雑しています。早くも酔っぱらっている方も何組かいて、とても騒がしいです。
ぼく、こういう雰囲気、苦手です。
ユーディさんがお店の方に予約していた旨を告げると、ぼくたちは衝立のある半個室の席に通してもらえました。お酒の飲める方はとりあえずエール、飲めないぼくとタンザナくんはとりあえずウーロン茶を注文し、飲み物が来るのを待ちながら、早速メニューとにらめっこ。
しかし、ここで思わぬ問題が発生しました。
発端はタンザナくんです。
「ボク、焼肉って来たことないんだけど、なんかルールとかあんの?」
沈黙。
「私は焼肉屋の歴史より古い生まれだからわかりかねるねえ」
「アタシもジェードより年上だし、わかんない。アンバーくんは……ないか」
「お察しの通り……」
ここにきて全員の視線がぼくに集中します……。
「ぼ、ぼくもわからないです……」
焼肉屋さんに来たことがないではないのですが、ぼくの意思ではなく連れてこられたことしかないので、毎回よくわからないままに一番端の席でピーマンと玉ねぎを食べておりました。よって正しい焼き肉の作法は、ぼくにはわからないのです。
「そもそも何故焼肉屋なのかね」
「だって打ち上げとか飲み会って焼肉屋さんのイメージあるし……そもそも焼肉に限らず、アタシたちに現代的な食事の作法なんてわからないじゃない。せいぜいタンザナくんが、ファーストフード店の後片付けをできるくらいで」
そうでした。
この人たちはごく最近まで、食べる楽しみのごく少ない世界にいたのでした。何年も、ひょっとしたら何十年も、レストランに入ったことがないのでした。
「でも、大丈夫だと思いますよ、そういうの」
高級なレストランならともかく、焼肉屋さんに難しい作法はないと思います。そもそも、ぼくが付いていった飲み会なんて、最終的には必ず無法地帯でしたし……。
「とりあえず適当にお肉を焼いて食べればいいのではないのでしょうか」
「地域によって対応する料理とフォークが違うとか、手順を間違うと追い出されるとか、そういうことはないのかい?」
「こういうお店では、ないと思いますが……」
そういう環境にいらっしゃったんですか、ジェードさん。
「だから、こういう庶民的な店ではテーブルマナーなんか崩壊してんだってば」
「そんなの信じられない……」
こめかみに指をあてて嘆息するジェードさんと、嫌気がさしてたまらないといった様子のタンザナくん。以前にも食べ物関係で何かあったようです。
「ジェードだってあっちじゃダルダルでメシ食ってんじゃねーか。こういうときだけセレブオーラ出しやがって」
「あっちは公の場じゃないからいいんだ」
「でも、本当にテーブルマナーとか気にしなくて大丈夫ですよ。今はそういうお店、そんなにありませんし」
「アガートくんが言うなら……」
「ボクは? ねえボクは?」
「あー、あー、聞こえないっと」
……楽しそうで何よりです。
そうこうしているうちに飲み物が運ばれてきました。店員さんが「ご注文はお決まりですか?」と尋ねてきますが、マナー云々の話で時間をつぶしてしまったので、ほとんどメニューを見ていません。
ユーディさんが「もうちょっとしたら」と言いかけたのをさえぎって、前に出たのはアンバーさんでした。
「人気のメニューをいくつか教えてください」
「はい、まず当店の一番人気が……」
アンバーさんは、店員さんのすすめた人気メニューをいくつかと、サラダを注文すると「いったん、これで」と区切ります。
店員さんが去った後、アンバーさんに向けられる尊敬のまなざし。
「アンバーくんのくせにかっこいい……」
ユーディさん、一言余計です。
「旅暮らしの仕事だったからな。知らない店でも、あれだと外れを引きにくい」
たまにそれでもひどい店もあるけど、と苦笑するアンバーさん。それにしてもアンバーさんって、吸血鬼になる前は何の仕事をしていた人なのでしょう。謎です。
「では、改めまして」
ユーディさんがジョッキに手をかけました。ぼくたちもならって、それぞれの飲み物に手を伸ばします。
「ようこそアガートくん。そして末永くよろしく。乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」