第1話 V計画
お父様、お母様。先立つ不孝をお許しください。
ぼくはこのドアを開けたら、死んでしまうかもしれません。
***
ぼくは常にぎりぎりでした。学科も実技も常にぎりぎりの成績。先輩や同級生に小突き回される日々を送っておりました。
士官学校を卒業して正規の兵士になればお給金もいただけますし、道が開けると信じて努力し、何とかぎりぎりで卒業したはいいものの、就職先でもやっぱりぼくはぎりぎりでした。
学校のころより厳しくなる訓練。毎日、死んでしまうのではないかと思いました。同じ学校から入隊した同期や先輩も多く、やっぱり学校のころのように小突き回されています。指導してくださっている教官も、ぼくがあまりにできないので扱いかねているようでした。
ちょうどそんなときに呼び出しを受けたものですから、ぼくは当然解雇されてしまうものと思い、寮を追い出されたらどうやって暮らしていけばいいのかわからず、途方にくれました。
***
「デっ、デルフィニウム二等兵です!」
緊張のあまり声が裏返ってしまいました……。
「入り給え」
「はいっ」
部屋にいらしたのは上層部の方なので、数えるほどしかお顔を見たことがありません。そんな方がわざわざぼくとお話をするということは、やはり解雇に違いないのです。
「君は今の仕事にあまり向いていないようだね」
「申し訳ございません……」
「そこで、違う仕事に移ってもらおうと思っている」
「本当ですか!?」
つい、声が大きくなってしまいました。ひょっとして、事務方にでも回してもらえるのでしょうか。どっちもできないけれど、学科のほうがまだましな成績だったので、そういう仕事なら少しは役に立てそうな気がします。
「そうだ。『V計画』の担当に任命する」
ぼくは、雷に打たれたような心地がしました。
「V計画」
思わず復唱しました。信じられません。V計画とは、士官学校時代にはやった、都市伝説のようなものなのです。
ですがぼくの聞いたV計画と、この方がおっしゃるV計画が同じなのかはわかりません。きっと違うと思います。あんなばかばかしいものが、実在するわけないのですから。
「丁度、先代の担当者が……”体調を崩して”しまってね。後任を探していたんだ」
口ぶりと目つきが、怖いです……。
「あ、あの、えと」
「断らないほうがいい。断ったら、田舎のご両親の安全は保障しかねる」
「あ……」
ぼくでも、わかります。
ぼく、脅されています……!
***
結局反論もできないまま、僕は異動の件を了承してしまいました。しかし、自分の家族を人質に取られて誰が抵抗できるでしょうか。しかも、ぼく一人が犠牲になればそれで丸く収まるでしょう。了承するとあの上役の方はとたんに笑顔になって、ぼくに万が一のことがあっても家族の生活は保障すると言ってくれました。本当かどうかはわからないですが、それが心の支えです……。
あのあと資料をいただいたのですが、V計画の実態はぼくが噂で耳にしていたものとほぼ一緒でした。できれば違う計画であってほしかったですし、今でもまだ信じ切れません。
軍の内部に、吸血鬼の部隊がある、というのです。
エルフやドワーフなど、友好的な一般の亜人に比べ、人狼や吸血鬼と言った人間を襲う可能性のある亜人は「敵性亜人」と呼ばれ、軍が先頭を切って排除しようとしているものなのです。それをあろうことか、軍が囲っているなんて。そしてその担当者が”体調を崩した”ということは、つまりそういうことなのではないのでしょうか。
ぼくは担当者でなくて、彼らの食事なのではないでしょうか。
V計画担当者とは、吸血鬼部隊と軍上層部とのやりとりを円滑に行うための人間ということになっているのですが、厄介者を始末するための名分なのではないでしょうか。
できれば逃げ出したいのですが、家族の命がかかっています。ただでさえ心配をかけている両親に、これ以上迷惑をかけるわけにはゆきません。
その気持ちを杖代わりに、ぼくはいま、吸血鬼がいるらしい扉の前に立っています。