第008話 襲撃~ヴェルフレア=ラッセル~
主人公の友人、ヴェルの視点です
ヴェルフレア=ラッセルはラッセル領の次期領主だ。
ラッセル家は辺境とはいえ、王国の貴族である。
それなりの教育を受けてきた。
一般的な教養はもちろん、礼儀作法や剣術、魔術、馬術、芸術を見る目など多種に渡る。
賢い子であったと思う。しかし往々にして幼いのに特別な教育を受ける者は天狗になりやすい。
しかし、ヴェルはそうではなかった。
「義務、か。何を偉そうに言ってるんだ俺は」
彼の隣にはいつだってリキッドがいた。
友人であり、仲間であり、好敵手であり、血は繋がっていないが兄弟だった。
陽のように輝く金の髪を持ち、月の無い夜のような漆黒の右目を持つリキッドはいつだって、ヴェルの傍にいた。
親友であり、家族だった。
ヴェルが天狗にならなかったのはリキッドがいたからだ。
二人の年は一緒だが、だいたい何かを始めるのはヴェルが先だった。
親が教育熱心だったせいか、それとも破天荒な姉がいつも自分に無茶な振りをしていたせいか、たぶんどっちもだろう。
しかし、ヴェルが打ち込んで努力してモノにしてきたことをリキッドはすぐにこなせるようになった。
「やっぱり、俺はお前が羨ましいよ」
ヴェルは時間をかけて学べばなんだって出来るようになった。
普通はなんでも出来るようになれば、周囲を笑い優越感に浸るのだろうが、自分よりもっと少ない時間でこなせる者が隣にいたのだから笑えない。
そして、先ほどリキッドには黙っていたが、ヴェルは領主ではなくて医者になりたかった。
もちろん親にも言ったことはない。
自分は一人息子だ。当然家を継がなければいけない。自分以外に子供がいればまだよかったかもしれないが、優秀だった姉のオリアナは死んでしまった。
体の弱い母親にもう一人産めというのも酷だろう。
医者になりたいと思ったのは体が弱い母を見て育ったのと、流行病で倒れた姉に対して何も出来なかったからだ。
村で一番の蔵書量を誇るであろう自宅にある医学関連の本はすべて読んだ。
まだ理解出来ていない部分も多いが、それは仕方ないことだろう。文章で書かれているものがほとんどで、図が少ないものばかりだ。本来医学というのは実地で教えを乞うものである。
だからまず薬草や調合薬などの覚えることですぐに役立ちそうなことの勉強に力を入れている。
そういった小さなことの積み重ねがいずれ実になるのだ。
努力は報われる。余程のことがなければ。
しかし、今現在余程のことが起きていた。
魔族が村に攻め入ってきたのだ。
先ほどまでリキッドと一緒にいた。いつもの日常だった。
それをたった5体の化け物がぶち壊した。
「リキッド、お前は来るなよ……」
丘を下って村に近づくとよりその惨状がはっきりしてきた。
悲鳴。閃光。哄笑。怒号。炎上。轟音。
自宅に帰って自分の剣を取る余裕などなかった。
空を飛ぶ魔族が見つけた人間を殺戮している。
弓で矢を射ったであろう兵士は両腕をもがれ、死んでいた。
彼の体には彼の腕がついたままの弓と矢が刺さっている。
趣味の悪いアートでもまだマシである。
「うっ」
生臭いその光景に耐え切れず嘔吐してしまう。
先ほどの丘でのやりとりを思い出す。混乱していたヴェルとは違い、リキッドは多少冷静だったと思う。
確かにこんなところにいても何も出来ない。死ぬだけだ。
丘で友人に言ったことのほとんどが強がりだった。
「何が義務だ、貴族だ、誇りだ……くそったれ!!」
口元を拭う。吐いたら少しだけ気分がよくなった気がする。
震える足に力を込める。まだ魔族からは大きく離れている。家屋が燃えていて多少明るいが、それでも日が沈んだ後だ。すぐにこちらが見つかることはないだろう。
丘から見たときは気付かなかったがどれも同じに見えた魔族にも大きさや翼の形などに差異があった。熊のように大柄な魔族もいれば、ほとんど人の形をしている魔族もいる。蝙蝠の翼や鷲のような翼など近くで見ると微妙に様子が異なっていた。体毛が生えているものもいたし、鱗のあるものもいた。
共通しているのは全員の眼が薄く光っており、口が大きく、頭部に角があった。
「いかなきゃ」
見つからないよう無事な家を影にして進んでいく。
握る木剣は頼りないがないよりはマシだ。
緊張と恐怖で汗ばむが、しっかり握り直す。
魔族たちは次の狙いを定めたようだ。
「だめだ、やめろぉ!」
そこはリキッドの家だった。
隠れるのをやめて駈け出す。
魔族たちは家の上空を飛んでいた。剣は届かないが、魔術なら気を引いて止めるぐらいは出来るだろう。
剣を持っていない左手に集中する。魔力を込めた。
魔術というのは魔力を扱う者すべてが簡単に扱えるわけではない。
この世界には魔素というものがある。詳しい起源などは判明されていないらしいが、この魔素に対して魔力で命令することによって奇跡を起こすのが魔術である。
火を起こせば、火魔術。風を起こせば。風魔術。
単純なことではあるのだが、魔素という目に見えないものに対し命令するというのは難しい。
また、曖昧な命令だと魔力を使っても魔素が命令を聞かず、魔術が弱まったり、魔術自体が起こらなかったりするのだ。
それを補強するために魔法陣や詠唱がある。
「――石よ、敵を穿て!岩石弾!」
土の初級魔術。足元の石に込められた魔素へ魔力によって働きかけ、石を相手へ飛ばす。
何度も繰り返し練習した魔術だ。熟練によって詠唱は短く、しかし高純度で込められた魔力は石の周囲に砂を纏わせ、圧縮し、こぶし大ほどになった弾丸が魔族たちに向かって放たれる。
魔力を多く込めれば込めるだけ、複数個まとめて飛ばせるのも戦闘に向いている。
ヴェルはまだ中級魔術を扱えないが、初級魔術でも得意なもののいくつかに限ればそれなりに使いこなせた。
8つもの岩石弾が魔族に直撃する。
しかし、
「なっ!?」
魔族はまったく動じていなかった。
それどころか、五匹のうちの体毛の生えた熊のような魔族が一匹こちらを向き、にたりと、牙の生えた口が横に裂けた。
横に裂けた口が縦に開く。尖った下が蠢くのが見え、奥が光る。
(リキッド!!)
次の瞬間自分を殺すために迸るであろう閃光に死を覚悟したヴェルだったが、最後に思い出すのは別れた友の顔だった。
貴族である自分は領民を守る義務があるが、領民の一人であるリキッドは守られるべき者であった。
死地に何よりも大切な親友を引きずり込もうとした自分に呆れた。きっとリキッドも馬鹿な俺に愛想も尽かしただろう。最後に仲直りがしたかった。今までありがとうと伝えたかった。
恐怖に目を閉じる。しかしヴェルの肌を熱線が炙ることはなかった。
暴風が彼の体を吹っ飛ばす。
「!?」
かろうじて開いた目が捉えたのは地上から魔族へ襲いかかる巨大な竜巻だった。
直径が家よりも大きいそれが魔族を捉えた。
何十メートルもあるその竜巻から4体の魔族が弾かれるようにして出てきた。
うち2体は竜巻から放り出されるように錐揉み状態のまま地面に激突した。
「ヴェル!お兄ちゃんはどこっ!?」
家の中からリエルが飛び出してきた。リキッドの妹だ。金髪黒髪のリキッドとは似ていない、古種族 の特徴である薄い青緑の髪と新緑の瞳を持った少女だ。
「リキッドなら大丈夫だ!それより今のは?」
さすがに丘に置いてきたとは言えず言葉を濁した。
今は先ほどの大魔術について聞きたかった。
「お母さんの暴力の竜巻だよ。極大魔術なんて初めて見た!」
リエルは興奮しているようだ。
しかし、
「リエル!早く戻って!あいつらがまだ生きてる!!」
リューネさんの声がヴェルたちを戦いへ引き戻す。
まだ戦いは終わっていないのだ。
すぐ側にまで迫っていた魔族を木剣で叩く。
細かい鱗に覆われた体は予想以上に硬質で、振り払われた腕にまだ小さな子供の体が弾かれる。
ヴェルは弾かれた状態で傍にいる魔術師の名を呼ぶ。
「リエル!」
「魔を切り裂け!連なる風の刃よ!覆い囲み切り刻め!風刃乱舞!!」
リエルの詠唱に従い、空気中の魔素が刃の形となり、ヴェルへ再び襲いかかろうとする魔族の周囲を輪のように取り囲む。
魔族が警戒のために止まった瞬間、空気を切り裂く音と共に風の刃が中心にいる魔族に殺到する。
ヴェルは今のやりとりで折れた木剣を投げ捨て、魔術の反動で硬直したリエルの手を引きリューネの元へ走る。
今の一撃に手ごたえはあったがこれぐらいで魔族がやられるとは思えない。
極大魔術の直撃を食らっても生き残っていたのだ。
「アアガガガアアアァァァァ!!!」
案の定、魔族は目立つ外傷もなく、風の刃を耐え切っていた。
想像以上のその耐久力に改めてヴェルは恐怖を覚えるのだった。
お読みいただきありがとうございました。