第005話 親子~父と乳~
互いの木剣と木剣を弾きあう。
もう何合目になるのか数えるのも億劫な数打ち合っている。
「だいぶ体力ついてきたなリキッド!」
「まだっ!たあっ!」
片手で長剣を振り回すシルバ父さんに必死で打ち込む。
軽々と打ち払う父さんとは逆に、僕の息は上がり、足が縺れそうになる。しかし木剣を握る手が緩むことはない。
上から下に振り下ろすと見せかけ、半歩ずれて胴を薙ぐ横一線。
しかし、フェイントを混ぜ込んだ攻撃も簡単にいなされ、互いの剣が触れ合えない距離まで離される。
と、そこから更に数歩下がった父さんが僕を睨み付けた。
「――構えろ」
「ッ?!」
一瞬、父さんの巨体が地面に沈む。
違う!父さんが全力で地面を踏み込んだ。弾丸のように突っ込んでくる巨体に自分の体が本能的に遠ざかろうとする。
しかし、間に合わない。
「だったら!!」
「!!」
同じように前のめりで倒れ込むようにして前進、加速する。いける、間に合う。
剣先に意識が集中する。木剣と自分が一体になる。
ぶつかる瞬間、振り下ろした木剣は、
「ハッ!!」
「っ!」
父さんの木剣に弾かれ、触れた先がへし折れた。
「へへっ、俺の勝ちだな」
「……子供相手に大人気ないですよ」
「まだお前には負けてやんね」
「……」
父さんはめちゃくちゃ嬉しそうだった。悔しい。
もう一歩でいけると思ってしまった自分が無性に恥ずかしい。
「強くなったな、リキッド」
「今言われても嫌味にしか聞こえません」
力の差を見せつけられた後に褒められても全然喜べない。
「この後どうするか決めたか?」
「この後?鍛錬が終わったらみんなでご飯食べるんじゃ?」
「昨日の話だ」
「……まだ決めていません」
この後。僕が12歳になった後。どうするのか。
この一晩考えなかったわけじゃない。でも、今まで特に考えてこなかったのに一日で答えなんて出せるわけがない。
シルバ父さんみたいな騎士になる。リューネ母さんが教えてくれた魔術に磨きをかける。治癒魔術を魔術学校で学んで治癒術師になる。マリアンヌ様のように知識と教養を深める。父さんと母さんが語ってくれた冒険譚に出てくる、小さな頃に憧れた冒険者になる。
無数の道。自分の未来がそんなに枝分かれしていたなんて知らなかった。
「金のことなら心配すんなよ。これでも冒険者時代に結構貯めたし、コネだってある。本気出せばどこでも裏口入学出来るぞ」
「お金はともかくコネってどうなんですか」
「コネは大事だぞ。コネがなけりゃあ俺は母さんとも出会えなかったし、もしかしたらまだ冒険者を続けていたかもしれねえ」
「本当に父さんは母さんが好きですね」
「ああ、愛してる。昨夜もベッドの中で互いの愛を確かめ合ったとこだしな。そろそろ弟か妹が出来るかもしれんな、はっはっは!」
「僕の前では別にいいですけど、リエルの前でそういうこと言うのやめてくださいね。たまに意味も分からず真似するんですから」
「リエルは可愛いだろう!あいつは母さんの良いところを全部受け継いだからな。俺の血も入ってるから母さんほど人を寄せ付けない雰囲気も持ってないし、将来モテるぞ」
「息子の前で妹の自慢をしないでください」
「それに比べてなんだって、俺たちの息子なのにこんな堅っ苦しいクソ真面目な奴に育ったんかね。いつの間にかかっこつけて親父にもフランクに喋らないし。反抗どころか家出もしないと来た。お前ほんとに母さんの子かよ」
「堅苦しくて悪かったですね。散々に言っておいて、自分の種なのは疑ってないんですか?」
「母さんに限らず古種族は身持ちが固いからな。浮気するぐらいなら自決を選ぶような民族だぞ」
「では父さんも浮気はしないでくださいね」
「しねえよ。母さんほど器量が良いのに胸が小さい別嬪なんてどこにもいないからな!」
「……小さい方がいいの?」
思わず口調が変わってしまった。
「カッ!カアッー!!わかってねえ、わかってねえなお前は。なんだお前、あれか、テイラーんとこのマリアみたいなボインが好きなタイプか?母性感じちゃうんか?ああん?」
なんでそんなに喧嘩腰なのか。
「俺も昔はそうだった。いっぱしの冒険者になって稼いだ金で巨乳のねーちゃんを両脇に侍らせて、それはもうパフパフな世界に行きたいと願った日もあった。だが、現実はそんなに甘いもんじゃあねえ。カジノの巨乳バニーちゃんを追って痛い目も見た。酒場の看板巨乳ウェイトレスちゃんを追っかけて痛い目もみた。獣人の猫耳巨乳レディちゃんを追っかけて痛い目も見た。色街に仲間と繰り出して気が付いたときには身包み全部ひっぺがえされて全裸で生ゴミに埋まっていた時もあった」
痛い目見過ぎである。あほだ。
「しかし、しかしだリキッド。俺の息子よ。貧乳は裏切らない!谷間を見せてその隙に金をスッたりしないし、案内された裏路地でフクロにされたりもしなかったし、実は獣属最強の戦士団の長が旦那でボコボコにされたりもしない。抱いた日の翌朝は薄い胸で柔らかく、でも良い匂いのするその貧相な胸で包み込んでくれた!」
父さんの力説は終わらない。
「もう一度言う。俺はここに愛を叫ぼう!貧乳こそは正義!貧乳こそは女神の慈悲!愛の神秘!愛してるぞリュュュゥゥーーーーネエェェェエェェッッ!!!!!」
「大声でなんてこと叫んでるのよ!今すぐ黙りなさい!!!」
「ごべらるううあああっっ!?!」
自宅の方向から母さんの怒鳴り声とともに勢いよく飛んできた拳大の岩石弾によって一撃で父さんは気絶した。
せめて、安らかに。
『人とは、かくも愚かなものなのだな』
「僕と父さんを一緒にしないで欲しい。僕は大きな胸が好きだ」
『……』
無視された。先生なら共感してくれると思ったのに。
読んでいただきありがとうございました。