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聖魔合一 ~魔神の眼を持つ勇者~  作者: あんずじゃむ
第一章 魔族襲来編
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第016話 旅立~進みたい道~

「先生、僕は治癒魔術を使えるんだよね?これで父さんを治せないかな」

『無理だ』


 練習をサボったのは目覚めたあの日だけだった。

 翌日もサボろうと思ったのだが、目が冴えて眠れず、ちょっと歩こうと思って。

 気付いたらいつもの鍛錬場所にいた。


「……父さんの石化は治癒魔術でも治せないの?」


 剣を振う。

 木剣ではなく、刃を潰した剣だ。

 回数をこなして時間をかけて集中することなく、一振りで剣が白い魔力を纏う。


『魔術に不可能はない。しかし、爵位級の固有魔術を解呪出来るような治癒魔術を知らないからな。知らない魔術を使うことは出来ない』

「先生は治癒魔術に詳しくないんですか?」

『知っているのは癒しの世界(オールリザレクション)ぐらいか』

「一つだけじゃないですか。治癒魔術ってもしかして結構難しい?先生でも知らないことがあるんですね」

『低位の神官や冒険者でも治癒魔術を使える人間がいるくらいだ、そんなに難しくもない。しかし、私も暇ではないのだ、不要なことを学ぶ時間はない』


 むっとしたような先生の声。僕の言い方が気に障ったのかもしれない。

 でも、そうか。やっぱり外の人なら使える人もいるわけだ。

 この村だと母さんとマリアンヌ様ぐらいしか治癒魔術を使える人がいない。

 その二人にしても軽傷を治すぐらいで大怪我だとどうしようもなかった。


「……僕は、どうしたらいいのでしょう?」

『……』


 先生は何も言ってくれなかった。

 テイラー様たちが中央から帰ってきて、しかし父さんを救える手立てがなかった時も先生は助けてくれなかった。


 ある日、僕とヴェルの二人はテイラー様の元へ呼び出された。

 呼び出されて領主邸に行くと、母さんとマリアンヌ様もいた。

 母さんは時々、僕とリエルに黙って領主邸を訪れていた。

 マリアンヌ様の話によると、父さんの部屋へ通っているそうだ。


 母さんは僕たち子供の前ではいつも通りに振る舞っている。

 しかし、父さんのところでは僕たちのことを話して、そしてそれに反応がない父さんを見ては泣いているそうだ。

 僕が父さんに会ったのはあの日の一回だけだ。

 リエルが父さんと既に会ったのか、そもそも状態を知っているのか。僕は知らない。

 下手に触れると藪蛇になりそうで、でもたまに夜に一人で泣いているからきっと知っているのだろう。

 僕たち子供にこの現実は重過ぎた。


「テイラー様、話とはなんでしょう?」


 テイラー様の応接室。一人掛けのソファに座るテイラー様と向き合う形で僕とヴェルが数人掛けのソファに座り、母さんとマリアンヌ様は少し離れたところから座ってこちらを見ていた。


「リキッド、君はもうすぐ12歳だったね。ヴェルとシルバからは君が外へ出たがっていると聞いたが、どうするつもりか聞いておこうと思ってね。私としては魔族を追い払った君には村に残ってくれると嬉しい。今は優秀な人材が不足している。戦える人間が多いに越したことはないんだ」


 魔族の襲撃で父さんは石になってしまったが、被害はそれだけではない。

 兵士や老人、女性も多くが死んだ。魔族たちによって殺戮された。


「僕は……」


 村を出ていいのだろうか。

 同じ部屋にいる母さんを見る。ひと月前に比べると、大分持ち直してはいると思う。それでも心配だ。また倒れるかもしれない。

 リエルだってまだ小さい。父さんがいないんだ。誰かが父の代わりをしなくちゃいけないかもしれない。そうなると父の代わりになるのは僕のはずだ。二つしか歳は変わらないが、男の家族は僕しかいない。


「父様は反対しないっておっしゃったじゃないですか!」

「ヴェル、もう状況が違うんだ。お前ももう12になったんだ、いつまでも子供のままではいられない。大人には大人の事情がある」

「大人の事情ってなんですか!命をかけて村を助けた友達の夢の一つも叶えられないなら俺は大人になんてならなくてもいい!!」

「ヴェル、黙りなさい」

「黙りません。町に治癒術師はいたのに!魔族の石化も治せるとあの人は言っていた!なのに金がかかるからって、父様は断った」

「なっ!?」

「口を慎めヴェルフレア」

「っ!」


 テイラー様の唸るような低い声にヴェルが口を閉じた。

 ヴェルとテイラー様の間にある空気は親子のそれではなかった。

 いや、それよりも。


「テイラー様、今の話は本当ですか?」

「ああ、事実だ。金貨600枚払うなら解呪すると言われた。ミスリル級の冒険者だ」

「!……そうですか。なら、仕方ありませんね」

「なっ!?怒れよリキッド!お前の親は、シルバさんの価値はたったの金貨600枚以下だと言われているんだぞ!?」


 ヴェルが驚愕の顔で僕を見る。

 だが、今回の件に関してはテイラー様が正しい。見つからなかったと言ったのも理解出来る。

 そもそもミスリル級は冒険者のランクでも上から2番目だ。町でも何組もいない希少な人間が簡単に要求通りに動いてくれるはずもない。


「ヴェル、金貨一枚がどれくらいの価値か知っているか?」

「銀貨10枚分だ。ふざけているのかリキッド!」

「すまない、リキッド。ヴェルが金銭に疎いのは私のせいだ。一人息子だと思って甘やかしすぎた」


 父さんのひと月の給金でも金貨1枚にも満たない。それでも僕たち4人は苦労なく暮らしている。

 ヴェルは地方とは言っても領主の息子だ。金銭感覚が多少おかしいのは仕方ないのかもしれない。


「それに、今は村の復興にお金だってかかる。そのお金はどこから来ていると思う?」

「え、あ。それは……」

「テイラー様が出してくれている。食料だってそうだし、死んだ兵士の家族にも見舞金を出している」


 今は村中にお金が必要だ。

 物を直すにも壊すにもお金がかかる。人は生きているだけで多額の金銭が必要なのだ。

 ちなみにうちもかなりの額を貰っているらしい。母さんが言っていた。


「それなのにシルバ父さんのためだけに、そんな大金は使えない。村中のお金をかき集めなきゃいけないだろうし、無理して支払ったとしても次は村がどうなるかわからない」


 そんなの本末転倒だ。


「……父様、すみませんでした」

「いいんだヴェル。お前もこれから世間を知ればいい」


 悔しそうなヴェルを見てテイラー様は苦笑した。やっぱりテイラー様はヴェルに甘い。


「父様、提案があるのですが」

「なんだい?」

「人を雇うことが出来ないのであれば、村でなんとかするしかないと思います」

「それで?」

「俺が学術都市で治癒と医術について学んできます。魔術では無理だとしても薬学なら俺でもなんとかなるかもしれません。ちゃんと領主になる勉強もします」

「友人の父親をダシにするのは褒められたことではないけれど、真面目なお前だ。屁理屈ででも自分を納得させなければ本当にしたいことも言えなかっただろうね」


 テイラー様は複雑そうに笑っていた。

 ヴェルが学術都市に行きたいと思っていたのを知っていたのかもしれない。


「まあヴェルの進路の話はとりあえず置いておこう。本題はリキッドのこれからの話だからね。リキッドは私が親友に託された大事な息子だ。さあ、君の気持を教えてくれ」

「僕は――」


 きっとテイラー様はすべてわかってやっているのだろう。

 そもそも僕に村へ留まれというのなら、ヴェルを一緒に呼ぶ必要はなかったのだ。

 僕は自分にテイラー様だけでなく、ヴェルとマリアンヌ様、そして母さんの視線を集まっているのを感じた。


「――冒険者になろうと思います」


 村を出ることに決めた。

 ここで留まって待つのではなく、外へ出て、僕も父さんを元に戻す為に何かしようと思った。

 冒険者になればお金を稼ぐことも出来る。そのお金で解呪が出来る人を雇おう。

 もしくは、僕も先生もまだ知らない、治癒魔術を覚えるのでもいいと思った。

 先生は言っていたではないか、魔術に不可能はないと。

 だったら、その魔術さえ知ることが出来れば、僕にだって父さんを救えるかもしれない。

 その気持ちを言葉にする。誰も反対はしなかった。


 あの日、夕暮れの中で僕はヴェルに村を出ると言った。

 それでも先ほどまで悩んでいた。母さんとリエルを残していくのを躊躇ったのだ。

 でも、母さんは僕を見ていた。

 その目はいつもよりずっと真剣な目で、僕は嘘など言えなかった。


「母さん」


 僕は立ち上がると母さんと向かい合う。母さんも立っていた。


「これからは一緒にいられないけど、ちゃんと帰ってくるから。だからリエルのことをお願いします。それと母さんも体を大事にしてください」

「馬鹿ね。本当に……、こんなにも見た目も話し方も似ていないのに、どうしてあの人と同じことを言うのかしら」


 母さんは泣きながら笑っていた。


「私もシルバを助けるために飛び出したいのに、俺がいない間はリキッドとリエルを守ってやれってシルバが言っていたから。それなのに、もう。本当に、あなたはシルバの息子だわ。ああ、もう!そんな風にかっこよく言われたらだめって言えないじゃない!」


 嬉しそうに泣いていた。

 僕が傍に寄るとぽかぽかと両手で肩を殴られた。痛くないのに涙が出た。

 殴られているのに嬉しかった。僕もつられて笑ってしまう。


「なんだか、なんでも出来るような気がして来ました」

「慢心はだめよ。常に謙虚でないとシルバみたいになっちゃう」

「それは……ちょっと嫌かも。なんて、あはははっ」

「ふふっ」


 二人して笑う。

 でも、その時は本当になんでも出来る気がしたのだ。

 ラッセル家の親子も笑っていて、みんなが笑っているなら大丈夫。

 根拠なくそう思えた。

 だが、それは間違いだった。

 僕は一つ大切なことを忘れていたのだ。





「お兄ちゃん!!私を置いてどこにも行かないって言ったのになんでええええ!?!!」





 家に帰ってリエルに説明したら、めちゃくちゃ怒られた。 

 どんなに謝っても許してくれなかった。

 村を出る直前まで口も聞いて貰えなかった。辛い。



お読みいただきありがとうございました!

ここまでで第一章が終わりとなります。

幕間を挟んで第二章を始めます。

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