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聖魔合一 ~魔神の眼を持つ勇者~  作者: あんずじゃむ
第一章 魔族襲来編
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第015話 抱擁~罪~

 失った左目があるのは不思議だった。

 そういえば朝起きたときに心なしかいつもより視界が広がって見えるなとは思った。

 それはそうだ。目が増えたのだから。


「なんでだろう?」

「治癒魔術の影響?でももう無くなってから10年以上も経ってるのに?……有り得ない」

「私はリキッド君の黒目が好きだから、嬉しいな」

「ありがとうございます」


 リューネ母さんがぶつぶつ言っていたが、僕にとってはどうでもよかった。

 今マリアンヌ様が僕の黒目が好きだと言ってくれた。その目が倍になったんだ、好きも倍になったはず。

 つまりマリアンヌ様は僕のことが好きから大好きにランクアップしたはず。

 理由はわからないがグッジョブ左目。


「どうやって生え変わったかわかりませんけど、減るよりは増えた方がいいし。僕の目、変じゃありませんか」

「うん、いつもと変わらない私の好きな黒い瞳だよ」

「マリアンヌ様は黒い瞳が好きなんですか?初めて言われた気がします」

「テイラーもヴェルもいないから今日は特別に教えてあげる。昔好きだった人が黒い瞳だったの。もうずっと前だから顔とか声は覚えていないんだけど、どうしてか目だけ覚えてて」

「へえ。僕は自分以外で黒い瞳を見たことがないんですが、中央の方には黒い瞳の人もそれなりにいるのでしょうか」


 中央というのはこの王国の都市部のことである。マリアンヌ様は依然都市部に住んでいたそうだ。


「中央にも黒い瞳なんて全然いなかったよ。逆に都市部だと私たちみたいな茶色い目ばかり目に付くかな」


 王国民は赤い髪と茶色い目を持つ人物が多い。貴族のほとんどがそうだ。王国の初代国王が燃えるような赤い髪と悠久の力強い大地を思い出させる褐色の瞳を持っていた。建国した国王が多くの妾を抱えており、数百年かけて広められたその血が王国民にも流れているのだ。


「リキッド」

「?」


 今の今まで独り言を呟いていた母さんが急に僕を呼んだ。


「あなたの目のことはひとまず置いておくわ。それよりも今は……シルバのことよ」

「……はい」


 母さんの声からその気持ちがわからなかった。父さんの名前を呼ぶその声が能面のような真っ平らなものだったからだ。


「こちらよ」


 マリアンヌ様もさっきとは様子を変えて、僕らを案内する。

 階段を上って、ラッセル領主邸の最上階。

 そこはヴェルと一緒に領主館を遊び場にしていた僕でも来たことのない部屋だった。

 僕と母さんが扉の前で立ち止まるとマリアンヌ様が黙って錠を解き、扉を開ける。

 静かに、扉が開く。


 豪華な客間だ。部屋は広く、天井も高い。毛の長い絨毯に大きなベッドとテーブル。

 この部屋はきっと最上級の来訪者を出迎えるためにあるのだろう。

 閉じたカーテンの隙間から光が零れている。陽当たりもよさそうだ。


 そこに彼はいた。

 ベッドの上でこちらを向いて横になっていた。

 僕はゆっくり父さんの元へ歩く。


 太い腕。まるで何かを振り下ろしているようだ。

 しかし、その手に剣はない。

 彼は優しい顔をしていた。

 彼は息をしていなかった。


「……父さん?」


 いびきがうるさい人だった。

 寝相も本当に酷い人だった。

 今だって変な格好をしている。

 掛け布団の膨らみから薄い布の服着ているのがわかる。

 父さんは寝るときにはいつも全裸だったのに。

 横になっているのに足が立って地面を踏んでいるかのように浮いている。

 ベッドに横たわる体はまったく動いていなかった。


「……ねえ、父さんってば」


 起こそうと思って、手で触れたその体は冷たかった。

 その体は固かった。異常に固かった。

 まるで――


「石になったみたいでしょう」

「母さん!?」

「シルバは死んでいないわ。石になっただけ。死んだら魔力の反応も無くなるはずなのに、シルバの体にはまだ彼自身の魔力が残ってる。息もしてないし心臓も動いていないけど、それでも、シルバは生きているのよ」

「……なんで、こんなことに?」

「あの魔族の仕業でしょ」

「あいつは死んだはずじゃないか!!」


 なんで父さんが石になったままなんだ。

 術師が死んだら魔術だって効力を失うんじゃないのか。

 違うのか?


「魔術を使った者が死んでも術の効力がすべて消えるとは限らないわ。そもそも魔族の魔術なんて、私たちの魔術とは系統が違うものだってある」

「でも!こんな、こんなもの!死んでるのと何が違うのッ!?」


 冷たく、動かず。

 固く、話さず。

 呼吸をせず。

 心臓も止まっている。

 それはもう死人じゃないか。


 目の前が潤む。

 叫びだしたい声より先に涙が溢れた。

 右と左の瞳から。今まではどんなに痛くたって辛くたって右からしか涙は出なかったのに。

 左目が治る(こんなもの)より、父さんに無事でいて欲しかった。

 

「……リキッド」

「やめて!僕に優しくしないで!!」


 僕に伸ばされた母親の手を腕で振るって追い払う。

 抱き締められてはいけない。優しさに包まれて、甘えてしまうのはいけない。

 だって、父さんがこうなったのは僕のせいなのだ。

 僕を庇ったせいで父さんは石になって、死人同然になってしまった。

 僕の罪だ。


「父さんが死んだのは僕のせいだ!悪いのは僕だ!だから、だからぁ!!」


 気持ちが言葉にならない。とにかく自分を傷つけたかった。

 悪いのは僕なのだと母さんとマリアンヌ様に言われたかった。

 罰が欲しかった。


「父さんが僕がいたから、僕が、僕が。ああああっ!僕がぁ、父さんを殺――ッッ!!?!」


 横合いから頬を張られ、僕は地面に這いつくばった。

 殴られた頬が痛む。触ると皮が剥け、腫れていた。


「自分だけが傷付いてると思わないで!被害者を装って加害者になるのは辞めなさい!」


 僕を殴ったのは母さんではなく、マリアンヌ様だった。

 今までも危ないことをしてマリアンヌ様に怒られたことはあった。でも、それはプンスカと言った感じで、こんなに声を荒げているのは初めて見た。


「あなたは自分の母親に対して何を言ったのか、何をしたのかわかっているの!?」

「なにって、……え?」


 母さんが僕に手を払われた格好のまま、固まっていた。

 その顔は蒼白で、唇が震えていた。いつもは鋭い新緑の瞳からは涙が零れていた。


「……ごめんね、リキッド。ごめん、なさい」


 震える声で母さんが僕に謝る。


「リキッドが一番辛いのもわかってる。でも、リキッドが悪いわけじゃない」

「……母さん」

「ごめんなさい。私がもっとしっかりしていたら、シルバみたいにいつかに備えて鍛錬を続けていたら。これからもずっと、リキッドとリエルとシルバとこんな幸せな日が続くと思って、私は何もしてこなかった。そんなことをする必要はないって思ってた」


 僕を許した母さんが、懺悔する。

 そんな弱り切った母さんをマリアンヌ様が抱きしめる。


「いいのよ、リューネ。あなたが自分を責める必要なんてない」

「マリア……。ごめんなさい」

「気にしないで、あなたはよく頑張っているわ。リキッド、これ以上大好きなお母さんを傷つけてはだめよ。人は、誰かに止めてもらわないと、自分だけでは止まれなくて道を間違えてしまう時があるの。お父さんのことで動揺する気持ちもわかるけど、でもそれで誰かを傷つけてしまうと、本当に罪を背負うことになるわ」


 先ほどとは違う。優しい声でマリアンヌ様が僕に微笑む。


「前を向いてリキッド。リューネも言っていたけれど、あなたのお父さんは死んだわけじゃない。だから、いつかちゃんと元に戻るわ」

「……でも、」


 それがいつになるかわわからない。

 明日か、明後日か。一年後か、十年後か。もっと先か。


「今テイラーが馬で駆けて中央へ今回の件を報告に行っているわ。中央なら石化を解ける優秀な治癒術師がいるかもしれない。いたら絶対連れてくるって張り切っていたわ。だから、大丈夫」


 マリアンヌ様はそう言ってくれた。

 僕は何も言えず、ただ頷いた。

 息を潜め、静かに泣く母さん。

 しかし父さんは母さんを抱きしめることも、頭を撫でてやることもせず、ベッドに横たわったままだった。

 それが無性に寂しかった。

 そして、そんな母さんに何も言えない自分がただ情けなかった。


 家に帰ると目覚めたリエルが出迎えてくれた。いつも通りな妹にほっとする。

 しかし、家に帰ってすぐに母さんが倒れるように寝てしまった。泣いたことで今までの疲れが出たのかもしれない。

 時間が経って、起きてきた母さんは息子の僕に泣き顔を見られたせいか、少し照れた表情で、それがリエルにそっくりでつい笑ってしまった。


「な、なんで笑ってるのよ。言いたいことがあるならはっきり言いなさい」


 ちょっと強がりなところがリエルに似ていて(リエルが母さんに似ているのか)、さっき言えなかった言葉が口から滑り出た。


「母さん。ごめんなさい」

「いいのよ。リキッドは悪くない。むしろリキッドがいなければ私たちも危なかったし。ありがとう、愛してるわよ」


 僕が素直に謝ると母さんは僕を思い切り抱きしめた。照れ臭かったが、振り払うのも億劫で、僕はされるがまま抱擁を受け入れた。

 暖かく優しい、母さんの匂いがした。

 仲間外れにされたリエルがあたしも構ってと僕らに飛びつき、母さんは笑っていた。

 その日は夕食を食べた後、三人でリエルを挟んで川の字になって寝た。

 久しぶりに鍛錬をサボった。先生は何も言わなかった。


 それから一月と少しが経ち、応急処置的な復興――仮設住宅などが出来上がった頃、テイラー様がヴェルと共に帰ってきた。

 護衛を連れた彼らの他に、治癒術師はいなかった。




 必然、父さんは今も石のままだった。




お読みいただきありがとうございました。

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