第014話 左目~戦いが終わって~
僕が目を醒ましたとき、上半身だけベッドに乗せて俯せのリエルが傍で寝ていた。
陽の位置は高く、もう昼を過ぎたぐらいだろうと思う。天気も良く、心なしかいつもより視界も広がっているような気がする。
「……んん、もうおにいちゃん」
リエルが可愛らしい寝言で僕を呼んだ。
「まだお兄ちゃんとあたしの子供は早いよう、名前はもう決まってるけどぉ……」
ただの寝言だ。無視しよう。
「だいじょうだってぇ。おとうさんもおかあさんもあたしには甘いからぁ。ね、だから今日は最後までしてもいいよ」
「お前絶対起きてるだろ!?」
「えへへ」
起きてた。
そもそもリエルの年齢で子作りは早い。早すぎる。
でも、最後までしてもいいって。いや最後までってなんだよ。
リエルが変なことを言うようになったのは絶対シルバ父さんのせいだ。悪影響受けまくりである。
僕の可愛い無垢な妹を返して!
「お兄ちゃんやっと起きたね。もう6日も寝てたんだよ」
「はい?」
「6日だよ!6日!討伐のみんなも帰ってきたし、もう瓦礫もほとんど片づけ終わったよ」
「え?6日?瓦礫?は??」
「もう目が醒めないかと思ったんだからぁ!お兄ちゃんまでいなくなるなんてリィ絶対いやだあああ!!」
「なに、なんで泣くの?ちょっと待って!?」
リエルは僕に抱き着くと急に大声で泣き出した。
困る。
「あ~、よしよし。大丈夫だ。お兄ちゃんはここにいるぞ。どこにもいなくなったりしないからな」
いつ以来だろうか。
こうやって僕に抱き着いて泣くリエルをあやすのは。
昔はよくこうしていた。背中を撫でてやるとだんだん落ち着くのだ。
リエルは成長した。
もちろん胸とか女性らしいところはまだまだではあるが、ちょっとのことでは泣かなくなった。
魔術も失敗しても不貞腐れず頑張っているらしい。
小さな頃は親に言われて伸ばしていた髪も自分で決めて肩ぐらいまでで切った。
たまに結んだり、リボンを付けたりしている。子供なりにお洒落を考えているのだろう。
最近はヴェルと遊んだり先生と鍛錬したりであまりリエルと二人きりの時間というものも取ってあげていなかったなと思う。
たった二人の兄妹だ。やっぱり寂しかったのかもしれない。
「リエル、お兄ちゃんはちゃんとお前のこと好きだからな」
もちろん兄として、だが。
「……すぅ、すぅ」
こいつ、寝てやがる。
「まあいいか。心配かけたみたいだし、今はゆっくり寝てくれ」
リエルを起こさないようにベッドから立ち上がる。
寝過ぎたせいか体中からがきごきと嫌な音がした。全身が怠い、筋肉痛のような痛みもある。
魔力の使い過ぎによる反動だ。
「あっ」
思い出した。
あの日、夕闇に紛れて襲来した5体の魔族。
うち3体と戦闘した。
トカゲのような魔族。
鱗のある魔族。
そして爵位級魔族、ブリジストン伯爵。人の姿をした、石化の魔術を操る強敵。
倒した時の記憶が曖昧だが、直前のことははっきり覚えている。
シルバ父さんが倒れた瞬間。
まるで体が固まって石にでもなったかのような姿だった。
「……父さん?」
動悸がする。
体が重い。
父さんはどうなった?
さっきリエルは何か言っていたか?
父さんのことは何も言っていなかった。
じゃあ大丈夫なのか。
いや、「お兄ちゃんまでいなくなるなんて」と言っていなかったか?
まるで父さんがいなくなったみたいじゃないか。
僕は落ち着きのないまま、リエルを残して部屋を出た。
リビングにはリューネ母さんがいた。
「リキッド!!ああ、良かった!目が醒めたのね。お腹は空いていない?どこか痛むところは?喉が渇いているでしょう。お水を持ってくるわね」
「母さん!」
台所の水道へ走る母さんを呼び止める。
「ねえ、母さん。……父さんはどこ?」
「……リキッド」
母さんの目の下には濃い隈があった。彼女も疲れているのだろう。
もしかしたらずっと眠れなかったのかもしれない。
鮮やかな薄い青緑の髪も少し彩度が落ちているような気がする。
でも、父さんのことは確認しておかないといけない。
「一緒に来なさい」
母さんの目は疲れていたが、しかし光は失っていなかった。
僕の部屋で寝ているリエルはそのままにして、僕たち二人は家を出た。
リエルは目を醒まさない僕を看病していたそうだ。母さんが替わると言っても傍にいると聞かず、ずっと見ていてくれたらしい。
一人家にお留守番のとなったリエルには父さんのところへ行ってくると書置きだけ残してきた。
父さんのところ、と母さんは書いていたが村の墓地だろうか……。
家から出たときの景色で今更気付いた。
さっき僕が出てきたのは僕の元々の家ではない。
そうだ。あの日、あいつらに焼き払われたのに。
しかし、胸に燻る不快感も、外の喧騒にすぐに紛れてしまった。
「みんな、あんなことがあったのに元気だね」
「あんなことがあったから、元気にしてるのよ」
家から外に出ると、村中で大人たちが走り回っていた。
木材や食料など様々な物資が運ばれている。
あちこちで怒鳴り声や人を呼ぶ声が聞こえた。
しかし、あの時のような悲惨な、胸が潰れそうな悲鳴はどこにもない。
みんなが協力して、村を復興している。
燃えた家屋は潰され、その隣で新しい家を組み立てていた。
「確かに死んだ人は多かったけど、怪我人はほぼいなかったの。リキッドのおかげでね」
「母さん、知ってたの?」
「うん。障壁ごと吹き飛ばされた後も意識はあったから。リエルやヴェル君はどうかわからないけど。ただ、リキッドと、そしてシルバのおかげでみんなが助かったのは知っているわ」
「……うん」
もっと、上手く出来たんじゃないかと思う反面、あれ以上は無理だったとも思う。
そもそも、魔力が尽きた状態でどうやってブリジストン伯爵を倒したのかがいまいち記憶が曖昧なのである。
殺したいと思ったのは覚えている。
殺意の衝動のまま、魔術を込めたような気もする。
うむむ。
「着いたわ」
そこは村にある墓地、ではなく、ヴェルの自宅。
ラッセル領の領主邸だった。
中に入った僕らをマリアンヌ様が迎えてくださった。
「ようこそ、リューネ。それにリキッド。……リキッド?」
「はい、なんでしょうか?」
今日のマリアンヌ様もゆったりしたマキシワンピースの服装だ。
赤い流れるような髪が美しい。癖で右手を使い、目を覆ってみたがその姿は変わらずはっきり見えた。
「目、どうしたの?」
「……、……ん?」
どうして目を手で覆ってもマリアンヌ様の姿が見えるんだ?
いや、目がどうしたってなんだ?卑猥な目をしてた?
マリアンヌ様を卑猥な目で見ているのはいつものことなんだけどなあ。
「リキッド!左目!あなた左目が!」
「左目?」
いつもの癖で右目だけを覆っていた右手を左にずらす。
手が左目の位置に来ると視界が半分になった。
右手を下す。
視界が広がった。
「あれ、左目が見えてる?」
眼球ごとなかったはずの目があった。
……何故?
お読みいただき、ありがとうございました。