プロローグ
部屋の一室にしてはあまりにも広大に過ぎる広間に王が立っていた。
「ふははっ!これで終わりか、勇者よ!聖女よ!その仲間たちよ!」
魔王城、その最上階。
そこでは今、勇者対魔王の戦いが終わろうとしていた。
「そん、な……ジュンっ!お願いですっ!起きてくださいっ!――いやぁ!!」
ぼろ布のようになった白い法衣を来た聖女が地面を這って数メートル離れた場所に倒れた最愛の男へ手を伸ばす。
聖気を使い切り、思うように動かない体を叱咤する。
「約束、したじゃないですかっ!四人で帰るって、なんで!どうしてぇっ!!」
そう、魔王を倒して国へ帰るのだ。
そう約束したのだ。
彼女は聖女だから、この魔王を倒す旅が終われば自分の国へ、聖国へ帰らねばならない。
そして彼は、魔王を倒すためだけに理不尽に異世界から聖女たる彼女に喚びだされた男はそんな彼女とともに聖国に来てくれると約束したのだ。
聖女は自分がわがままで世間知らずだと知っている。
旅の途中もやれ歩き疲れた足が痛い、お腹が空いて動けないと何度もわがままに糾弾し足手まといとなった。
それでも優しい男はやれやれと、仕方ないな聖女様はと苦笑いを浮かべて付き合ってくれたのだ。
この世界に関係のない男に対して有無を言わせず、命がけの戦いに放り込んだ相手であったのに。
男は同じように仕方ないなと許してくれた。
そんな男のことが聖女は好きだった。
道中、男と聖女の旅に同行した古種族の姫や竜騎士と呼ばれる剛剣使いの剣士に応援してもらって、やっと男と結ばれることが出来たのだ。
正式な挙式はまだであるが、それでも男に純潔を捧げ愛を誓い合ったあの時に気持ちが通じ合ったのは本当なのだ。
この戦いが終わったら、国へ帰って、正式な式を挙げて、男と自分と、仲間たちと幸せに暮らすのだ。
そう約束したのだ。
しかし、
「ふっ、残念だったな聖女よ。その約束は守られそうにない」
「くっ、あ!?」
聖女が男へ伸ばした腕が踏みつけられる。
黄金の眼を持つ魔王。
聖女たちの最大の敵。
その体は聖女と同じように無数の傷があった。
古種族の姫の炎の魔術に焼けたローブ、剣士の剛剣によって凹みところどころ割れて欠けた鎧、ローブや鎧から露出した部分のすべてに聖剣で切り裂かれた裂傷。
魔王も満身創痍だ。
それでも、
それでも、あと一歩足りなかった。
男は聖女の前で聖剣を握ったままうつぶせでぴくりとも動かない。
古種族の姫は魔力を使い果たし弱ったところに一撃を受け、広間の端で蹲ったまま動かない。
剣士は自身の魔力を込めた大剣を折られ、崩れるように倒れてしまった。
そして聖女自身も聖気を使い切り、もう治癒や付与をかけるどころか体も満足に動かない。
すべてこの魔王が一人で行ったことだ。
聖女たちは負けたのだ。
元から勝てる相手ではなかったのだ。
この金色の目を持つ魔王は歴代でも最強と呼ばれ、畏怖を込めて魔王の中の魔王、魔神と呼ばれている。
聖女たちも強かったが、やはり格が違ったのだ。
「勇者の次はお前だ聖女。何、残りの二人もきっちり殺してやる。これで仲良く四人一緒だな。さあ、死ね」
「いやゃあああああああああっっ!!!!」
魔王の魔力が踏みつけた足から聖女の腕を通って直接聖女の中に流し込まれる。
すべての血液が逆流するような不快感。聖女はその名の通り魔力を持たず、代わりに聖気を持つ者である。
初めて己の体に無理やり魔力を通されるその感覚は全身に鉄の杭を差し込まれ、血管を掘り返されるような痛みを伴った。
痛みで何度も意識を飛ばし、しかし痛みによって目を醒まし、気絶することすら許されない拷問。
それが唐突に終わった。
「ほう。まさか、もう一人いたとは」
唐突に魔王が呟く。
その言葉を全身の痛みに精神が摩耗した聖女は気付かない。
「疑問に思ったこともなかったが、純潔でなくても聖女たりえるのか。そして子を孕んでいても聖女であるのか。そういった話は聞いたこともなかったが。……ふむ、試してみるか」
「―――――ッ!!?――――――ッッ!!!!」
息をする間もなく再開された拷問に声にならない悲鳴をあげる。
先ほどとは違い全身くまなく魔王の魔力が這いずるのではなく、腕を通った魔力が聖女の下腹部に急速に溜まっていく。
「なるほど、面白グックァッ!?!」
「……俺の女に手を出すな。魔王の癖に節操がない」
魔王の背から腹に向けて聖剣が突き出ていた。
焼けたローブの隙間を通し、欠けた鎧を越え、魔王の急所を貫いていた。
「っ!、……勇者!貴様死んだはずでは!?!」
「愛した女が泣いているんだ。おちおち死んでもいられない」
男の全身が淡い白に光っていた。聖気だ。
この世界の人間でない男に魔力はないが、とある方法により聖気を扱うことは出来た。
「男と心中は俺もまっぴらごめんだが、付き合ってもらうぞ魔王」
「な、何を!?グオオオオオオオオオオッッ!!!??」
男が聖剣から聖気を魔王の体へ流し込む、それは聖気と魔力の違いはあれど奇しくも魔王が聖女に行ったことと同様である。
普段の魔王なら簡単に振り払えただろう。
しかし満身創痍であり、残った魔力の多くを聖女への加虐に費やした魔王は聖剣を振り払うことが出来なかった。
男のすべての聖気が聖剣によって何倍も何十倍も何百倍も増幅され、怒涛のように魔王に流し込まれた。
まるで男の命を燃料にして燃え上がるよう聖気が輝きを増し、
そして、
「うおおおおおおおっっッッッ!!!!!」
「グオオオオオッッッ―――――――!!!!!!」
そして、命の輝きのような光が爆発するように広間を、世界を埋め尽くし―――
そして、魔王は死に、世界にしばしの平和が訪れた。
読んでいただきありがとうございました。