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Missing  作者: 逢坂
別離へのイニシエーション
7/33

6.move on

6.


 指を三本突きつけられた。かなり顔に近い。


「なんだよ」


 朝食のベーコンエッグを口に運びながら、俺は可能な限り不機嫌そうな顔を作ってみせた。しかし麻耶は俺の表情になぜかにんまりとし、一向に指を引く気配がない。わざわざテーブルの向かい側から身を乗り出して来て、行儀の悪いヤツである。


『私ね、決めたの』

「なにを」

『由稀に思いっきり甘えようって』

「迷惑だ、考え直せ」


 即答しても笑みを深めるばかり。豆腐に鎹というやつか。いつから俺たちの関係は、こんなものになってしまったのだろう。もっと他人行儀というか、一定の距離を保った関係を望んでいたはずである。そういう牽制はして来たはずだ。


『私ね、自分で言うのもなんだけど、かなり幸せ者なのよ』


 幽霊豆腐女はこちらに構わず話し続ける。何を喋ろうが勝手だが、とりあえず指を引いては貰えないだろうか。とびきり邪魔だ。


『最後の総体だってベストの走りできたしさ、模試の点だってあがってたし、友達みんな良い子だし、先生面白いし、とにかく、毎日が大満足で、足りないものなんて、ほとんど何もなかったわけ』

「それで、この世に未練があるとしても、たったの三つだけってことか」


 早く指をどけて欲しかったため、不本意ながら話に乗ってやる。何かを顔に突きつけられると、無駄に背筋が伸びてしまって、なんだか疲れるのだ。どういう根拠で三つと確信しているのか甚だ疑問だったが、きっと本人だって大した理屈は持っていないだろう。

 麻耶は満足げに頷くと、三本立てていた指をひとつ折り曲げた。


『そう、それも、由稀のおかげであと二つになりました』

「そりゃおめでとう」


 努めて素っ気なく返す。あまり聞きたい話ではなかった。ありがとうと笑み、麻耶はようやく身を引いてくれた。これで気兼ねなく食事ができる。第二波がこないうちに急いで卵とパンを詰め込んだ。

 結局、昨夜麻耶は指一本菊池に触れなかった。それで満足した。好きではないと言っていたが、少なくとも大事な相手だったはずだ。なのに彼女は、彼の中で自分が綺麗に処理されたのを見届けただけで満足し、完結させた。

 なら、あの不器用な笑みや、切なげな伏し目は、一体どうなってしまったのだろう。麻耶本人にさえ顧みられないそれらは、誰にも掬い上げられることなく、ただ消えてしまったのだろうか。本当に、それでよかったのか。

 加えて、幸せだったから、ほとんど未練がない、である。呆れを通り越して腹が立つ。初めからおかしいと思っていたのだ。こんなの、あまりにも――。

 そこで俺は、意図的に思考をやめた。最近どうも、頭の中が女々しく感情的で嫌になる。彼女の在り方について、俺がどうこう考えても仕方がなかった。本人が選んだようにすればいい。

 その後も彼女は色々と話していたが、要約すれば、俺と一緒にいるのも慣れて来たので、そろそろ本腰入れて未練を晴らしにかかりたい、ということらしかった。毒を食らわば皿までで、最後まで協力してやる覚悟は、実はもうできている。関係の変化に驚いてはいるけれど、拒んでいるわけではない。反射的(時には意図的)に拒絶的な台詞を吐いてしまうのは、癖であり、言ってしまえば単なるアイデンティティの防衛だ。


「それで、後の二つってなんだよ」


 食器を流しへ運び、蛇口をひねる。冷たい流水が心地よかった。


『んー、一つはわからない』


 間延びした声で答える麻耶。俺は洗っていた皿を落としそうになった。


「どういうことだ」

『多分一つは、なんで私が由稀と一緒にいるのか、って部分に関わるんだと思う』


 最初に抱いた疑問は未だに消えないわけだ。考えてみれば当然の話で、俺たちの間に何の因果もないならば、麻耶は素直に菊池あたりに憑いていればよかった。しかし一方で、麻耶の生前、二人の間に関係性など皆無だったこともまた、少し考えれば明らかだった。


「まぁ、そっちはいいさ。もう一つは?」

『自覚してるよ』


 明るい返答に、それなら話は早いと言いかけた瞬間、インターホンが鳴った。例のごとく両親はいない。時刻は朝八時過ぎ。家に突然の訪問など大抵がセールスか町内会絡みなので居留守を使いたかったが、麻耶に急かされ、渋々玄関へ向かった。

 ドアを開けると、そこには制服姿の泉が立っていた。


「来ちゃった」


 後ろで手を組み、上目遣いに彼女は言った。俺はドアを閉めた。


「ちょ、なんで閉めるんですか! 開けてください! 竹中さん!」

「帰れ!」


 騒ぎ立てる泉に叫び返し、急いで鍵とチェーンをかける。迂闊だった。なぜ落ち着いて覗き穴を見る余裕が、数秒前の自分にはなかったのだろう。


「昨日、頼み事し忘れてもぅたんですってば!」

「写真なら自分で撮れ。面倒だ」

「話だけでも聞いてくださいよ! 犬伏さんっていう先日亡くなった生徒さんについてなんです!」


 そこで俺と麻耶は顔を見合わせた。数秒のにらみ合いの後、俺はため息をついてロックを外した。


「お前、最近俺に対して遠慮がなくなってないか?」

「えー、そんなことないですよぅ」


 にっこり笑って首を傾げる泉。なぜ俺の周りはこんな女性ばかりなのだろうか。朝からどっと疲れがたまった気がした。

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