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近所のコンビニに俺の嫌いな女子が働いていた

作者: 楠 竜児



 タイトル通り、「近所のコンビニに俺の嫌いな女子が働いていた」という話になるまで、少し過去に話を(さかのぼ)らなければならない。

 少し長くなるのだが、聞いて欲しい。





 俺、遠藤透(えんどうとおる)が中学校の時の話だ。

 ある日の三時間目が理科で、ミジンコなどの微生物を顕微鏡を使って観察しようということで、理科室で授業することになった。別にそれが嫌だったわけでもないし、理科が嫌いなわけでもない俺は、何の抵抗も無しに理科室へと向かう。

 理科室では、男女関係なしに出席番号順に4人で1つの班というような構成で机に座る。どこの理科室も大体そのような感じではないだろうか。少なくとも、うちの中学校ではそうだった。

 理科室がどうしてコンビニに繋がるかって? まぁまぁ、もう少し話を聞いてくれよ。俺の苗字は「遠藤」。出席番号は3番で、1番の安藤が俺と仲のいい男子、2番、4番の二人が女子で、その二人も仲が良かった。だから、俺はいつも理科室での授業の際は安藤と談笑を交わしていた。女子二人の名前を紹介しないと話が進まないのでさっさと紹介することにする。


 出席番号2番の女子は伊藤加奈(いとうかな)。コイツは今回の話にあまり関係がない。問題はもう一人、4番の女子、柏木美緒(かしわぎみお)である。

 柏木とは、小学校の時から同じだった。小学生の時は特に関わりもなく好き嫌いも無かったが、中学校に入って同じクラスになり、出席番号が近いという状況になった時、初めて感情が芽生えた。

 

 話は理科の授業に戻る。柏木美緒と仲のいい伊藤加奈は、それはもう毎日くっちゃべっていた。女三人寄れば(かしま)しいといった有名なことわざがあるが、ぶっちゃけ二人寄っても結局姦しいことには変わりがなかった。

 微生物の観察について先生の指示を受ける。顕微鏡は一班につき一台だそうで、微生物を観察したあとは、スケッチをつけるそうだ。スケッチに関しては今回はどうでもいい。重要なことは、つまるところ、俺、安藤、伊藤、そして柏木の四人で一台のそれを共用しなくてはならない、といったものだった。


 顕微鏡は俺、安藤の二人で持ってきた。セットも俺たち男子がやった。いよいよ観察を始めよう――そう思って顕微鏡を覗き込もうとした、その時だった。

 伊藤加奈が、突然右手を挙げたのだ。


「私たちが先に使ってもいい?」

 ハッ倒してやろうかと思った。お前ら、何の支度(したく)も準備もしてなかったじゃないか。しかし、中学生の俺にそんなことを言う勇気なんて、あるわけがなかった。結局、安藤と俺は渋々納得して、女子二人が先に観察をすることになった。

 伊藤、柏木が「きゃーすごーい!」とかそんな声を上げる。微生物のどこが凄いのだろうか。所詮はミジンコじゃないか。


 俺と安藤は、その女子二人の観察が終わるまで昨日見たテレビの話やら、今日家に帰ったら何をするやら、今日の給食は何だっけだとか、そんなどうでもいい雑談をして時間を潰していた。

 女子が観察を始めたのは午前十時三十分。雑談に盛り上がっていた俺は、しばらくしてから壁にかかった古い時計に目をやった。

 午前、十時三十七分。あれから七分が経った。今度は柏木たちの会話に耳を傾ける。


「すごーい!」

 まだそんなことを言っていた。ってか七分も観察すればもう十分だろうが。早く俺たちに交代しろよ……わなわなとこみ上げてくるその感情は、まさしく「怒り」だった。

 およそ十分が経過した。女子たちは相変わらず観察を続けている。安藤と俺はあることを相談して、それを早速実行することにした。柏木たちに、「交代して欲しい」と伝える簡単なお仕事だった。


「なあ」

 俺の言葉が柏木たちに届いたらしい。――めっちゃ睨んできたもん。

 しかし、睨んできたのは伊藤ではなく、柏木だった。伊藤はぽかん、と俺の方を見てきただけだった。


「なに?」

 柏木の一言に、鋭い何かを感じた。


「そろそろ交代して欲しいんだけど。もう授業も残り少ないし」

 と、俺は言葉と同時進行に、顕微鏡に手を伸ばした。すると、吃驚仰天(びっくりぎょうてん)という言葉通りの表情を顔に浮かべて、顕微鏡に触れていた柏木の手が離れた。


「あっぶね!」

 柏木はそう言った。何が危ないのか全然分からなかった。


「どしたの?」

 同じ疑問を覚えていた伊藤が首を傾げて柏木に尋ねた。


「だってアイツ、あたし嫌いだし。キモイし」

 酷い言われようだった。しかし、こちらからも言わせて貰うと、俺だってお前が嫌いだ。お前のその腐った性格が心の底から大嫌いだった。

 お互い嫌いなら関わらなければいい。俺はそう思っていたし、実際クラスでは極力関わらないように気を付けている。しかし、理科室での授業となると、嫌でも席が近くなってしまう。



 お互い嫌いという状態での理科室での関係が、おおよそ一年ほど続き、俺たちは晴れて中学を卒業した。

 柏木は近所の公立高校に、俺は隣の市の私立高校に入学することになり、ようやく俺たちは離れることになった。正直嬉しかった。ようやく開放されるんだ。この辛さから。安藤とも別れてしまったが、正直そんなことより柏木と離れられたことが嬉しくてたまらなかった。


 俺と柏木美緒の関係は、悪化の道を辿っていく。


 

 そして、時は流れ、今という高校二年生の冬という時期に至る。



 もうすぐ受験生になる高校二年生の冬、2月。授業を終え、電車に揺られて在住している市に戻ってきた時は午後六時を回っていた。

 俺は駅から家までは自転車で通学している。冬の自転車は寒くて厳しい。だから俺は、さっさと帰ってコタツに入ろうと決め、ペダルを必死に漕いだ。

 途中、俺の家から最も近いコンビニがある。そこのコンビニの入口付近の垂れ幕に書いてある「あったかスナック好評発売中!」という文字が目に入ったから、家でコタツに早く入ろうと考えていた俺は肉まんでも買っていこう、という考えにくら替えした。


「……っと」

 ブレーキをかけて自転車をコンビニの駐車場に停める。きちんと二重ロックをして自転車の安全を確認し、コンビニの入口の前に立つ。自動ドアが開いて、入店時に店員からの「いらっしゃいませ」という言葉があった。

 暖房が効いているこのコンビニは居心地がよく、俺は少しばかり雑誌の立ち読みをすることにした。ちょうど週刊雑誌の発売が今日だったこともあったかもしれない。

 十分ほどして、雑誌を元の場所に戻した。そして、冬の肉まんというものは何という美味しさだろうか。コタツでアイスというのもオススメなわけだが。そんなことを考えながらレジに向かった。


「……げ」

 短く、不満の感情を篭めたてみた。レジには列が出来ていた。このコンビニのレジは全部で二つ。二つがフル稼働で動いていても列が出来てしまうコンビニの売上は相当なものなんだろう。

 俺は、レジで慌てている店員を見てみた。一人は眼鏡をかけて少しぽっちゃりとした男性店員。その見た目とは裏腹にてきぱきと動いている感じだった。肝心なのは、もう一人の店員である。


「……ッ!」

 俺の目がその店員を見て、大きく見開く。その店員に、俺は見覚えがあった。忘れるはずもなかった。


(な、なぜこのコンビニに……!)

 そう。そのレジでコンビニの制服を着こなしている奴こそ――俺の大嫌いだった柏木美緒本人だったのだ。

 そうか……ここは俺の家から最も近いコンビニ。考えてみれば、柏木も俺の家の近所に住んでいたし、アルバイトするコンビニとしては最適というわけか。

 近所のコンビニというのは、こういった元中の連中がバイトしているものだから気まずくなる。それが男友達でも、気まずさがあるというか恥ずかしさがあるというか、そいつがレジをしていると買い物を拒みたくなる。

 そして今、レジには柏木美緒の姿がある。ぽっちゃり男と柏木の担当しているレジ。一度列に並んでしまったからには覚悟を決め、何としても肉まんを買わねばならない。


(ぽっちゃりぽっちゃりぽっちゃりぽっちゃりぽっちゃりぽっちゃり――)

 「ぽっちゃり」という言葉がゲシュタルト崩壊するぐらい、俺はレジがぽっちゃり男になることを祈った。柏木に俺の買い物を精算されては気まずさが限界を超えてしまう。ぽっちゃり頑張れ!

 ――その願いは、叶わなかった。


「お次のお客様、こちらへどうぞー」

 最近聞いていない女の子の声。「お次のお客様」とは、勿論俺のことだった。


「お箸はお付けいたしますかぁ?」

 ぽっちゃり男が隣のレジで能天気そうな声を上げている。コイツに悪気は無いが、殺意が芽生えた。


「いらっしゃいませ」

 柏木がにこやかな笑顔を作って、俺に接待してくる。あの時の「嫌いだし。キモイし」というセリフとは完全に感情の込め方が違う、完全な営業モードである。ファック。

 俺は柏木に直接顔を合わせたくなかったので、少し俯きながら口を開く。


「に、肉まん1つ、お願いします」

「にっ、肉まんお一つ、でよろしいですね?」

 柏木がぎくしゃくとした口調で俺に確認を求めてくる。なるほど、コイツ、まだこのコンビニでバイト初めて間もないんだな? 要するに新米さんということだ。


「……ほう」

 小さく、俺が一言口元に冷笑を浮かべながら呟く。

 ――もしかしてこれ、この柏木に仕返しするチャンスなんじゃね……?

 本当、この時の俺はどうにかしていたらしい。なぜだか、柏木を困らせてやろうという悪戯心が湧き上がってきた。


「す、すみません。肉まん1つと、おでんのちくわ2つ、大根2つ、こんにゃく1つに、からあげチャンのチーズ味……それと、コロッケ、ホットドックを1つずつ下さい」

 そしてその困らせる内容が、大量に注文するというものだった。今俺が注文した内容を覚えているか……!? 確か、中学の頃の柏木の成績はそんなに芳しくなかったはずだ。俺GJ!


「え、えっと……」

 よっし、これは困ってる! 勝っ――


「もう一度、ご注文をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 ――た。完全勝利である。この困っている柏木の顔を見れただけで飯が旨い。あの時キモイと言われたことはこれで帳消しにしてやろう。

 俺は心の中で大きくガッツポーズをした。ザマーミロ柏木!

 

 清々しい気分になった俺は、ゆっくりとさっき注文した内容を復唱し始める。


「肉まん1つと、おでんのちくわが2つと――」



 ◆



「ありがとうございました、またおこし下さいませ」

 二度と来るか! 柏木の言葉に、心の中でそう叫んで俺はコンビニを出た。しっかし、本当に気分がいい。あの柏木をほんの一時だけでも困らせることが出来たのだから。これは購入したスナックの食べがいがあるってものだ。

 大量注文は新米のバイトの人を困らせる。他にもAmazo●などのネット宅配サービスのコンビニ受け取りなど方法は多種多様であるのだが、小腹が空いていたし、暖かいものが食べたかった俺は一番最初に浮かんできた方法を実際に実行してやった。

 自転車のロックを外し、サドルに腰を下ろす。そして、購入した食べ物がパンパンに入ったビニール袋をカゴの中に入れ、ペダルに足を置いて、漕ぐ。


「……」

 このコンビニから家まで自転車を使えば2分もかからない。冬の日落ちの時間帯の冷たい風が髪をなびかせた。


「……あれ?」

 そこで、俺は一つの疑問点が頭に浮かぶ。




 ――これ、ただコンビニに売上を貢献しただけじゃね……?




 もしかして俺は――柏木に騙された?


 頭の中で先程のコンビニでの言葉のやり取りを思い返す。


『いらっしゃいませ』

 これを言ったのはぽっちゃり男だ。


『に、肉まんお一つ、でよろしいですね?』

『え、えっと……もう一度、ご注文をお伺いしてもよろしいでしょうか?』

 確か、レジで俺に対応していた時の柏木はかなりぎくしゃくと緊張していた状態――つまり、新米であることをアピールしているようなものだった。


『ありがとうございました、またおこし下さいませ』

 最後、帰り際のアイツの言葉は、バイトに馴染んだ、何というか、後輩一人は持っていそうな上手な挨拶ではなかったか?



 結論として、俺の精算の時だけ柏木は初心者のような振る舞いをしただけであって、実はバイトには慣れている上級者、ということなの……か?

 俺が自分を困らせてくることを読んで、店の売上に貢献したというのか……!



「あんの悪女がァァァァァァ――――!」



 俺が激憤(げきふん)した叫び声を、冬の冷たい風の音が静かにさらっていった。



 俺と柏木美緒の関係は、悪化の道を辿っていく。



ちょっとだけ実話です。

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