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【1】CrossDestiny  作者: 氷鴉 刹
1章「古き本と黒き鳥」
13/18

11話 「灯台下暗し作戦」

「いらっしゃーい」

 店に入ると、気だるげな女性の声が飛んできた。

声の主を捜して、店の奥に目を遣ると一人の女性が、カウンターに頬杖をついて、訝しげにこちらを見ていた。

この女性こそが、ここの主人であり、そして、クトックナーの騎士団長兼ロウの教育係であるレドールの奥方なのであろうか。

「へえ、気弱なくせにやるじゃん、レドール」

 彼女に聞こえないように、ロウは小さく笑った。

「なかなかの美人さんじゃないか」

 レドールの年からして年は三十にさしかかるくらいだろうか。ややその容貌に陰りは見てとれるものの、その容貌はまだまだ若々しく、また、後ろで緩く纏められている黒髪もあでやかだ。

彼女はグラスを磨いていたのか、カウンターにはずらりと大小様々なグラスが並び、空いた片手に乗っかったくすんだ色のクロスが、腕と一緒に揺れている。

テンレイは、しばらく女性を見ていたが、女性の視線に耐えられなくなって、テンレイは目を逸らした。

 昼間の酒場は元から人が少ない。ましてや、ここは街の外れ。客は自分達を含めても四人だけだった。

「なあ。やはり、場違いな気がするのだが」

 テンレイは声を潜めて、今にも椅子に向かって駆け出していきそうな程にそわそわしているロウに話しかけた。

するとロウは振り返り、声を潜めて小さく笑い、こう言った。

「ビビってるのか? なっさけねぇな」

 その言葉にむっとするテンレイ。彼は皮肉を込めてこう返した。

「お前はホント怖いもの知らずで羨ましいな」

「怖いものがあってたまるかよ。んー、でも、お袋の癇癪は怖いかな」

 昨夜のことを思い出しているのだろう。怖いと言いながらも、今にも吹き出しそうな表情をしていた。

(そういえば、あの人はまた泊まり込みなのだろうか)

 ロウに聞くところによると、レドールは公爵夫人の癇癪がおさまるまでは下城出来ないそうだ。 

昨日の生誕祭を思い出せば、一夜で癇癪が治まるとはテンレイには思えなかった。

(確かに、私も御免だ)

 今もまだ公爵夫妻の間で板挟みになっているだろう男に思いを巡らせていると、ちょいちょいとロウが袖を引っ張ってきた。焦れたのか、彼の頬はすっかり膨らんでしまっている。

「いつまで突っ立てるつもりかよ……! 早く座ってしまおうぜ!」

 声量こそ抑えられていたが、 はやる気持ちを抑えきれないのか、早口になっている。

「そうは言われてもだな……」

 しかし、テンレイはまだ渋っていた。

 そんなテンレイに、業を煮やしてロウがまさに怒鳴ろうとして息を大きく吸い込んだその瞬間、奥の方から椅子がガタリと引かれる音がした。

両者、口を閉ざして、カウンターの方を見遣ると、あの女性がこちらへ向かってくるところであった。

コツリコツリという硬質な足音は次第に大きくなっていき、テンレイ達の前で止まった。

「坊やたち、迷子かしら?」

 中腰で尋ねてくるのは、先程までカウンターで頬杖をついてこちらを見詰めていた彼女だ。

声音こそ優しかったがその眼差しは鋭く、ここから出ていきなさいと暗に告げていた。

だが、そんな眼差しに臆するロウでは無い。ロウは彼女にへらりと笑いかけると、返事した。

「迷子じゃないよ、客だよ」

 ロウの返事に、彼女の表情はさらに険しくなる。声音に優しさはもう無かった。 

「坊やたちが来る場所じゃないってこと、分かってる?」

 それでもやはり怖気づくロウでは無かった。尚も彼女に食ってかかる。

「でも、酒場に子供が行ってはいけませんっていう法律はないだろー?」 

「確かに無いけど……あんた、お金はあるの?」

「当ったり前だろ! 餓鬼じゃないんだぜ?」

  テンレイとしては、店主と口論するくらいなら別の場所行こうという考えで、我関せずという体で二人の様子をぼんやりと眺めていたのだが、そのロウの一言には、さすがのテンレイも突っ込みを入れざるを得なかった。

「いや、餓鬼だろ」

「もう、お前まで煩いなー。とにかく、金はちゃんと持ってるし、払える!」

 懐だけコインを一枚だけ取り出してロウは、自慢げにそれを彼女に見せた。 

「ふぅん。お金を持ってるのは本当みたいね。良いわ、とりあえずそんなとこに突っ立ってないでさっさと座って」

 店主の許可が得られるなりロウは待ってましたとばかりに一目散に駆け出した。そして、ガッタンと派手な音を立ててから一番奥まった場所の席に収まった。対してテンレイは落ち着き払った足取りで、ロウの向かい側の席まで歩み寄り、静かに腰を下ろした。乱暴に座ったロウを女店主は一睨みしたものの、もう何も言わなかった。

「んで、何が欲しいの? 言っておくけど酒は出さないからね」

「こんなに暑いのに酒なんて要らないってば。俺はキウイジュースが飲みたいの!」

 それを聞いた途端、サラは眉を吊り上げた。

「ちょっとあんた、今、キウイジュースなんてなかなか手に入らないのよ?」

「ふうん。でも、酒じゃないから良いだろ?」

「酒じゃないから何でも良いってわけじゃないのよ。どいつもこいつも法外な値段でしか売ってくれないんだから……」

 ぶつぶつと愚痴を溢しつつも彼女は、ずらりと瓶が並ぶ棚まで行って一本の瓶を取り出してきた。その瓶はでっぷりとした形で、黄緑色の液体で満たされている。また、ラベルには産毛に覆われた枯色の球体が二つ描かれていた。

「せいぜい、命知らずの商人達に感謝することね」

 キウイの特産地は、フローガル、ウィーナイラ。両国はアクフレージョンにより国としての形を奪われ、混乱の渦中にある。そんな状態だからこそ、儲ける筈だと海を渡ろうとする商人は少なくない。しかしそのほとんどは辿り着くことなく、捕まるか命を落としている。

ましてや、キウイジュースの知名度はブリステアでは低く、売れるかどうかも分からない代物をわざわざ運んでくるような商人はなかなか見付からない。南から流れてくる人の多い、このクトックナーでも、だ。

 キラキラと目を輝かせて強請(ねだ)るロウの傍らで、テンレイは瓶に穴が空いてしまうほど、訝しげに視線を向けていた。

(何だ、あの緑色の飲み物は。そして、ラベルに描かれた毛が生えた球体は何だ?)

 トワル産まれトワル育ちのテンレイは、キウイを知る(よし)もなく、その瓶はただ気味が悪い得体の知れないものという認識しか生まなかった。

クトックナーに足を運んだのは何も今日が初めてというわけではないが、二人きりで酒場に着たことなど無い。

もしかしたら、今までにも何度か、目にしてきた可能性はあるが、こうまじまじとキウイジュースを目にしたのは初めてであった。

初めて見るキウイジュースに困惑するテンレイを他所に二人は金勘定をしていた。

「あんた、払えるの? 高くつくわよ」

「いくらだよ? いくらでも払ってやろうじゃんか!」

 ふふんと胸を張るロウ。その様子に気を良くした女店主は、意地の悪い笑みを浮かべる。 

「あら、威勢の良いお子様だこと。とりあえずこれくらいで勘弁してやるわ」

 そうして提示されたのは、銀貨数枚。これは良質な酒と同じくらいの値段である。

酒精(アルコール)の入っていない飲料としては高すぎる値段ではあったが、ロウに迷いは無かった。

「乗ったー!」

 というとロウは懐に手を突っ込むとおもむろに銀貨を数枚取り出し、テーブルに叩きつけた。その威勢の良い様が大層女店主は気に入ったようで、ニヤリと笑みを浮かべると、大事に抱えていた瓶を、少年に差し出した。

「大事に飲むんだよ。貴重な貴重な一本だからね」

「分かってるって!」

 瓶を受け取ったロウは、すっかりご満悦の様子。

しかし、尚も理解に苦しんでいるテンレイは、未だにその緑色の何かに訝しげな視線を向けていた。

(それに、それほどの価値があるのか、これには)

 味は確かに気になる。ロウが、それほどまでに欲するものであるから不審なものではないのは確かだ。だが、テンレイの頭は頑なにそれを拒んでいる。

「何、お前もキウイジュースが欲しいの?」

 念願のキウイジュースを手に入れて少しばかり落ち着いたロウがようやくテンレイの視線に気付いて、テンレイに問いかけた。その問いかけにテンレイは緩やかに首を横に振った。

「いや、私は……とりあえずミルクティーが飲みたいかな」

 あまりにも場違いな注文だとは思いつつも、今のテンレイは慣れ親しんだ味を欲していた。

「あんたはそれでいいのかい。茶葉の希望とかあるのかい?」

 茶葉には色々あるけれども、悲しいかなその違いが分かるテンレイではなかった。紅茶にミルクが入っていれば彼にとっては全て慣れ親しんだ味だ。女店主の問いかけにもテンレイはただ緩やかに否定の意を示した。

「いや、特に無いです」

「あら、そう。じゃあ、勝手にこっちで選んで来るわね」

 そう言うと、彼女は鼻歌交じりにカウンターに戻っていった。

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