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学校の死神(改)  作者: 化草野菜子
第六章 生きてるお前と死んでるオレ
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換わってあげる

 その日の掃除の前にも、あの女の子の霊は姿を現した。

 

「ねえ……生きてるって楽しい?」

 

 ふと女の子は問いかけてくる。

 

「え? うーん、どうだろう……疲れるし、結構面倒くさいことも多いかな……」

 

 最近疲れていたので、雨花はついついそう答えてしまった。

 

「そっか……」

 

 女の子はなにか考えるように、視線を落とした。

 

「あのね……今日の放課後、話したいことがあるから、ちょっと来てくれないかな……?」

 

「え? 今じゃダメ?」

 

「うん。ゆっくり話したいから……」

 

 女の子は必死に頼んでくる。

 雨花は少し不思議に思いながらも、その様子を見てにっこりとうなずいた。

 

「うん、わかった!」




 

 前もってラオには、今日は用事があるから行けないかもしれないと断っておき、その日の放課後は、音楽室へと向かった。

 

 音楽室へ入り、ドアの横に荷物を置いて、例の穴が塞がれたポスターへ近づく。

 女の子の霊はいつも通り、姿を現した。

 

「本当に来てくれたんだ」

 

 女の子は嬉しそうに笑った。

 

「うん、それで、話って?」

 

「うん、それなんだけどね……まず、このポスターを剥がしてくれないかな」

 

「え?」

 

 雨花が怪訝な表情を浮かべたのを見て、女の子は悲しそうな顔をした。

 

「私、誤解されてて……私は関係ないのに、変な噂あるでしょう? そのせいで、悪霊とか関係なく、どんな霊でも弱らせちゃう御札が、このポスターの裏に貼られてて……すごく、苦しいの」

 

 女の子は本当に苦しそうに胸を抑えて、雨花に訴えかけた。

 

「お願い……! 私、ずっと独りぼっちで耐えてて……雨花ちゃんにしか、頼めなくて」

 

 涙を浮かべて懇願する女の子を見て、雨花は心を揺さぶられた。

 

(ラオも、この子も、私しか気づいてあげられないんだ。だから、私が助けてあげなきゃ──!)

 

 雨花は拳を握りしめると、ポスターに手をかけ、ゆっくりと剥がした。

 裏側には、確かに真っ黒になった御札が貼られていた。

 そして、その下には、拳より一回り大きな穴が、ぽっかりと空いていた。

 真っ暗で中は見えない。

 女の子は涙を流して喜んでいる。

 

「ありがとう……! あとね、もう一つだけお願いがあって」

 

「うん、なに?」

 

 雨花もその様子につられて笑顔で尋ねた。

 女の子も笑顔のまま答えた。



 

「私と……換わってほしいの」



 

「……え?」

 

 雨花は意味がわからず、その子を見つめた。

 

「だって——私もっと生きたかったんだもん。面倒くさいって思いながら生きるより、私みたいに、生きたいって思って生きてる方がいいでしょ?」

 

 その子は相変わらずニコニコと笑っているが、雨花は突然恐ろしくなって、ゆっくりと後退った。

 

「ね? だから換わってあげるよ!」

 

 真っ白な笑顔。

 

「い、いや、それは遠慮しとくよ」

 

 その子から遠ざかりながら、手が震え始める。

 

「なんで? せっかく換わってあげるのに……」

 

 女の子が急にうつむく。

 ユラリと身体が歪み始める……。

 

「でも、もう遅いよ——私、自由に動けるように、なったんだモン——だから、アナタの軀(からだ)——ワタシがもらうワ——!」

 

 顔を上げたその子の形相は、恐ろしいものだった。

 身体は酷く歪み、もはやそれは原形を留めていないほどだ。

 今までの霊の中でも、一番ゾッとする姿をしている。

 耳まで避けた真っ赤な口は不気味に開き、目はぽっかりと大きな穴が空いており、その中には赤い光が宿っていた。

 

「きゃはははははは!」

 

 その子は狂喜に満ちた笑い声を上げながら、雨花の方へ飛びかかってきた。

 雨花は必死に足を動かしてドアの方へ走った。

 震える手でドアを開けようとするが、何故かどうしても開かない。

 

「えっ? そんなっ!」

 

 そうこうするうちにも、あいつが迫ってくる。

 雨花はドアから離れてポケットをまさぐり、御守りを掴んで、女の子の化け物に向かって投げつけた。

 しかし、御守りは僅かに光っただけで、虚しく地に落ちてしまった。

 

「ヒヒヒヒヒ!」

 

 その子は全く動じない。

 音楽室の隅まで逃げたところで、雨花は突然身体が動かなくなってしまった。

 

「えっ!」

 

 身体を動かそうともがくが、反対に情けなくその場にへたり込んでしまう。

 

 そこは、あの穴の目の前だった。

 女の子はゆっくりと近づいて来る……。

 そして、雨花の前に立つと、

 

「フフフ……これで、やっと生きられるよォ!」

 

 と恐ろしい声で叫び、口をがばっと開けて迫ってきたのだ。

 

「!」

 

 もうなす術がなく、雨花は恐怖に目を見開いたままだ。

 その子の恐ろしい真っ赤な口が、もう目の前だ。

 そして、驚いたことに——その真っ赤な口から、赤黒い歪んだ手がずるりと這い出てきて、雨花の頭を鷲づかみにした。

 

「あ……」

 

 恐怖のあまり悲鳴すら上げられず、雨花の目からは涙がこぼれた。



 

 しかし、そのとき——



 

「なにやっとんや、お前!」

 

 どこからともなくラオの声がした。

 

「ウゥ——クソォ!」

 

 そいつは雨花から離れると、慌てて穴の中へ逃げ込もうとした。

 間髪を入れず、ザクッと雨花の目の前で、大鎌がそいつを貫いた。

 その子は小さく悲鳴を上げると、元の姿に戻り、消えゆきながら最後に悲しそうにつぶやいた。



 

「……もっと……生きたかったのに……」



 

 そうして、跡形もなく、少女は姿を消した。

 

 震えながら座り込んだままの雨花を、ラオは厳しい表情で見下ろした。

 

「なにやっとんや! なんで独りで放課後にこんなところ来たんや! お前、あの霊となんか関わっとったやろ? だいぶ精気を吸われとるやないか! 最近様子がおかしいと思ったら」

 

「……ごめん」

 

 雨花は未だ小さく震えながら、しょんぼりとして謝った。

 

「まあ……でも無事で良かった! うん!」

 

 そんな彼女の様子に、ラオは表情を緩めると明るくうなずいた。

 

「ありがとう……」

 

 雨花はほっとして目頭が熱くなり、慌てて目をゴシゴシと擦った。

 そして、ふらふらと立ち上がると、霊に投げつけた御守りを拾い上げた。

 

「ねえ、これ、今回効果なかったんだけど……」

 

「ああ、そりゃ二回も助けてくれたしな。多分もう効果ないと思うぞ」

 

「そっか」

 

 雨花は少し残念に思いながら、御守りをポケットにしまった。

 すると、ふとラオが自身のポケットから別の御守りを取り出して、雨花に差し出してきた。

 

「ああ、それで、これ——渡そうと思っとったの、忘れとった」

 

「え? あ、ありがとう?」

 

 雨花は遠慮がちに、その御守りを受け取った。

 少し年季が入ってはいるが、あまり見たことがないような、綺麗な水色をしたその御守りには、『昊乃鞘神社』とあった。

 

(なんて読むんだろう……?)

 

「これ、どうしたの?」

 

「宿直室の机の中から見つけた」

 

「へえ、綺麗な御守りだね」

 

「そうやろ? 古いけど、まだ効果ありそうなんよ。きっと、かなりいいところの神社なんやと思う。なんて読むかは、知らんけど」

 

 ラオはそう言って軽く笑った。

 

「そっか……ありがとうね」

 

 雨花はそれをジャージのポケットに突っ込んで、中でいじりながら、おもむろに口を開いた。

 

「ねえ……死神って苦しい?」

 

「んー、まあな。なんかなあ、胸が重い」

 

 ラオは言葉とは裏腹に軽く答える。

 

「早く、解放されたいと思う?」

 

「うーん、まあな……」

 

 遠くを見るような目で、ラオはつぶやくようにそう答えた。



 

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