巻き込み異世界召喚〜あれ?俺が勇者なの?〜
主人公の名前は模不です。あまり関係ないですが……
「おい、明日の宿題、きっちり全員分やっとけよ?」
放課後の誰もいない教室。クラスの頂点に君臨するイケメン、城ヶ崎が僕の机を思い切り蹴飛ばした。
床に散らばる教科書とノート。僕がそれを惨めに拾い集める姿を見て、城ヶ崎の取り巻きのAとBがゲラゲラと下品に笑っている。
いつもの、最悪な日常だった。
──だが、その時は唐突に訪れた。
「……あ? なんだこれ」
取り巻きAが、妙な声をあげる。
僕の足元から、突如として禍々しいほどの純白の光が溢れ出したのだ。光は一瞬で広がり、教室の床に見たこともない複雑な幾何学模様──魔法陣を描き出す。
「な、なんだこれ!? 眩しっ……!」
「城ヶ崎さん、これやべえって!」
逃げ出そうとする彼らだったが、すでに遅い。
ゴオオオッ、と空間が鳴動し、僕たちの視界は完全な白に染まった。
♢♢♢
次に目を覚ました時、そこは冷たいコンクリートの床ではなく、見事な大理石の床の上だった。
見上げるほど高い天井。豪奢なステンドグラス。そして、僕たちを取り囲むように、中世の映画で見るようなローブ姿の老人たちと、フルプレートの騎士たちが集まっている。
「おお……おおお! ついに、ついに成功した! 伝説の儀式が!」
中心にいた、いかにも偉そうな老神官が、涙を流して天を仰いでいる。
しかし、神官は僕たちの姿を見て、ふと眉をひそめた。
「……む? 予言にあった『聖勇者様』は御一人のはず。なぜ、四人もおられるのだ?」
その言葉を聞いた瞬間。
さっきまで床に腰を抜かしていた城ヶ崎が、突如としてガタッと立ち上がった。その顔には、恐怖など微塵もない。むしろ、ネット小説の知識と持ち前の自惚れをフル回転させた様子だった。
「なるほどな……! おいお前ら、ビビることはねえ。これはアレだ、巷で流行りの『異世界召喚』ってやつだ。で、その『聖勇者』ってのは──当然、この俺のことだよな!」
城ヶ崎は髪をかき上げ、周囲の神官たちに向かって自信満々に胸を張る。
(あ、また始まった)
僕は床に這いつくばったまま、冷めた目で城ヶ崎を見ていた。
こいつの悪い癖だ。また出たよ、城ヶ崎の『黄金の理解力(笑)』。
いつもそうだ。こいつは物事を自分の都合の良いように、すぐに決めつける。体育祭の時も、テストの時も、いつだって自分が主役だと信じて疑わない。
──でも、今回は本当にそうかもしれない。
だって城ヶ崎は、文句なしのイケメンで、サッカー部のエースで、クラスの絶対的リーダーだ。神様がこの世界を救う『勇者』を地球から選ぶなら、僕みたいな日陰のオタクではなく、華やかな城ヶ崎を選ぶのが当然だ。
「間違いないっすよ! 城ヶ崎さんは勇者に選ばれるなら絶対城ヶ崎さんだ!」
「だよねー! つまり俺たちは、勇者の親友枠として連れてこられたってわけだ。おい、そこの床に這いつくばってるオタク君は、せいぜい俺たちの荷物持ちにでもしてやるよ!」
取り巻きたちの声を聞きながら、僕は「やっぱりな」と、どこか他人事のように諦めていた。
城ヶ崎はふんぞり返り、まだ床に倒れたままの僕を、哀れむように見下ろした。
「そういうことだ、おじいさん。俺がその勇者様だ。早くおもてなしの準備をしてくれよ」
「ふむ……教えていただけるのはありがたいのですが……聖勇者様は世界を救う唯一無二の存在。間違いがあっては困る」
老神官は傍らの騎士に合図を送る。
「これより『鑑定の儀』を執り行う。そこに浮かぶ水晶に、一人ずつ手を触れなさい」
騎士が恭しく捧げ持ってきたのは、淡く光る巨大な水晶だった。
「ちっ、疑り深いジジイだな。見てろよ」
城ヶ崎は鼻で笑い、自信たっぷりに水晶へ手のひらを乗せた。──数秒が経過する。しかし、水晶は何の反応も示さない。ただ、薄汚れたガラスのように、わずかに曇っただけだった。
「……な、何もない? 魔力、ゼロ……? スキルも……なし。ただの『平民』だと……!?」
神官たちの間に、ざわざわと動揺が広がる。
「は? おい、何かのバグだろこれ! 俺が勇者じゃないわけないだろ!」
城ヶ崎が焦って水晶を叩くが、何も起きない。続いて取り巻きAとBが触れるが、結果は同じ。ただの一般人。
「……では、本物の勇者様は……」神官たちの視線が、まだ床に座り込んでいた僕へと注がれた。
「おい、ゴミ。お前も一応触れよ。どうせお前も無能なんだから、これが壊れてることを証明しろよ」
取り巻きAが僕を急かす。僕は無言のまま立ち上がり、恐る恐る、その水晶に手を伸ばした。僕の指先が水晶に触れた、その瞬間──
──ドンッ!!!城内が激しく揺れた。バキバキと音を立てて、水晶の内部から眩いばかりの、文字通り『黄金の光』が溢れ出す。光は天井を突き破らんばかりに広がり、ステンドグラスを黄金色に染め上げた。神官たちが「ひっ……!?」と悲鳴を上げて床にひれ伏す。光の中に浮かび上がったのは、僕のステータスだった。
名前:模不
職業:聖勇者
適正:全属性(神級)
魔力:測定不能(無限)
「お、おおおおお……!!」
老神官が、震える声で叫び声をあげる。彼は涙を流しながら、僕の前に深々と頭を下げ、大理石の床に額を擦り付けた。
「この神々しい輝き、間違いない……! あなた様こそが、我が国を、いや世界を救う本物の『聖勇者様』だ!!!」
その言葉に、城ヶ崎たちの時が止まった。「……は?」城ヶ崎の口から、間抜けた声が漏れる。
「あなた様こそが、我が国を、いや世界を救う本物の『聖勇者様』でございます!!!」
老神官の絶叫が響き渡る。僕の前に平伏する城の人々。その光景を、城ヶ崎は顔を真っ青にして見つめていた。
「……は? 嘘だろ……? なんで、なんでそのゴミが勇者なんだよ! 何かの間違いだ! 勇者は俺だろ、なぁ!」
城ヶ崎が取り乱し、僕の胸ぐらを掴もうと一歩踏み出す。しかし、その体は一瞬で床に叩きつけられた。周囲を警戒していた重装騎士たちが、容赦なく城ヶ崎と取り巻き二人を組み伏せ、床に顔を押し付けたのだ。
「無礼者ッ! 聖勇者様に気安く触れようとするな!」
「離せ! 俺は城ヶ崎だぞ! おい、おいお前、何か言えよ! 俺たち友達だろ!?」
床に押し潰され、惨めに僕を見上げる城ヶ崎。さっきまで教室で僕の机を蹴飛ばしていた男の面影は、もうどこにもない。玉座から立ち上がった国王が、僕の前に進み出て恭しく頭を下げた。
「聖勇者様。この無礼な有象無象の『おまけ』どもは、いかがいたしましょうか? 聖勇者様を侮辱した罪は重い。今すぐここで首を刎ねることも可能ですが……」
「えっ……」
と、城ヶ崎たちの喉から短い悲鳴が漏れる。彼らの顔は恐怖で完全に引き攣り、ガチガチと歯の根が合わない音を立てていた。僕は、冷え切った目で彼らを見下ろした。
普段の僕なら、ここで怯えて「許してあげてください」と言ったかもしれない。でも、彼らに宿題を押し付けられ、尊厳を足蹴にされてきた日々が、僕の心を驚くほど冷静にさせていた。
「いえ、殺す必要はありません」
僕の言葉に、城ヶ崎たちの目に一瞬だけ「助かった」という希望の光が宿る。しかし、僕は一拍置いて、最も冷淡なトーンでこう告げた。
「ただ、赤の他人なので、城の外にでも放り出しておいてください。これから先の彼らの人生に、僕は一切関わりたくありません」
「な……ッ!?」
城ヶ崎の顔が絶望に染まる。
「待て! 頼む、置いてかないでくれ! ここがどこかすらも分からないんだ! それにおれの職業は平民だぞ!?死んじまう、頼むよッ!」
すがりつくような叫び声。だが、王の命令によって、騎士たちは容赦なく彼らの身体を引きずり、玉座の間から連れ出していく。バタン、と大きな扉が閉まる直前。僕は遠ざかっていく彼らの背中に向けて、ボソッと、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「あ、そういえば。明日の宿題、自分でやってね」
バタン。扉が完全に閉まり、嫌な奴らの声は聞こえなくなった。静寂が戻った玉座の間で、僕は差し出された伝説の聖剣へと手を伸ばす。押し付けられる宿題も、僕を理不尽に殴る奴もいない。ここからは、僕が主人公の物語だ。
(完)
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