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8.白羊亭(2)

「ディック・オーウェン?」

「ええ、元はこの店で働いていた男。でも一年前に独立して、自分の酒場作った」

「それなりに有能で、俺も結構目をかけていた奴なんだがな。しかしある日、あっさり白羊亭を辞めちまったよ」

「そしてその後彼の作った店が、『青銅の盾』さ」


 かくて完全な風来坊に等しい男に対し、それぞれが溜息混じりに語ってくるファレル家の面々。それはまさに日頃の悩み、愚痴を誰かに聞いてもらいたくて仕方なかった者の発する声音だった。


「でも、何でそんなごっそりと。だって同じ酒場なんでしょ? もしかして相当なやり手とか」


 むろん俺は俺で、いつの間にかしっかりとその声聞く体勢になっている。当然そこに食事を提供してもらったという恩義が大きく働いていたのは言うまでもない。何より、語っているのはこの街に転移して、初めて親しくなった人々だったのだから。


「やり手……まあ、そうかもな。経営手腕が優れていることは確かに認める。だが、実際にはそれだけじゃない」

「えっと、それはどういう――」

「歌姫たちのグループを作って、それでメールジェアン中の客たちを奪い取ったのよ」

「歌姫?」


 と、だがそこでメイルの放った一言が、俺をして大いに興味引かせる。それは間違いなく予想外の単語というやつだった。


「『アマランス』――そんな名の付けられた、七人の歌姫たち。歌と舞に優れ、何より全員眉目秀麗な美女だけで構成された」

「そんなに凄いグループなのか、それ?」

「凄いも何も、まるで天女が舞っているかのようだとよ、アマランスの舞台は。そう、何といってもディックがわざわざ王都から大金はたいて凄腕の演出家呼び寄せ、作らせたんだからな。そんな彼女たち目当てに、客はわんさと訪れる」


 しかもスコットまで口を揃えて脱帽気味に加わってくる始末。深い溜息混じらせて。だがそうなるとむしろ俺の好奇心が、――それはあるいはかつてのアイドル好きが高じてのものだったのかもしれないが――いっそう沸き立ち始めたのは、至極当然の事象であった。


「へえ、凄いんですね、それ。――ところで皆さんは、実際そのアマランスを見たことは?」


 それゆえすかさずそんな問い発していたものの。


「ない。興味もない」

「まあ、わざわざ行くほどでもねえ……」

「私も、まだ一度も……」


 だがファレル家一同の返事は、ライヴァルに対する矜持ゆえかどうにも煮え切らない。中でもスコットに至っては、もはや頑なと言ってもいい態度である。


「……あ、そうなんですか」


 よって好奇心爆発状態だった俺も途端勢い弱めざるを得なかったのだが、しかしそこでふと実に気になる言葉発したのは、メイルなのだった。


「でも、一応ディックからの招待状はあるの。一度でもいいから、アマランスの舞台見に来ませんか、っていう」

「え、本当!」


 当然ながら、その声に俺は並々ならぬ大きな反応示した。そしてそれは余りに想定外のことだったらしく、そんな旅人囲む三人はその三人ともが目を丸くしている。

 とはいえこっちはこっちでそれどころではなく、むろん構わず先を続けたのは言うまでもなかった。


「じゃあ、見に行こうと思えば、行けるんだ」

「え、ええ、そうだけど……」

「ちなみにそれは何人分?」


 そうして俄然謎の熱量上げだした、ファレル家言うところのグラスランナー。それがどんな種族なのかは正直いまだ分からなかったが、しかしいずれにせよ相手が興味を持ったことは理解したのだろう、メイルは刹那戸惑い見せるも、しかし結局眼をしばたたかせつつ答えたのである。


「人数? それは三人分。つまり、ファレル家全員の――」

「俺も行っていいのかな、その招待状で」

「え、レトが? ま、まあ、私たちの誰かがついて行けば大丈夫だとは思うけど」


 もっとも、さらにその男が図々しくも妙なこと頼んでくると、さすがに驚き隠せなかったようだったが。


「そんなに見たいの、アマランスが?」


 当然、つぶらな瞳を一層大きくさせて。


「うん。あ、いや、社会勉強のため、つまりこの街のことをもっとよく知るためにも……」

「ふうん……」 

「なら、いいじゃないか」


 かくて目の前の客人の熱意が生半可なものではない、そうファレル家側はすぐ理解できたらしく、


「まあ、俺たちも実は全く気になっていない訳じゃないからな。せっかくだから、第三者のレト君に冷静にアマランス見てきてもらい、その感想後で伺うことにしよう」


 よって気前よくスコットが言ったように、俺は実に幸運なことにこの世界で歌い舞う美女たちの舞台、早くも見られることと相成ったのである。


「ありがとうございます!」

「そういえばグラスランナーは独自の歌と踊りを持っている、そんな話を聞いたことがある。君もその血が騒いだということか」

「え? ま、まあ、そんな感じです」


 ――おまけに、相手の方で勝手に都合のいい納得の仕方までしてくれて。



「だとしたら、早い方がいいな。早速明日、レト君はメイルと一緒に『青銅の盾』へ行ってくれ」


 そう、いずれにせよこうして俺、レトとファレル家の初めての出会いは、結果何とも予想外の方向へ話が進むこととなり……。


                  ◇


 かくて俺、ことレトは明日件のアマランス見に行くことが決まり、さらにはまだ宿を取っていないと言うとファレル家の好意で、白羊亭の二階の一部屋を貸してもらえることとなった。すなわちこの店は小規模ながら宿も経営しているらしく、二階にはいくつか宿泊用の部屋が設えられていたのである。


「へえ、ここが……」


 はたしてそこは、最近はほとんど使われていないのだろうが、しかしそれにしてはかなり掃除が行き届き清潔さが充分保たれていた。広さとしてはさほどでもない、目立つ家具と言えばベッドと箪笥、机に椅子くらいの一室。だがその質素さも、この綺麗さなら全く気にならないだろう。……まあ、そもそもただで泊まらせてくれている時点で、文句など一つもあるはずがなかったのだが。


「ふう、疲れた」


 いずれにしても今日はまず転移してからメイルと出会い、さらにオークたちに絡まれるなどいきなり色々なことがあり過ぎた。当然ながら、隠しようのないほどの疲労感がたっぷり溜まっている。従って部屋に入るなり早速ベッドの上に腰を下ろしていたのは、余りに必然の行為というやつだった。


(アマランス、七人の美女、か)


 そんな先程下で交わされた話のこと、何とはなしに頭の中で想起しながら。

 王都から演出家を招いてまで、ディック・オーウェンなる男が作らせたグループ。華麗を極める美姫たちで構成された、何よりその登場によって白羊亭を廃業寸前にまで追い込んでいるという……。


(一体、どんな人たちなんだろう……)


 当たり前のごとく、かくして想像力も豊かになるというもの。要はそれくらい、その名前の響きも含め、俺には実に興味深い存在と感じられたのだから。



「あっ」


 ――と、しかしその時だった。

 そんな物思いに耽りつつしばし室内さまよわせていた視線が、ふいにある注目すべきものを捉えていた。それはベッドに対し反対側の壁際、俺の背丈よりも高さのある箪笥、その左側。ちょうど部屋入口からは陰になっていた場所だ。位置としては箪笥の一番上とほぼ同じくらいで、そう、四角い枠の中楕円形に作られたそれは、きらり分かり易くも強い輝き放っており――。


「鏡だ」


 すなわち、そこに掛けられていたのはまさしく鏡、ちょうど自分の顔を確認するには最適な感じの。そして何より、この世界へ来てからは初めて見た。


(そうか、俺の顔――)


 必然的に、全神経はそこへと知らず注ぎ込まれてしまう。色々あってほとんど忘れていたが、考えてみれば俺はまだ自分の容姿まったく確認していなかったのだ。つまりは子供かグラスランナー、メイルたちにそう認識されたくらいで。ゆえにそういった情報から、少なくとも大人の顔など持っていないのだけはほぼ確実と思われたものの。


(よし、これなら)


 それゆえ俺はすっくとベッドから立ち上がると、躊躇なくその鏡の元へ近づいて行く。


(新しい、俺の顔、――いや姿が)


 さらにはたしてどこか怖いもの見たさもあり、ごくりと一つ唾飲みこむや、早速早まる胸の鼓動に押され勇んで覗きこもうとしたのである。

 同時にその瞬間、前の世界ではまったく好きでなかった自分の顔もパッと浮かび。

 そのために俺の人生もまったく冴えないものになったと、常にそんな全責任なすりつけてしまっていた。

 つまりは、以前は正直なところ鏡を見るのも嫌で嫌でたまらなかった。

 まさしく、我が暗い半生の、その紛れもなく重々しい象徴……。

 

「え? まさか」


 だが、そうして俄然湧きだした緊張感抱きつつ、しかと鏡面に目をやった、……次の瞬間。


「……これが、俺なのかよ?」


 ――余りに想像外なことに、俺はそこにふわふわの金髪、橙色のつぶらな瞳、小さな鼻と口、そしてまだあどけない丸顔かつふっくらした頬をした、まるで天使のような可愛らしい少年の顔を認めていたのだった。

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