7.白羊亭(1)
メイルの前言通り、白羊亭はメールジェアン南部、大きな橋のすぐ傍に位置していた。
しかもそのルビン橋というのが、入口二つと真ん中にやけにでかい塔門の立った、やたら目立つ一大建築物である。ゆえに店よりもその北側の塔を目指して行けばすぐ白羊亭にも辿り着くくらい、実に分かり易い立地状況にあるのであった。
「ただいまー」
そして件のメイルの実家、話に聞く白羊亭。そこは大路に面した、その名の通り白い外壁が昼間の陽光に映える、なかなかお洒落な造りの建物で――。
「お、メイルか」
「お帰り」
かくて少女先頭に店の扉を潜るや、すぐ温かく掛かってきた声があった。それは紛れもない、メイルのことを待っていた者の響きだった。
「ん? 何だ、お客さんか?」
「うん、レト君っていうの」
「あらまあ。でも子供さん、じゃなくて、グラスランナーの方みたいだね」
「そうね。さっき知り合ったばかりなの」
むろんそれはメイルも先ほど言った通り、彼女の両親なのだろう。とにかく二人揃って俺のこと見ても、訝しげな感もなく快く迎えてくれたのがありがたかった。
「いらっしゃい、レト君。しばらくゆっくりしていきなさい」
何より、二人の内の男性の方が実に穏やかにそう告げてきたのだから。
「それでね、父さん」
そしてそんな父に向って娘がすかさずやや頼みこむように言う。もちろんそれも、俺に関することであるのは言うまでもなかった。
「せっかくだから、レトにここの料理食べてほしいの。彼旅人みたいで。急になっちゃったけど、いいかな?」
「何だ、そういうことか。ならすぐ用意するよ、ただ今は簡単なものしか出せないが」
「いえ、そんな。それで結構です……」
もっとも当の俺の方はやたら急に話が進み、知らず恐縮してしまったものの。
グルルルル……
(あ、やべ!)
「あ」
「はは、こりゃどうも急がなきゃならんらしいな」
――ただ、その瞬間腹が控え目に鳴り響き、それで俺はようやく初めて自分が結構空腹だったことに気づいたのである。
◇
「さあ、たくさん召し上がれ」
そして店の奥へと通された俺はテーブルの一つをあてがわれ、やがて前言に違ってなかなか豪勢な食事を前にすることとなった。
そう、すなわちそこにあったのは焼肉の串とウサギのスープ、パン、チーズ、それに爽やかな香りのある水というもの。何せ異世界での初めての料理、ひょっとして得体の知れない品が出てくる可能性があるかもと危惧していた者にとっては、逆に驚きに価する、実に普通の美味そうな見た目なのだった。
「遠慮は必要ないからね」
むろんそんな客に対する女将さん――小柄で頭の後ろで団子形に結んだブルネットの髪、細い茶の瞳が特徴的な、ジェシカさんという人――の声は余りに温かいほど。それはまさしく娘の友達を大いに歓迎する態度に他ならなかった。
「はは、それにしても結構久しぶりの料理だ。腕が落ちてないか心配だよ」
加えてこの料理を作った、どうやら厨房担当もしていると思われるメイルの父、スコットさんが俺の隣のテーブルに座席を占めたまま緩やかに述べる。こちらは黒髪にやや白いもの混じった、青い目、大きな口、さらに顔の下半分が豊かな髭で覆われた人物だ。また妻に比べると、その体躯はかなりがっちりと力強い。
つまりは、いずれにしてもこのいかにも人の良さそうな二人はすぐに俺のこと、心から受け入れたらしく。
「後、メイルの友達なんだ。お代は結構だからね」
――その証拠にかくしてどこまでも気前よく、見ず知らずの子供みたいな奴に向かってそんな一言まで告げてきたのだった。
こうして和やかな空気供にしばらく料理へ舌鼓打ちながら、余裕の出てきた俺は失礼に当たらない程度、少し店の中見回してみる。
何せ元いた世界でも酒の出る店など数回しか行ったことのない俺だ、しかも新たな環境、はたしてこういった酒場がどういう作りしているのかそれなりに興味がある。それゆえまずはぐるりと、大体の景色、観察してみた。
(へえ、結構広いんだな)
――とりあえずそんな感想、心の中で零しつつも。
そう、店内にはまずもって俺のテーブル含め、計12台の円卓が置かれており。しかもそれぞれに六脚ずつ椅子も並べられ、それが全席埋まる状態考えると、満員の時には結構な賑わい見せるのは間違いない。現実世界でも、これだけのキャパならかなりの規模だろう。むろん今はまだ俺たち以外誰もいない真っ昼間、ここが本当に繁盛し出すのは、夕暮れ後くらいだと思われたが。
(それに、あれはステージかな?)
そして何と言っても興味を強く引いたのは、テーブル並んだ店の、さらに奥の方。丁度今いる位置からは、真正面にあるその床から幾段か高くなったスペースはなぜかやたら存在感放っていて――。
「お、あれが気になるか?」
するとスコットがそんな客人の様子に目敏く気づき、うんうんと大きく頷いた。それはまさにそのこと待っていましたとでも言わんばかりの素振りだった。
「うむ、あれこそは我が白羊亭の真の象徴、舞台だよ」
もちろん応えたその声音にも、いかにもな自慢がこもっている。要は、あれこそがこの白羊亭の目玉となる場所、そう言いたいのだと思われる。
「へえ、舞台。なるほど」
実際俺の方もそこ見て、言葉の通りすんなりと感心していたのだから。
「結構、大きいな……」
そう感嘆の声、思わず洩らさせたくらい。
すなわち視線の先、店奥にあったのは面積にして奥行き10、幅8メートル(ちなみにメートルはこの世界ではルークというらしい)はありそうな総板敷のステージであり、ある意味客の憩いの場よりも相当手間暇かけられた設備だったのである。しかも舞台袖らしきものが俺から見て左方向に備わっているらしく、これなら色々な出し物をスムーズに行うことができる。ということは同時に間違いなく、この店が歌やダンスなどにもかなり力を入れているという、その確かな証拠でもあるのだった。
「どうだ、立派だろう? 金も結構かかっているんだから」
と、そこでスコットが問うてきた。だがなぜか、その声にはふいにどことなく悲哀めいたものが含まれていた。
当然、気になった俺は酒場亭主の方をそっと振り返る。
「だが、しばらく使う予定もないんだが……」
しかもスコットの口からは続けてそんな弱気な言葉も洩れてきて。よって俺が目を白黒させながら訊ね返したのは、必然のことでしかなかった。
「え、こんなに立派なのに? もしかして休業しているんですか、ここ」
「休業、というより、開店休業、いわば閑古鳥ってやつだな。要は、今は客がほとんどいないんだ」
「閑古……鳥?」
もちろんその嘆きは俺をして尋常ならざる驚き覚えさせる。すなわちパッと見たところ、店内も明るいしそんな感じまるでしなかったのだ。それゆえ途端訳も分からぬまま相手からその詳細聞く形となり――。
「でも、なぜ――」
「……ここ半年、客を取られちゃったのよ。ライヴァルにごっそり」
そうしてスコットの話を引き継ぐようにその隣に座っていたメイルが静かに喋り出すと、たちまちにして楽しい食事の時間はやたら真剣味増したものへと化していったのである。




