エピローグ
「何だ、ゼノビアのやつ。……ま、いっか。じゃあ、俺もう戻るから」
こうして納得しかねるような、だが同時にどこか嬉しそうな複雑な表情示すと、ユリアーデは俺に一礼してさっと立ち去って行った。
「ああ……」
むろんその足でテントまで帰るのだろう。プロキオンメンバーはじめ、その関係者たちがずらり今も待っている、温かく明るい領域へと。
(そうだな、俺もそろそろ)
そしてその遠ざかって行く後ろ姿は俺をして途端辺りの暗さ、寒さへの違和感改めて覚えさせ、ようやくにしてここに長居し過ぎてしまったこと、思い起こさせたものの。
(優勝者の発表も――て、あれ?)
――しかし、その刹那だった。
「あ、ここにいた!」
そのテントの方から、代わりに一つの人影がこちらへ向かって急ぎ小走りに近づいてきたのだ。
「もう、急にいなくなるんだから」
しかも実に分かりやすく不満そうな表情、露わにして。
そうしてもちろん対する俺がその様相に途端、慌ててしまったのはいうまでもなく、
「あ、ごめん。でも何か用?」
次にはそんな完全に謝罪込みの言葉、返している。
「何か用じゃなくて。もう、本当に」
「え?」
「あなたがあそこにいないでどうするのよ?」
もっともやがて目の前まで来た栗色の髪した相手――メイルはその程度では全然機嫌直してくれなかったのだが。
「メンバーたちも、どこ行ったんだろうって困っているのよ」
何よりそのつぶらな瞳に、いかにも険のある色、映していたのを見れば。
「あ、そっか。まあ、ちょっと考え事していたんで」
「ふうん。でもこんな暗い中、よくそんなことできるわね?」
「ああ、割と落ち着くというか」
いずれにせよかくてそのまま、今度はメイルと街灯の下しばし語り合うこととなり、
「……ていうかやっぱりレトって、ちょっと変わっていると思う」
――戦友というか、もはや掛け替えのない同志そのものとなった賢しげな少女は、じっとその茶色の瞳でこちらの方見つめてきたのである。
「それで、気分はどう?」
そして一旦不機嫌な様子引っこめると、メイルはふとそう尋ねてきた。
「気分か。もちろんいいよ。……疲れたけど」
「今日は牢屋から会場まで来たんだものね。確かに忙しかったはず」
「でも、それでプロキオンの公演はしっかり見られたんだから。マジで幸運だった」
むろん対して俺は、うなずきつつ穏やかに応じる。確かに一週間牢獄に入れられていたのは事実、こうして今少女とゆっくり普通に話していること自体が、つまりは僥倖というやつだった。
「父さんたちも、もう完全に手放しで大喜びよ。これで白羊亭の客足も戻るって」
「うん、そうだな。ちょっと休んだら、お店で彼女たちに公演してもらうつもりだから」
「……でも何だか全部、レトの言う通りになったね」
かくて俺たちは月光の下冷たい夜気吸いこみつつ、久しぶりに二人きりでじっくり相対することとなったのだが。――しかしそこでふいにメイルが声音落としたので、俺は刹那不思議そうな表情浮かべたはずなのだった。
「え?」
おまけにすっとんきょうな、そんな声まで洩らして。
「父さんたちにはっきり言っていたじゃない。アマランスに負けないグループ、必ず作るって」
「ああ、そのことか」
「正直私、その話聞いた時は半信半疑だったけど、でも今、実際こうなったのを見ると」
一方、続けていかにも夢見心地にのたまうメイル。それはまさしく、儚い希望が叶った者にしか放てない重い一言に違いなかった。
「何だか、夢の中にいるみたい」
特に、ふとそんな一言耳にしたとすれば。そう、つまりはそれくらい今起こっているのは余りに非現実的な事象としか言いようがなく。俺たちの手掛けたグループが、いつしか数多のメールジェアン市民の熱狂、大いに誘ってしまっていたという、以前だったらとても考えられなかったような……。
そしてさらにここで優勝が決まりでもすれば、その人気ぶりにますます拍車がかかるのはほぼ確実だったのであり。
(王都で、ライブ……)
それゆえこちらとしても、そのこと思うと俄然緊張感が増していくというもの。……まあ、むろんまだそれが決定したわけではなかったが。いくらスコットたちが思いきり喜んでいたとはいえ。
(……そういえば、この世界へ来てから大分経ったな)
かくていずれにせよ一仕事終えた達成感からか、俺の頭がふとそんなこれからの輝かしい未来描くと同時に、これまでの長い道のり、人生の歩み――それはもちろん得るもの少なかった前世も含めて――のことも止め処なくぼんやり思い浮かべようとした、……しかし、その時だった。
「ねえレト。一つ、聞いてもいい?」
ふいにメイルが表情真剣なものとして、そう静かに問うてきたのである。
「え?」
「その、レトって、どこか帰る場所はあるの?」
「帰る、場所……」
それはどこまでも真摯な声音だった。つまりは途端俺をしてまっすぐ彼女の瞳、捉えさせたほどの。
……相変わらず青々した月光は冷ややかかつ透明で、それゆえ辺りは深海の底の如き観、示していた中。
「ほら、牢屋に捕まっていた時、私に言ったじゃない。自分のことは説明するのが難しいけど、時期が来たら必ず話すって」
何より、その光一身に浴びた少女の姿が、余りにも幻想的で。
「ああ、そのことか……」
ゆえに俺は知らず、一瞬見惚れてしまいながらそれに答えている。
「確かに、そうだな」
「別に全てを教えてくれる必要はないわ。そう、たとえば故郷とか、話せる範囲で」
「……うん」
むろんとはいえ彼女の思いは実に真剣そのもの、当然俺も適当に対応するわけにはいかず。
「でも、言ったところではたして信じてくれるどうか」
次には、逡巡しつつもついにこの時が来たかと意を決してそんな一言、発していた。
(メイルには、やっぱり話すしかないか)
すなわち、メイルに俺が異世界からの転移者だと打ち明ける時が。もちろん前世では、まるで違う人生送る人間だったと。――しかもある種、自分自身に嫌気めいたもの、日々感じていた。
そしてそれはまさしく、強い決意がなければとても言えないことに違いなく。
「だけど、君には言うよ。つまり俺は――」
そうしていよいよ秘された事実、相手へ向かって告げようとその口が開き、
「ここじゃない、どこか遠くの……」
後少しで、そう後一言でメイルが俺とその真実分かち合うことになるかと思われた、だが、まさにその瞬間。
「――あ、見て、花火!」
「え?」
パラパラパラ……
背後、遠くの方から突然何とも物悲しい音がして。
しかもそれはたちまち、相対する少女の気を完全に引いてしまったのだった。
◇
――それは青白緑黄赤、実に色とりどりの打ち上げ花火で。
「ほら、綺麗ねえ!」
「う、うん」
かくて当然のごとく、俺にもそっちを見ろと無邪気にパッと指で北の空差すメイル。
「精霊祭終了の合図よ。いつも豪華なの!」
「そ、そうだね……」
はたしてむろんつられて振り向いたこちらも、そう同意せざるを得なかったのは言うまでもなく。
この世界に来てから初めて見た、豪勢な光のショーをじっと眺めつつ。
まさしく地上と天を、美しくつないでいるような。
(……まあ、この話はまだいいか)
そしてその眩い光景見るうちに、いつしか俺の気持ちも心変わりし始めていて。
むろん傍らの少女ももうその話題、忘れているようだったことがあり。
……何よりともに花火愉しむその横顔が、信じられないくらい綺麗だったのだから。
(メイル……)
刹那、ボウっとそんな心の呟き、思わず零させたくらいに。
前世で命失い、遥か飛ばされてきたこの見知らぬ世界。
そこで初めて出会った、メールジェアンの少女。
彼女はいつでも俺の一番の理解者、協力者で。
どんな時も、全力で支えてくれた。
一緒に悩み、苦しみながら。
しかし俺よりもよほど、くよくよせず。
(君は、本当に――)
そしてそのためだろう、俺は去来するそうした思い出の中、再び心中でそんな彼女への深い気持ち、そっと告げようとしていて……。
「え? レト、どうしたの?」
「わ!」
――ゆえに何かに気づいたか突如としてメイルがその瞳こちらに向けてくるや、慌てた余り何とも間の抜けた驚き声、街灯の淡い光の下一人発していたのだった。
この作品はこれで終わりです。最後まで読んでくれた方、本当にありがとうございました。そしてまた別の作品でお会いできるのを楽しみにしています。




