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69.大団円(3)

(ふう、それにしてもみんな大変な歓迎ぶりだったな)


 そうして数瞬後には、俺の姿は一人テントの外、特設会場の裏手にあり。

 そこは六月とはいえ夜風涼しい、暗闇の中――。

 もちろん人の姿がない中、そうやってしばしの間落ち着こうかなと考えついていたのだった。


(まあ、でもとにかく喜んでくれて良かった)


 そんなこと、広場の一画ぶらぶらしつつぼんやり思いながらも。

 そう、それはまさしくプロキオンのメンバーたちの類まれなる頑張りが引き起こした、実に大きな結果に違いなく。誰一人として、弱音吐かず最後まで力の限りを出し尽くした。

 ……むろんまこと、精霊祭の終わりを飾るにふさわしい。


(本当、完璧な出来栄えだったな)


 そしてそれゆえだろう、俺はそうして広場をしばし静かに、加えて溢れんばかりの満足感に浸りながらゆっくり、どこ行くあてもなく歩いていて――。



 雲一つない空には、真ん丸くて大きな月と、降るような星々の輝き。

 その遥か下、辺りの空気は涼やかで澄み切り、そしてどこまでも森閑と静か。

 それはまるで、俺の熱くなった気持ちを優しく冷ましてくれているが如くで。

 すなわちこんな所で完全燃焼するには、とてもじゃないがまだ早過ぎる、と。



(うん、あれなら俺の理想とするグループに)


 ……そうしてその身はどこか夢見がちに、だがいまだ賑わい見せるテントからはさほど離れ過ぎることなくずっと動いていたのだが。


(そう、ほんの後少しで……ん?)


 しかし、かくて物思いに耽りつつ広場に立てられた街灯の内の一つにいつしか知らず近づいていた、――その時だった。


(あれは?)


 俺の目はそのぼんやりとした橙色の光の下に、向き合って立つ二つの人影をふと捉えていた。


(ユリアーデと、後もう一人は……)


 つまりそれは、そのスッとしたシルエットだけでもすぐそれと分かるエルフ、中でも一方は見間違えようもない、実によく見知った存在に相違なく、


「!」

「あ、レトさん?」


 ――そしてさらに次の瞬間、こちらの視線に気づいたのかハッとしたその片方が急に振り向くと、実はその銀髪美しいエルフもそれなりに知己であったことに、俺は遅ればせながら気づくことできたのである。


                  ◇


 ユリアーデとともにテントの外にいたエルフ――ゼノビアは、俺がそこにいることに気づくなり驚きの表情示した。その姿は既にアマランスの時の衣装ではなく、平常用のものだ。つまり彼女はもう、これから帰宅する寸前だったようで――。


「あら、あなたは」

「あ、ども」


 途端そんな意外そうな声発している。むろん対する俺に、何とも間の抜けた反応返させつつ。


「レトさん、ね? この前お会いした」

「ああ、ご無沙汰しています」

「え、レトさん、ゼノビアと知り合いなの?」


 そしてそんなやり取りは当然ユリアーデにとって予想外だったはずで、彼女は彼女でたちまち素っ頓狂な声、出さざるを得なかったのである。


「いや、この前ちょっと街中で会ってね」

「へえ、そうなんだ」

「……でも、こんな所でお話しかい?」


 とはいえ夜闇の中二人だけで会話――それが不思議な絵だったのは俺も全く同じこと。それゆえなるべく普通の体装いながら、次にはこちら側からそれとなく問い掛けていたのは当然のことだった。


「へ? あ、まあ……」

「ふふ、この子の久しぶりの晴れ姿に、ちょっと感想述べていただけ。後ディックが凄く悔しがっていたって。変なことしていたわけじゃないわ」

「も、もちろんそんなこと少しも――」


 対してすかさず銀髪のエルフは、俺のことからかうように応じてきたものの。


「本当かしら?」


 何よりその口元に、悪戯げな笑み零して。可愛らしさと妖しさの、完全に同居したような。


「ま、まあそれはいいとして。でも、だったらテントの中で」

「あら、私はあなたたちの歴としたライヴァルよ。笑顔で祝福なんて、出来るわけないじゃない」

「う、確かに」

「それに」


 しかもゼノビアはさらに声音落とし、瞳の色も一層強くする。そう、それはまさしく重要なことをこれから述べる前兆、というやつ以外の何物でもなく、


「え?」

「私、ユリアーデのお母様から言伝頼まれたから、それを静かな所でちゃんと話したくて」


 ――はたして途端ドギマギしてしまったグラスランナーへ、次の瞬間確かにそんな一言、告げてきたのである。



「お母様……」


 それは何とも意表を突くワードだった。そう、俺はユリアーデの父親が高名な魔術師で、しかも彼は今遠く離れた所で暮らしているということは知っていたものの。


「ユリアーデの」


 ――しかし二ヶ月以上の付き合いの中、彼女の口から母の話題が出ることは一度もなかったのである。


「……」


 しかもゼノビアからそう言われた彼女の様子は、途端何ともバツが悪くなった、そんな感じで。……当然、俺の方もそれに気づきどうにも妙な感じとなってしまい。

 それゆえ刹那とはいえ、訝しげというか奇妙な間が空いてしまったのだが。


「ふふ、そんなに硬くならなくても。別に触れてはいけないことじゃないんだから」


 だが、そのためだろう。ゼノビアは次にはそう声色元へ戻して、不思議と穏やかにのたまっていたのだった。


「ただ、ユリアーデって普段お母様と顔合わさないから、私がその間の伝書鳩になったっていうだけ」

「へ、へえ……」

「それにメッセージの方も――」

「あなたにしてはよく頑張ったってさ。偉そうに」


 そして続けて事情を詳しく説明しようとした、――しかしその途端ユリアーデがふいに横から口を出してくる。何よりそれはまさしく、嫌々そのメッセージ内容を思い出している、そんなぶっきらぼうな口ぶりそのもの。そのためそれ耳にしたゼノビアがたちまちやれやれといった表情現わしたのは、至極当然のことなのだった。


「あら、でも久しぶりに褒めてくれたんだから。ネフェルタリとの一件以来じゃない? そこは素直に喜ばないと」

「フン、何だよ、普段は俺に対して、完全に無関心なくせに」

「だからこそ、よ。決してあなたのこと、忘れているわけじゃないって分かったんだから」


 ――むろんだからといって、相手の頑なな態度は何ら変わることなかったとはいえ。


 

「ネフェルタリ……」


 と、そこでふいに耳にした、そのいかにも気になる言葉。そう、それは確か、ユリアーデとエドラが大喧嘩した時に出てきた名前のはずで。


「それって、有名なダンサーなんだっけ?」


 たまらず、俺はそんな疑問口にしている。もちろんこの機会に、今までどこかもやもやしていた気分が晴れればと瞬間閃いたからなのは言うまでもなかった。


「あら、そうよ。今じゃ都で知らぬ者はいないなんて言われている」

「その人と、君たちは一体――」

「昔同じダンス教室に通っていたんだよ。王立学院を目指して」


 そのため俺のそんな問いかけにユリアーデたちが意外そうな顔してきても、構わず矢継ぎ早に質問は続いていって。


「王立学院――へえ、まさにエリートなんだね。でもその子が何でユリアーデの母親と」


 むろん、そこには立ち入った話を聞くことに関する後ろめたさが少なからずあったものの。


「え? それは……」

「あ、いや、でも話したくなければいいよ。ちょっと気になっただけだから」

「待って、折角の機会だから話しちゃえば? レトさん、演出家なんだし。あなたのこと、もっと良く知ってもらうためにも」


 しかし当然の如く口ごもってしまった友人に代わり銀髪のエルフが応じてくれると、俺はようやくにしてそのこと、少しながら知る機会を得たのだった。



「まあでも話はそんな複雑じゃないわ。要はその子が入って来たことで、ユリアーデが学院へ行けなくなったってだけなんだから」


 ……もっとも、そうして話をしてくれたのは、結局はほとんどゼノビアの方だったのだが。


「なるほど。つまりネフェルタリは君たちのライヴァル……」

「そう、中でもそれまで先生の覚えめでたく、エリート候補扱いだったユリアーデにとっては。何せ突然現れたそのエルフは、レッスン初日からいきなり先生の大のお気に入りとなり、たちまち羨望の的とまでなったのだから。まあ、彼女自身凄いセンスの持ち主だったことは事実だけど」

「そして、結局その新入りの方が王都へ行くことに」

「ええ、あれよあれよと他の生徒たち追い抜いて、12歳の時にね」


 むろん対して俺は、初めて聞く話に驚くばかり。すなわちそれくらい、ユリアーデの過去には消し難い傷が刻まれていたわけであり。特にそれが一見常に元気に見える彼女だったとすれば、受けた動揺もなおさら深く。


「――そうか。そしてそれが、ユリアーデとお母さんの関係にも」


 そのため次なる声がやけに重々しくなってしまったのも、状況考えれば致し方なかったといえよう。

 そう、さすがにここまで来ると、俺にも何となく読めてきたものがあって。


「そうよ。哀しい話だけど、ユリアーデが王都へ行けないこと決まると途端お母様は大きく失望。そしてそれ以来、この子に冷たく当たるようになったらしくて」

「でも、それはいくら何でも……」

「――母さんは若い頃、かなり名の売れたダンサーだったんだ」


 そうして対するゼノビアの予想通りの答えにどこか慰めにも似た声上げた、――しかし、その時だった。


「それこそ国王の前で舞を披露したくらいの」


 ユリアーデが突然、そんな言葉ポツリと放ったのだ。


「昔はよくその時の話、聞かされたもんだよ」


 ――しかも分かりやすくもその面持ちに諦めにも似た色、はっきり浮かべつつ。


「ユリアーデ……」

「だから、もちろんその娘にも自分と同じ才能があると思っていたんだろ? 王都で十分活躍できる。でも、結局そいつの腕前は中途半端で、あっさり新参者に抜かれた程度のものだった。教師だって、すぐネフェルタリのことばかり構うようになったんだから。――要はそんな奴、自分の子供でも軽蔑したくなったはずで」

「そんなはずは」

「きっとそうさ。俺に対する態度見てりゃ、すぐ分かるよ。だからいくら、今回褒めてきたって――」

「でも」


 かくてエルフ少女の愚痴とも嘆きともつかぬ言葉は途端洪水の如く溢れ出て、俺はたちまち圧倒されたようになってしまったのだが、


「あなたの話している時のナターシャお母様、何だか嬉しそうだったわ」

「え?」


 しかし、その時ふいに発されたゼノビアの一言が、彼女をして刹那、ポカンとした表情浮かばせたのである。

 

「嬉しそう?」

「うん。間違いなく」

「でも、そんなはずは」


 はたして次の瞬間には、ユリアーデの様相はどこかしら変化を見せていて。

 そう、それはまさに思ってもみなかったこと、突然言われた時の顔に違いなく……。



「ふふ、驚いた? 良かった。――さて、これでとりあえずもう言うべきことはみんな言ったから、私帰るわ」


 そしてそんな友達の様相認めるなり、満足したのかアマランスのエースはふとそんなこと述べ、次いでもう振り返ることもなく、静かにその場から去ろうと踵を返したのだった。


「……そんな、はずは」


 友たるユリアーデの再びのそんないかにも呆然とした呟き、後に残して。

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