66.晴れ舞台(2)
沸き返る歓声。
立ちこめる熱気。
そして明らかに一斉に溢れ出ようとしている、皆の抱くただならぬ期待感――。
そうして俺は様々な困難試練が襲いかかってきた末、ようやくにして<そこ>、運命の場所に立つこと叶っていた。すなわちそれは精霊祭の、しかもそのクライマックスたる夜の部を輝かしく飾り立てる、最高の特設舞台。むろんそこでは既に次々と、そうアマランスに代表されるように色とりどりのグループが歌舞を華麗に演じていたはずで。
「間に合った……」
何より、プロキオンが今まさにこれまでの特訓の最大最高の成果、皆へついに発揮する時が来たのだから。
背後と左右、三方を高い木の壁で囲われた、そして裏では腕利きの楽士たちが控えている、1ルークほど高くなった広々とした四角いステージの上で。しかも加えてその前方には、1000人分はあるという客席がまさしくズラリと威迫的に並んでおり……。
(頑張れよ――)
まさにその中の一つ、それも最前列のど真ん中に座った俺は、必然のごとくついにその舞台に立った五人の少女たちの姿しかと目にして、知らず祈るような気持ち抱かざるを得なかったのである。
「わあ、みんな本当に綺麗……」
……もちろんすぐ隣から零されたメイルの感嘆で満ちた呟きも、同時に耳にしつつ。
そう、そして確かに今日のプロキオンの姿は、取り分け可憐で美しいとしか表現しようがない。黄、赤、白、緑、青。五人五色に彩られた、その妙なる衣装の余りの素晴らしさは。すなわち向かって右から順に、ユリアーデ(青)、ホーリー(黄)、キルデア(白)、アリーシャ(赤)、リップル(緑)という立ち位置。むろん言うまでもなく、それらは皆裏町での公演見た富豪が善意から寄付してくれた、実に艶やかな衣装であり。
「衣装もちゃんと間に合ったんだ」
「うん。昨日の夕方届いたの」
たちまちそれ見た俺は、思わず感慨深げに声を洩らしている。
「後は、練習通り、裏町での公演の通りできるかだな」
「うん。これが間違いなく正真正銘の本番だから。いつもの力を出さないと。……ふふ、でも見て。みんなレトが突然現れて、驚いているよ」
「ま、まあ、さすがに今さっき釈放されたばかりだから」
そうして俺たちは改めて観客となって少女たちのこと見つめたのだが、しかしなるほどメイルの言葉通り、対するメンバーは皆例外なく驚愕の表情というやつだった。
「レト!」
「と、ちょっと、リップル!」
「今はダメ!」
中でもリップルなどは、その感情昂ったあまりかステージから突然駆け下りかけて、慌ててキルデアとアリーシャに押さえつけられた始末で。
「もう、本番寸前なのに!」
「マジで危ない所だった……」
その突発的事態見かけたこっちはこっち側で我知らず、一時に胸の鼓動早くなってしまったものの、
「本当、ここは真面目にやらないとダメ――」
しかしそうして俺が、どうにか落ち着き取り戻しそんな教訓めいた一言吐こうとした、――その時だった。
「では皆さん、お待たせしました。本日精霊祭最後の演者、プロキオンの歌舞がいよいよ始まります!」
舞台袖。そこに突如一人の司会役らしき女性がスッと立つと、彼女は客席側をぐるりと見渡し、次いで天使のお告げのごとくそう声を張り上げていたのである。
「わ、始まった!」
――途端、傍らのメイルにこれ以上ないくらい激しい反応、示させて。
◇
こうしてとうとう幕を開いた、プロキオンの運命掛かった公演。もちろんそれが今までとは比べ物にならない程巨大なスケールなのはわざわざ言うまでもなく。間違いなくステージから見える光景が全くの別物だったような。
だが、それでも時は決して待ってくれない。はたしてすぐさま本番がやって来たのは紛れもない事実だったのだから。そう、かくてまずは客たちの気持ち掴もうと、自信漲る一曲目が始まったのであり……。
夜空に輝く五色の星
それは闇深き世界の中
決してその鮮やかな光失うことなく
ただひたすら迷える旅人たちを
希望の園へ導き続ける……
その曲名は『五つ星』。ボーガンが作詞した中でも、俺が一番好きなやつだ。すなわちそこにはまさにプロキオンと見事重なるイメージが、実に芳醇に漂っていて。
五つは一つで、一つは五つで
そして赤い星は温もり
誰にでも優しい心を
そして何よりも、その中にある一人ずつのソロパートが特に俺の大のお気に入りだったのだから。
緑の星は友情
決して相手見捨てない気持ちを
白い星は正しさ
誰にも曲げられない自らの心を
青い星は勇敢さ
何を相手にしても臆せぬ思いを
そう、つまりはその詞自体が、まさに唄う当人を完璧に示しているようにしか思えず、
黄色の星は素直さ
人の助けにいつも感謝する念を
そうして五星ただ清らかなままに、全ての想い現し出す……
――例えば、その五番目のソロ歌詞が他でもないホーリーに当てられていたように。
(しかし偶然にしちゃ、凄いな)
むろんでは件の作詞家ボーガンがプロキオンのこと良く知っていたかと言うと、当然そんなことあるはずもない。そもそも彼はイムルに伝わるメロディだけを聞いて、仕事に取り掛かったのである。まあ、これが少女たちのグループ用になるとは事前に伝えておいたとはいえ。多分、それぞれの名前すら全く知ることなく。
(ちょっとした奇蹟か)
それゆえその歌聴いた俺は、感動とともにたちまちにしてそんな呟き、心の中で零し。
「うん、素敵。みんな完璧……」
もちろんそれに全き同期示すように、メイルも陶然と呟き洩らしている。
すなわち今まさに、少女たちの歌声とダンスは完全極まる調和というやつ、現わしていて。
砂漠にも
氷原にも
大海原にも
常に星の光は
分け隔てなく降り注ぎ
……何より静かなソロパートが終わり、次いでいよいよ全員で歌いながら舞い踊るフェーズへ入ったのを見れば。
『体幹をしっかり意識して、力み過ぎないように!』
『重心を安定させて!』
『基本のステップを繰り返し、とにかく体と頭に叩きこむんだ!』
『それができれば、後は応用も楽にできるから』
かくてまるで独立した生命のように動く、それぞれの腕、脚、腰。
体重の預け方も、実にしなやか。
それはまさしく、エドラが口酸っぱく繰り返していた指示の通りの動きで。
同時に歌の方も、
『顎を引き過ぎず、上げ過ぎないように』
『肩の力を抜いて、特に高い音を出す時は』
『姿勢は常に正しく、背筋も伸ばして』
『声帯で音を作り、身体で響かせるの』
はっきりと、また同時に心地良く聞こえ。
一つ一つの歌詞に、しっかりと心が籠められた。
当然ながらユージンの的確な指導、そのままの出来栄え。
――と、はたして両者が完璧なまでに組み合わさり、見る者の目、いつしか抗いようもなくたちまち奪ってしまっていたのであるから。この日のために積み重ねてきた厳しい練習の成果、満員の観衆たちへ向かっていざ堂々と披露せんと。それはむろん、どこまでもきらきらと鮮やかに、眩しく。心からの感動、しかと覚えさせたくらい。
「うわ、凄いな」
「みんな綺麗ねえ」
「前に酒場で見た時とは見違えるようだ」
「……本当、実に素晴らしい」
何よりそうしておのずと周囲から沸き起こった、感嘆、脱帽、愉楽、様々な悦ばしき感情の入り混じった、大いなる歓声の中。むろん我が身さえもが、つられて知らず踊りたくなるような。――それはまさしくただ崇拝に似た思いだけ覚える、あのアマランスの演舞とは余りにも対照的で。
「うん、いいぞ!」
……そしてそのためだろう、かくて『五つ星』が何一つミスもなく流れるように見事に演じられていき、やがて万雷の拍手が次第次第と鳴り止まなくなってきた頃には、俺は、いやそれは周囲の客たちも同様だったが、自然と座席から立ち上がりその詞とメロディに思うがまま身を任せ、
「――そうだ、ここは君たちのステージだ!」
ついには感激と興奮の余りの大きさから、そんな感極まった声まで、一息に放っていたのである――。




