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63.最後の試練(2)

 こうしてその日は結局牢獄に入れられたまま、徒にただ過ごすこととなった。要は俺が件の盗賊団のメンバーだというのは、捜査当局にとって完全に確定的なのだろう、何の弁解の機会も与えられることなく。そう、そして後は歴とした裁判が始まるまで、何もできず待ち続けるだけで。


(くそ、何もこんな時に……)


 しかも今は精霊祭を前にした、実に重要な時期というやつである。つまりはエントリーももう済ませ、まずもってプロキオンを励まし叱咤しなくてはいけない時であり、正直こんな所で手をこまねいている場合などではあるはずがない。


(ていうか、もう夜になったのか)


 よって俺は心の底から湧き上がる焦慮にまさに身が焦がされる思いだったものの。

 時はすでに遅く、空気肌寒い夜を迎えていた中。


(でも容疑が晴れない以上、出られないんだろうな)


 ――そんな絶望、牢屋の隅で一人寂しく感じながら。

 すなわち侘しいだけの食事も先ほどあっさりと終わり、後はもう寝るしかここではやることもないと思われ。もちろん状況からして恐らく、ほとんど安眠などできなかったはずではあるが。

 だがいずれにしても相当疲れているのは動かしがたい事実。そうして俺は仕方なしと室内の壁にその背中預け、とりあえず休めるようにそっと目だけは閉じてみる……。


(まったく、折角上手くいき始めたのに)


 同時にそんなどうしようもない嘆きの声も、心の中で呟きつつ。要はそれくらい我が身に降りかかった不幸が、あまりに悲惨としか思われなかったゆえ。


(はあ、もう駄目なのか)


 はたしてその結果おのずと大きく膨れだしていたのは、やはり途轍もなく暗澹とした気持ち、そのものとしかいえず。つまりは実に絶望的な……。



(……陽平さん、いえ、レトさん)


 と、しかしそうやって結局どんどん深く重い負のサイクルへ入って行くしかないと思われた、――まさしくその刹那だった。


「え?」


 突然俺の耳に、いや心の中に何者かの声が聞こえてきたのだ。それも最初、久しぶりに耳にした元いた世界の名前で呼びかけられながら。


「だ、誰?」


 それゆえ俺が、途端慌ててその目見開いてしまったのは必然のこと――。


(良かった、まだ元気ですね。安心しました)


 だが相手の方は、どこからか知らないが構わず続けて喋りかけてくる。しかも俺の状態知っているということは、ここが確認できる場所にいるのはまず間違いない。従って俺はハッと前方、鉄格子の向こう急ぎ見つめてみたのだが。


「あれ?」


 ……しかし案に相違して、そこには人っ子一人いなかった。そう、もうあの二人いた獄卒たちの姿も何もなく。


(これ、夢か……?)


 よって必然的にそんな怪しげな思考さえ働き始めた、しかしその時、


(レトさん、私は上です。そう、ここの窓の方……)


 粘り強くもその何者かの声は、そう言って俺の視線を確かに導いてきたのだった。


                  ◇


「猫……?」


 そこは天井近くに開いた、この牢屋の窓。もちろんとても人が通り抜けられぬ小ささで、しかもご丁寧に鉄格子まで嵌まった。


(はい。話しかけたのは私です)


 すなわちその外側に、一匹の小柄な白猫が顔をひょっこり覗かせていたのである。


(お久しぶりです)


 しかも明らかに俺に対して、実に丁寧な口ぶりで話し掛けてきて。


「え、お久しぶり……? でも、君は」


 とはいえそう言われても、俺にはその猫は今初めて会ったものとしか思えない。むろん動物を操れるという力がある以上、街にいる猫とはそれなりにほとんど面識があったが、そんな中でもそいつに関してはまったく記憶がなかったのだ。


(勘違いじゃないか? 俺は君とは会ったことが)


 それゆえ俺はどうにも、今度は相手が動物であること思い出し心の中で胡乱げにそう応じざるを得なかったのだが。


(ふふ、そうですよね。この格好でレトさんに会うのは初めてだから。そう、あの時みたいに犬の姿でいれば)

(え、犬?)

(そう、でもあれはまだレトさんの名前が陽平さんだった時のことで)


 ――しかし次に猫の放ったその言葉が、途端俺をしてある記憶、鮮烈に呼び覚ますこととなったのだった。


(じゃ、じゃあ君は、まさか――)

(はい。命を助けて頂いた、あの時の犬、そして門番たるお爺ちゃんの孫娘です)


 そう、それはまさしく俺がこの世界に来るきっかけとなった、あの老人の孫に違いなく。猛烈なスピードで襲い来る赤い車から、この身を挺して救ったはずの……。


(そんな君が、何でここに)


 それゆえ次の瞬間には、かえって知らずそんな疑問が呆けたような口ぶりで出ている。


(レトさんが心配になって、少し偵察に来たんです。だって私のせいでここへ来ることになったのだから。でもそうしたら、牢屋に捕まることになったって知り)

(ああ、色々あって)

(さっき警吏たちの話を盗み聞きして、大体の事情は察しました。本当、災難でしたね)

(うん。特にこんな時に)


 そうして始まった、猫と囚人の奇妙な心の会話。それは傍から見ればまったく無音の、実に不思議な光景としか言いようがないはずだった。特に下にいるグラスランナーが熱心に耳を傾けていたのを見れば。


(確かにレトさん、今はとても立て込んでいるはず。だからもちろん早く牢から出た方がいいですよね?)

(ああ、そうだけど……って何、君魔法の力か何かでここから出してくれるの?)


 何より猫のその一言に、その小さな種族はたちまち期待感に満ちた視線、送ってしまったものの。


(いえ、残念ですがそれは私にはできません。この世界へ干渉し過ぎることとなってしまうので)


 ……だがすぐさま、それは空気の抜けた風船のように儚くしぼんでしまう。まあ、相手は言っても所詮猫、そこまでの期待はし過ぎだったのかもしれないが。


(でも、私にも一つ協力できることはあります)


 しかし彼女の放った次の言葉が、再び俺をしてハッと気持ち強く改めさせていたのである。


(協力……)

(そのレトさんに似たグラスランナー、必ず見つけ出してみせます。どうやらこの街に潜伏しているのは確実みたいだから。――ええ、もちろん、街の全ての猫たちに手伝ってもらって)

(君が、かい)

(はい。もちろん大事な精霊祭が始まるまでに。だからレトさん、気持ちを強くして、諦めずに待っていてくださいね!)


 そう、そして最後に孫娘の実に勇気づけられる声音、しかとこの耳にしながら。

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