6.メールジェアンの街
「へえ、レトっていうんだ、君」
だが意外というか幸いというか、メイルはそれをちゃんと俺の名として受け入れたようだった。実の所、それは俺の家で遠い昔飼っていた犬から取った名前だ。つまりはなかなか立派なゴールデンレトリバー、俺にもよく懐いていた、あのレト、からそのまま。むろんほとんど適当に出てきた名前でもあったが、我がリストの中では数少ない西洋っぽいネームだったので。
「でも、ここの人じゃないよね、多分?」
するとメイルがきらきらした瞳のまま物問う。どうやらなかなか好奇心旺盛な女の子のようである。
「うん、そうだけど。……何で分かったんだ?」
「だって、この辺じゃ見たことないし、服装も何だか見慣れないから」
「あ、そうなんだ」
もちろん俺としても事実その通りだったので、それに対して否定などするはずもない。また、さらにいえばそっちの方がかえって好都合と、珍しくパッと閃くものすらあったのだった。
「それで実は俺、マジで遠くから来たばかりで、この街、いや国のことも、ほとんどよく分かっていないんだ。だから良かったら、君から色々教えてほしいんだけど……」
「あら、そうなの! ふうん、旅人なのね。憧れるなあ、そういう人。――分かった、じゃあとりあえず私の店に来て。そこで知りたいこと、聞かせてあげるから」
何より対する優しそうなメイルが、きっとそう気持ちよく返事してくれるというかなり強い確信があった以上。
「でもここメールジェアンのことを知らないなんて、君、もしかしてかなり田舎の出身?」
「え?」
「そう、たとえば山の中のイムル村とか」
――もっとも彼女がすぐさまそう誤解したのは、やや予想外だったとはいえ。
「いや、そういうわけじゃ……」
まあ、確かに途轍もなく遠い所から来たのは、紛れもない事実なのだが。
「まあいいか。じゃあもう準備はいい?」
「え?」
「さあ、行こう!」
いずれにせよ、どうやらいまだ太陽頭上にある昼前辺りという、穏やかな時刻の中。
……時を置かずそうこうして、俺はこの街で初めて出会った人間である少女メイルに連れられ、彼女言うところの自宅たる店、ようやく街の中のちゃんとした場所『白羊亭』目指し出立することと相成ったのである。
◇
広々とした、そしてよく舗装された大通り。そしてその道を両側から挟むのは、まさに赤や白、黄色、色とりどりの壁で覆われた、美しさ極まる建物たちの家並み。またそうした建屋の壁の上の方には、これまた麗しくもかぐわしい花の綱が一様に美麗かつ長々と渡されていて――。
「凄い、何て綺麗な街なんだ……」
それゆえ俺は裏通り抜け出てその大路に入った途端、そんな田舎者丸出しの感想知らず零していたのだった。
「ふふ、レトって本当にお上りさんだったみたいね? まあ、確かにここは素敵だけど」
「映画とかでしか見たことないよ、こんな街並み」
「映画?」
しかもついでにこの世界では通用するはずもない言葉まで発してしまい、
「あ、何でもない! 俺の国のことさ」
慌ててそうごまかしている。
ちなみに俺は今、明らかに日本語ではない言語喋っている。それもほとんど意識せず、流れるように。それはもちろんメイルの話しているのと同じで、要するにこの世界で流通している言葉なのだろう。今さら気づいても遅いが、そう、どうやら転移時外見とともに言語も勝手に変化していたらしく。まさにこの世界にすぐ適応できるように。――とにかく苦手な語学教室に通わなくて済むのは、何よりの幸いだった。
「君の店までは、近いの?」
そうして俺は急ぎ話を替えるように質問した。実際、通りの見た目に圧倒されつつも、それは実に気になることだった。
「うん、このレスター大路をずっと進んだ、ルビン橋の傍辺りだから。後10分ってところかな」
「酒場だっけ?」
「そう、まあ、そんな大きい店じゃないけど……あ、そうだ!」
もちろんメイルはすらすら答えたが、しかし対して俺がさらに問いを重ねると、ややその表情が暗くなる。これにはあれ、ひょっとしてまずいこと言ったかな、と一瞬思うも、だが次の刹那には彼女は元の快活さ取り戻している。とりあえず、俺の言はそれほどの問題発言ってわけでもなかったようだ。
「父さんたちに頼んで、ご飯作ってもらおう。もちろんレトも遠慮なく食べて行ってね!」
何より、そんなこと実に嬉しげに告げてきたのだから。
かくして人波決して絶えぬレスター通りを進むこと、しばしの間。
何といっても俺の眼を、興味を引いてやまないのは、そんな通りを行き交うおびただしい人の群れである。そう、そこにはメイルと同じ人種の人々を代表に、さらに姿の大きく異なる者たちも大勢見かけられて。それは俺並みに小さな、でも髭もじゃで確実に大人と思える人だったり、角や尻尾持つなど明らかに獣の様相持った人だったり。すなわちまさしく千差万別、種々雑多とはこのことを言うのかと思えるくらいの――。
「この街は、いつもこんな感じなのか?」
ゆえに俺はポカンとした表情のまま、隣歩くメイルに再び問いかけざるを得なかった。
「あら、そうよ。メールジェアンは大きな街道沿いにある街だから、エンダード王国でも五本の指に入るくらい栄えているの。この賑わいは、特に珍しいことじゃないわ」
もちろん少女の答えは対照的にやたらあっさりしている。そもそもここは彼女の紛れもないホームグラウンドなのだ、それも当然だろう。従ってその足取りはともすれば立ち止まりそうな俺を引っ張るように決して緩まることなく。
「あ、ほら、橋が見えてきた。『白羊亭』ももうすぐ近くよ、レト!」
そうしてふいに声を溌剌と上げるや、俺に向かってにっこり微笑みかけてきたのだった。




