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62.最後の試練(1)

 ――それは余りに突然のことだった。


「レトという男はいるか?」


 既に何回かのライブをこなし、精霊祭までついに後丁度一週間というその日、真昼間。

 白羊亭の食堂に、制服姿の見慣れぬ三人の男が現れたのだ。


「え? あ、はい」


 もちろん唐突に名を呼ばれた俺は、知らず間抜けな声で応じている。日曜日でライブもなく、本番に向けて英気を養うには最高の時。それゆえまさしく不意を突かれたとしか言いようがなく。


「あの、何か……?」


 当然、その物問う声にも当惑の色が思いきり濃くなっている。


「お前がレトか。よし、今すぐ我々と同行してもらおう」

「同行……どこへ?」

「警吏の事務所だ。そこで色々聞きたいことがある」


 だが、一方の男たち――襟の高い、青い制服着た明らかに市の職員と思われる者たちはそう断言して、後は一切の反論認めようとしない雰囲気。何よりその表情が、実に鉄面皮というか険しく固いものとなっていて。


「さあ、来てもらおう」

「え? いや、でも」

「拒否は許さんぞ!」


 しかも俺がなおも惑いの風崩さないのを見ると、ついにはそう声を荒げる始末なのだった。


「……!」


 当然、辺りの空気を刹那異様にピリついたものへとさせつつ。


「ちょ、ちょっとあんたら。これは一体どういうことだ?」

「そうよ、レトが何をしたっていうの?」


 そしてむろんそれ見たファレル家の面々は、すかさず男たち――要は市の警吏ということなのだろう――に必死になって問い質してくれたものの、


「うるさい、これは市の安全を保つために必要な処置なんだ! 邪魔をすることは許さんぞ!」


 しかし必然というべきか、見るからに職務熱心な連中はまるで聞く耳持とうともせず。いや、むしろその態度はさらに強硬さを増したとすら言うべきで。


「さあ来い! モタモタするな!」

「わ!」

「あ、レト!」

「レト!」


 はたして次の瞬間、哀れ俺はたちまちにして何の抵抗する術もなく警吏事務所へと引っ立てられるべく、即座かつ乱暴に椅子から立ち上がらされていたのだった。


「レト、待って!」

「早く来るんだ!」

「あ、分かったからそんな引っ張るなって!」


 ――途端、それまで平穏平和だった白羊亭店内を非日常的な喧騒で、あっという間に覆い尽くしながら。

 

                  ◇


 石床と石壁、石の天井で覆われた、何とも殺風景で狭い部屋。加えて目の前に厳然と立ちはだかるのは、知らず自らの気力削いでいくような、あのまごうかたなき頑丈な鉄格子……。


「マジか……」


 かくて俺は数十分後、生まれて初めて、つまり前世も含めて間違いなく初めて、牢屋の中へとぶち込まれていた。


「何だ、文句でもあるのか?」


 しかも、いかにも人相の悪い三人の男たちを前にして。


「だが悪いのはお前だ。言い逃れなどできんぞ」


 ちなみにそのうちの二人は、恐らくこの牢獄の獄卒というやつだろう、どんな囚人にも対応できるように、かなり良いガタイをしている。俺を見る目つきにも狂暴さが丸出しだ。その手の中にある、物騒な警棒をわざわざ確認するまでもなく。


「お前があの悪名高き盗賊団、『赤の旅人』の一員なのは分かっているんだ」


 そしてそんな二人のマッチョに挟まれてさも偉そうに立っているのは、分かりやすく上役顔した男。口髭が妙にお洒落な、前世の俺と同じ中年くらいと思える年齢である。それも獄卒とは明らかに異なる、実に上等な青い制服纏った。


「だから、そんなはずは……」

「通報があったんだ。白羊亭にいかにも怪しい、素姓の知れぬグラスランナーが居候しているとな、それも二ヶ月くらい前から」

「でも、それだけで逮捕されても」


 そうしてメールジェアン市の北の果て、いかにも堅牢な構えを持った警吏事務所の中で、さっきから延々と俺は同じことを聴かれ続けていて。どうにも居丈高なその態度に、辟易と怯えを覚えつつ。


「だが、盗賊団が国軍の襲撃を受けて壊滅、メンバーが散り散りになったのは、その二ヶ月前のこと。つまりはお前が丁度酒場に現れた。これは完全に怪しいとしか言いようがあるまい」

「そんな、偶然だよ!」


 むろんそうした相手の止まぬ攻勢に、たまらず声を大きくしていたものの、


「では、お前は自分の素性を明らかにできるのか?」


 ――しかし途端相手が返したその鋭い言葉が、俺をして刹那重たく黙らせてしまう。


「う、それは……」

「どうした、答えられんのか?」


 つまりそれに対する上手い答え、こっちには決して用意できないこと重々承知していた上は。その二ヶ月前に、前の世界からここへと転移してきた以上。


(素姓って言われても……)


 そう、ゆえにどうあがいても、相手を納得させるような解答など持ち合わせているはずもない……。


「ふん、自分のことを何も言えん奴がまずまともなはずはあるまい」

「いや、でも……」

「言い訳など聞くか! さあ、だからさっさと吐け、そしてお前らが奪った財宝の隠し場所、洗いざらい白状しろ!」


 それも男の追及はさらに勢い増す始末。さらに話を聞くにどうやら国軍はその盗賊団壊滅させつつも、財宝のありかに関してはいまだ突き止めていないらしく。すなわち向こうの最大唯一の目的は、そっちだったということか。――むろんではだからといって、俺がその場所知っているはずもなかったのだが。


(そんなの、知るかよ……)


 そしてその色々な意味で厳し過ぎる問いに対しいかにも悩める様見たがゆえだろう、真ん中の制服姿がいよいよ止め刺さんと俺にぐっと迫ってこようとした、


「そうすれば多少は楽に――」


 ――だが、まさにその中年の声が異様に大きく迫力いや増した、その時だった。


「隊長、よろしいですか?」

「! 何だ?」


 突然、その男を背後から呼び止める声があり、


「そのグラスランナーに、面会希望者が来ています」

「面会、だと?」

「はい!」


 ようやく地獄の如き詰問の時間は、一旦とはいえ休止することとなったのである。

 

                  ◇


「レト、大丈夫?」

「ああ、何とか」

「本当、ひどいことするわねえ」


 はたして面会に駆けつけて来てくれたのは、もちろんメイルだった。取るものも取りあえず急ぎ来たのだろう、その息を大いに荒くしながら。


「全然こっちの言うこと聞いてくれないんだもの。しかも父さんと母さんも一緒に来たのに、面会できるのは一人だけだって」


 むろんとはいえここ面会室においては、間に透明な衝立があって俺たちは触れ合うこと決して叶わない。よって今は耳と目で互いの無事確認するしか術がなく。


「……でも良かった、そんなに乱暴なことされてなくて」


 そんな中メイルは俺の姿まじまじと見つめ、ようやくにしてほっと一息吐くこと出来たのである。


「ごめん、心配かけて」

「レトが謝る必要ないわ! 悪いのは勘違いしているあいつらなんだから」

「でも俺も、何でこんなことになったんだかさっぱりで……」


 しかしそんな安堵の時も結局ほんの束の間、俺たちはすかさず話し合い、つまりは状況の整理に入ることとなる。要はそれくらい、特に俺は現状訳が分からな過ぎて大混乱状態だったのだから。


「うん、私にもまだ分からないことは多いけど、とりあえず聞いてきたことを話すね」


 そしてそうした俺にとっては、まさに今はメイルだけが頼みの綱。それゆえ彼女が表情硬くしてそう話し出すと、途端こちらもぐっと前へ身を乗り出していたのだった。


「まず第一に、警吏の連中は間違いなくレトのことを盗賊団『赤い旅人』の一員だと思っている。これは確かよ」

「ああ、あいつもそう言っていた。この街にやって来た時期的にも、それは間違いないって」

「白羊亭に来た時ね。つまり私が裏町であなたに初めて会った」


 そう、門番の老人の力(?)により、一瞬にしてメールジェアンへ飛ばされた、あの時。俺は初めてこの目の前の少女と、オークに追われているという何とも無粋な状況だったものの初めて出会うこととなり。


「――それで、話がややこしくなるのは実はここからなんだけど。つまりその同じ二ヶ月前、丁度エンダード国軍が『赤い旅人』のアジトを攻め、壊滅させてしまったの」


 そうして俺は一瞬その時の光景さえ思い出しかけたのだが、しかしメイルの次なる声はそれを許すことがなかった。


「! そうだ、それも言っていた」

「そう。とにかくそれで盗賊団はいっぺんに消滅、メンバーもほとんどが逮捕されて。……でも中には何とか逃げおおせた奴らも少ないながらいたらしいわ」

「なるほど。そしてその一人がメールジェアンに潜伏していると警吏たちは睨んでいる」

「うん。特に数日前からそういう噂が流れていたらしくて。その一味らしいグラスランナー、見かけたっていう」


 特にその声音が、嫌に深刻なもの増していったとすれば。


「それって、まさか俺のこと……?」

「違うと思う。だってレトってもう町じゃ結構な有名人だから。今さら見かけたも何も」

「そう、だよな。じゃあやっぱり――」


 もっともその言葉は俺をして怪訝な思いにさせるに充分で、次には恐らく眉をひそめたような顔も現わしていたはず。すなわち、何だか狐につままれたとは、まさにこんな状況を言うようで。


「俺に似た誰かが、この街に」


 はたしておのずと呟かれたその声に、はっきり惑乱の響き含ませながら。一体どうすれば良いのかと。


「多分。だからそいつを探し出すことできれば、あなたの無実も。……後、レト」


 そうしてどこか呆然としたような気持ちとすらなったのだが、しかしその時だった。違うことを考え出したのかメイルがふいに、その表情と声音を違うものにさせている。それもこっちの瞳、真正面からじっと見つめて。ゆえに俺が一瞬でそれに気づいたのは当然のことだった。


「え、何?」

「その、私まだあなたに関する詳しいこと、聞いていなくて。つまり生まれ故郷とか、家族とか。……あ、でも気を悪くしないでね、別に疑っているわけじゃ」

「あ、ああ、そうだね」


 そして続けて物問うてきたのだが、それは実に今の状況に関わってくることで。


「俺の、ことか」


 刹那、ついに来たかとこちらも強く身構えさせたような。


「うん。何だかレトって、急にふわっと私たちの前に現れた気がするから……」

「確かに、まだ何も説明していないな」


 しかし、だからといってじゃあ今実際何を言えばいいのかは、いまだ皆目分かりようがなかったものの。


「……ただ、これはちょっと話すのが難しいことで」


 そう、いくらメイルが俺と親しく、かつ100%信頼できる人だとはいっても、突然自分が二ヶ月前異なる世界からやって来た、そんな唐突な話にわかに信じるとは思えず。それもこの緊急事態において。


「今は、だからちょっと待ってくれ、というしか。ごめん」

「……レト」


 それゆえ俺はつかの間の沈黙が流れた後、相手の瞳真摯に見返すと、


「そう、その時期が来たら、必ず話すから」


 ――最後に静かに、だが強い意志のもとそんな一言、少女へ告げていたのだった。

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