59.イグナシオ修道会(2)
「はい、この服ですね。ちょっとお待ちください!」
「えっと、待って、確かこの手袋も……」
「リップル、もっと急げって!」
かくてそれから早くも十数分の後には、ついに修道士たちに混じって俺たちの仕事は始まることとなっていた。
つまりはまずリップルとユリアーデが物品提供、キルデアとメイルが炊き出し、そしてホーリーとアリーシャが治療というように、それぞれ行くテントを決めて。ちなみに俺自身はいわゆる遊撃部隊、三つのテントを回って特に忙しそうな所があれば手伝いに駆けつける、そんな存在だ。まあとはいってもこっちだって完全な素人同然、手助けといったところでどれだけ役に立つかは分からなかったが……。
「ユリアーデ、そんなに焦らなくても大丈夫だから。まずは落ち着いて」
とにもかくにも仕事は仕事、今さら引き下がることもできず、今はやれることをどんどんやるしかない。特にぱっと見客足が衰えることは当面なさそうなので、微塵たりと手を抜く暇もなく。
「それで、これを袋に入れて――」
「リップル、だから遅いって!」
「はは、だからゆっくりでもいいから」
それゆえ俺はまず先に猫娘とエルフのコンビが働くテントへ助っ人参戦するべく、幾つかの机にものが溢れるほど置かれたそこで忙しなく動いていた。
「ああもう、袋入れは俺がやるよ!」
「ていうかユリアーデ、さっきからうるさい!」
もっともその肝心の二人のコンビネーションは、なかなか合うことがなかったものの。
「――この靴貰っていいかしら?」
「え? あ、はいどうぞ! ただサイズが合うかは……」
「大丈夫、多分入るわ」
何よりそんな中でも、次々にお客さんが休みなく殺到していた中。
それは種族に関係なく、本当に雑多としか言いようがない凄い人群れで。この街にはこんなにバラエティーに富んだ人々が住んでいたのかと、改めて真剣に驚いたほど。
ちなみにここにあるものは全て例外なくメールジェアン市民からの寄付による品。つまりは人々の好意で修道院が再利用するべく、無料で仕入れた代物の数々に他ならず……。
「あ、こんないいものも扱っているんだ」
「本当だ。結構良いバックじゃないか」
それゆえ二人も時おり、その品の中目敏く掘り出し物を見つけている。まあ、ではだからといってそれが彼女たちのものとなるわけではなかったが。
修道士たちにわざわざ言われるまでもなく。
「畜生、これならレッスンでエドラにしごかれていた方が、遥かに楽だったぜ!」
――いずれにせよこうして色々ありながらも開始から30分も経った頃には、不平言いつつそんなユリアーデたちは何とか、そしてようやく仕事に慣れというものを見せ始め、
「うん。でもちょっと楽しいかも」
「え?」
「何かちゃんと働いているって感じするし」
特にリップルなどは、ありがたいことにそんな頼もしい言葉まで、汗滴った顔のまま一人のたまっていたのだった。
◇
「あ、レト、来てくれたんだ!」
次には俺は、三つ並んだうちの真ん中のテントへ姿を見せていた。
「今丁度忙しい所だったんだ」
つまりそこは炊き出しの場所、要は修道士たちが作った野菜のスープと料理、パンを提供する。それゆえその中は人だかりを縫って香辛料などの香ばしい匂いがずっと至る所に立ちこめていて。
「キルデアもずっと頑張っていたんだから」
「あ、レトさん」
メイル及びキルデア――すなわち料理上手な二人はセバトに白エプロン纏って、さっきから盛り付けメインに懸命に働いていたのだった。
「へえ、こりゃ美味そうだ」
「でしょ? 修道士の皆さん、料理上手なのね」
「それに手際も凄く良いです。すぐ次の料理も準備出来て」
「なるほど」
そう、ゆえに勇んで駆けつけてはみたものの、修道士の中でも決して劣ることのない二人の見事な働きぶり見れば俺には大してやれるようなことなどありそうもなく、
「よし、ここは君たちに任せた」
「え、もう行っちゃうの?」
「もちろんまた来るよ。医療用テントにも行かないといけないから」
――その様子確認すると問題なしと、次の瞬間には早くも、その身を外へ出させていたのである。
「もう、ちょっとは手伝ってよ!」
「大丈夫大丈夫、二人なら!」
むろんメイルのそんな非難の声にも、あっさりと返事送り返して。
◇
そして最後に寄ったのは……。
「包帯、取って!」
「は、はい!」
「そこの女の子、早く消毒用の酒を!」
「分かりました!」
はたしてそんな実に切実な掛け声がひっきりなしに飛び交う、治療用のテントだった。
(うわ、こりゃ凄いな……)
むろん俺はそこの入口潜った途端、その慌ただしさに知らず呆然としている。もちろんここに来るのは治療するのが修道士だけあってさほど深刻でない怪我人が中心で、命に関わる重傷者はまずいないことあらかじめ知っていたが(そういった人は有料の病院を頼る)、それにしても余りに忙しそうで面食らってしまったのだ。
そう、特にそんな中修道士とともに一所懸命働くホーリーとアリーシャは、実に大変そうで……。
「あ、レトさん!」
と、しかしそうした状況でも遠くから俺のこと見かけたホーリーが満面の笑み零し手を振ってくれると、こちらとしてもより中の方へ入らざるを得ない。従って次には患者たちの群れ慎重にかわしながら、その身はテントの奥、机とベッドの並べられた辺りへと急ぎ向かっていたのだった。
「やあ……なんか大変そうだね」
「ああ、でも大分慣れてきました」
「うん。修道士の方たちも、親切に教えて下さったし」
そして俺がやや遠慮がちにありきたりな労いの言葉掛けると、二人ともにっこり、だがその手は決して止めず応じてくる。まさしく白衣の天使のごとき眩しいスマイルだ。すなわちそれ見る限りどうやら両者とも、こういった医療の仕事には実に上手く適応できるタイプのようだったらしい。それこそまさしく元いた世界における、看護師適任者を彷彿とさせるように。
「なら、大丈夫かな?」
「あ、お手伝いですか? そうですね……」
「今はいいかな? ――あ、でも!」
それゆえ俺はとにかく邪魔にならないよう、挨拶もそこそこ早々にここから退散しようとしたのだが、
「あの火傷した人、歩くのが大変そうだから、レトさん手伝ってあげてください!」
「え?」
「あの大きな身体した、トロルの方です!」
しかしその途端アリーシャが突然大きな声上げたので、ビクッとしながらも知らずその指の差す方、振り向かざるを得ない。
「あ、ああ、あの人……」
そう、そしてそこには確かに身長2ルークは優に超える巨漢の妖精が足を引きずり、歩くのにかなり難渋していて、
しかも、両隣で支えている修道士たちも今や実に苦しげな様相――
「分かった、すぐ行くよ!」
むろんそんな光景見たらさすがにぼうっとここで突っ立っているわけにもいかず、そうして俺は慌ててそちらの方、駆け寄って行ったのだった。
◇
「ああ、疲れた!」
かくてほとんど働きづめで午前は終わり、会の活動も終わると俺たちはようやくひと時の休憩時間迎えることできていた。何しろこのイグナシオ会の活動手伝うという仕事の、その大事な最初の日だ。よって既に皆疲労困憊状態なのはわざわざ論を待つまでもない。
「お腹空いた!」
「そうね、今はリップルと同じ気持ち」
「マジでこき使われたぜ……」
そう、何よりそれは炊き出し用のテント内で様々なこと零しつつ席に着いているプロキオンメンバーを少しでも見れば、実に明らかというやつであり。
「はは、みんなご苦労さん。よく頑張ったね」
それゆえ俺としても今はとにかく心からの労う言葉、そんな彼女たちへ掛けていたのである。
「まあ、でもこれでお手伝いは終わりだから」
「でも、レトさん」
「? 何だい、キルデア」
「これから、私たち公演もするんですよね」
――だが、結局はこの穏やかな時間も所詮束の間の安息に過ぎない。すなわち途端キルデアがどこか真剣な眼差しでこちらへ向かって、しっかりとそう問いかけてきたように。
「これから――あ、そうか!」
「やべえ、忘れていた!」
そしてその鋭い一言はたちまちにして完全にそのこと忘却していたらしいリップルとユリアーデにも分かりやすく驚愕もたらし、
「そうだね、すぐ準備しないと」
「うん。でも、お客さん来るかな?」
――はたしてこちらはちゃんと覚えていたアリーシャとホーリー含め、一仕事終えたプロキオンには一気にただならぬ緊張感、再び漂い出すこととなったのだった。
「大丈夫、客は必ず集まるから」
むろん俺はそんなメンバー見渡して、勇気づけるように一言掛けている。確かにこっちとしても一抹の不安がないわけではなかったが、しかしそれなりに勝算というやつはあったのだ。
「本当……ですか?」
「ああ、修道士の皆さんが宣伝してくれているから」
つまり親切にもイグナシオ会の人たちは、活動の終わった後プロキオンの公演が行われること、来場者へ前もって伝えておくと約束してくれたのだ。
「無料で見ていいってことも」
しかもそれが修道会の活動同様、無償で行われるとの説明つきで。
「そ、そうか、なら」
「うん。観客に関しては、そんなに心配ない」
「じゃあ後は、私たちの……」
そう、それゆえ次に大きな問題となるのは、やはり肝心のプロキオン自体のパフォーマンス、そのものに他ならず……。
「だから早くストレッチや着替えなど、準備をしよう。お昼が終わったら、早速久々の公演が始まるから!」
そのためそれ示すように今は人払いして俺たちだけのテントの中、一人プロデューサーたるグラスランナーの声が大きく響き渡ると、メンバーの顔つきがぐっと真剣味増したのは言うまでもなかったのである。




