58.イグナシオ修道会(1)
ハモンド地区の中、その三つのテントが張られた広場は朝から活気で満ちていた。すなわちいつしかどこかよりやって来た大勢の人々で、辺りは非常な賑わい見せていたのだ。
「皆さん、そんなに慌てないで。まだ充分余裕はありますよ!」
そう、対して大きく上げられた男の声を聞けば一目瞭然だったように、それはまさしくある目的持ってやって来た人の群れそのもの――それもいまだ少し肌寒い、五月の朝の空気の中。
「はいはい、お食事の方はこちら、そして治療の方はこちらです!」
「物品提供もありますよ!」
そしてそんな群衆整理しようと広場の中を慌ただしく行き来しているのは、灰色ローブ纏った幾人かの人影。彼らは皆首から清らかなるアンクのシンボル下げ、その身なりからまさに聖職に属する者たち以外の何物でもない。
何より、その動きが明らかにはきはきと、やらされている感がまるでなかったこともあり。
「だから皆さん、ちゃんと並んでくださいね!」
とにかく騒がしい人群れの中、それに負けないようにそうした声が幾つもさっきから忙しなく飛び交い続けている――。
「何か、凄い……」
「ここでイグナシオ会はいつも活動しているのね」
「うん、週五日、テントを張って――」
「本当によろしいんですか?」
と、そんな光景メイル及びプロキオンのメンバーたちとテントの傍から突っ立ちしばしぼんやり眺めていると、背後から掛かってくる声があった。
「!」
当然ハッとした俺が慌てて振り返ると、そこには他と同じ灰ローブ姿の、どことなく気遣わしげな表情した男性が立っている。目元涼やかな、まだ2、30代と思われる青年だ。何よりそれはここでは俺と一番顔見知りの存在、ゆえにこちらがすかさず応じていたのは必然のことだった。
「シュナさん、何言っているんですか。そのために俺たち来たんですから」
「しかし結構大変ですよ」
「もちろんそれは理解しています。でも、それが約束である以上、ご心配なく」
むろん対する相手はやはり恐縮した風崩すことなく答え返してきたのだが、俺としてはそれを全く構うことはない。はたして次にはむしろやたら胸を張って、相手の青い瞳真正面から見つめ言い放っていたのである。
「とにかく俺とメイルも含め、今日から皆さんの活動、お手伝いさせてもらいます!」
わけても特にその声音、強いものにして。
◇
――イグナシオ修道会。
それは俺も最近のプロキオン再デビュー計画立案の過程で知った、主に都市部で活動を行ういわゆる托鉢修道会というやつの一つで。すなわちそのモットーは清貧勤労、とにかく余計な富は一切持たず、ただひたすら神のために祈り、働き続けるという。そしてそんな彼らにとって日々最も重視する聖なる仕事、それこそが他でもない、都市下層地域における貧者救済なのだった。
「その際における、いわばメインとなる活動は炊き出し、医療行為、物品提供の三つとなります」
つまり修道士シュナが事前に説明してくれたように、民衆相手に食事を用意したり、怪我などの治療、衣服など様々な物品の提供を行なったりする。
「もちろん料金は頂きません」
しかも当然ながら、それらは皆例外なく正真正銘無償の行為に他ならず――。
「何か、大変そう……」
もちろんそれ聞いたアリーシャがどこか不安そうに呟いたのも、さも当然だったというべきだろうか。つまりはそんな経験、間違いなく一度もしたことあるはずもなく。
「大丈夫。最初は大変かもしれないけど、でも慣れてしまえば」
――だが、これはまさにプロキオンが再び輝き取り戻すためには、決して避けて通れない道。すなわちこのイグナシオ会を手伝うというのが、俺の編み出した客の前で公演するための秘策、とっておきの計画なのであり。
「だからみんなも頑張ってくれ」
それゆえメンバーに向けて放ったその言葉にも、今までにない決意というものが間違いなく、しかとこめられていたのだった。
「でも、レトも凄いこと考えるわね。まさか修道士の皆さん手伝う代わりに、公演するスペース貸してもらおうとするなんて」
「ああ、ここなら、人は沢山集まるからな。その中の何人かに対してでも、プロキオンの良さが伝わってくれれば」
「みんなの練習にもなるしね」
そう、何よりいみじくもメイルが語ったように午前中の仕事が終われば、プロキオンがライブしても良いと修道会から色よい返事、貰ったからには。
つまりは無料ではあるものの、しかしこれは確実に名前を広められる絶好の機会で。
「ではシュナさん、よろしくお願いします!」
――そうして俺はいまだ一人心配げな顔している修道士、話を持ち掛けた時窓口となってくれた青年へ向かって、次には気合十分なそんな声音、思いきり掛けていたのである。




