間章 ⑤
それはあれから一年くらい経った頃のことだった。
つまりネフェルタリがダンス教室へやって来てから。
「凄いわ、ネフェリ。あなた本当に素質があるわね!」
――広々とした教室には、いつしか教師のそんな賞賛の声――ただし常にただ一人へ向けられたもの――が、休みなく響き渡るようになっていた。しかもネフェリ、と、既にして親しみやすく愛称によって、である。むろん成績トップだったユリアーデはじめ、他の生徒には決してそんなことなかったというのに。
「ああ、今すぐにでも王都の学院へ紹介したいくらい!」
何より、その実に気になる一言、飽きるくらい何度も繰り返して。
「……ありがとうございます」
――ただしこちらは常日頃から不愛想なネフェルタリ、対する反応はいつも芳しいもののはずなかったが。
そう、一年前、突如として教室に現れた霧の谷出身、緑髪が目立つエルフはしかし決して他の生徒と打ち解けようとはせず、
『よろしくな、私ユリアーデ!』
『……そう』
『で、君は』
『先生がさっきおっしゃったはずよ、私の名前』
『え?』
はたして初めての邂逅の日、ユリアーデが折角親しみやすくそう自分から声を掛けても、相手の返しはまさににべもないの典型、というやつだったのだ。
『……じゃあ』
いや、それどころか話もそこそこ、先輩エルフをはっきり避けるように結局ちゃんとした挨拶もなくたちまち向こうの方へ歩み去ってしまい。
(な、何だ、あいつ……?)
その時ユリアーデが途端隠しようのない反感覚えたのも、さも当然だったのだから――。
◇
「す、凄い……」
「何あの技術?」
「あれじゃ、とても勝てないよ……」
だが、何よりも皆は今や、ネフェルタリのそのダンスの超絶スキルに圧倒させられるばかりとなっていた。
「どうやったら、あんなに……」
つまりは生徒全員、毎日もはや例外なく呆然とするしかないくらい、その細っこく小さな身体が表現する動きは躍動的かつ芸術的で。
「――本当上手いわね、あの娘」
いつもは何に対しても冷ややかさ崩さないゼノビアですら、知らずそう感嘆したように零していたのである。
「……」
そしてそれはもちろん、教室一の才能を誇ると謳われていたユリアーデにしてもまったく同様のこと。何よりあれほど自分に目を掛けていた女教師がいつしか、すなわちネフェルタリの実力が明らかになった頃くらいから、ほとんど見向きもしなくなった(と彼女には思われた)こともあり――。
(何であいつばっかり――)
それゆえその心中を覗いてみれば、たちまちにしてその奥底に複雑極まりない嫉妬の炎が燃え出していたこと、まず間違いなく。特にユリアーデにとっては、王都へ行けるかどうかが決まる選考、今まさに近づいていた以上。
王都ロンキュウムにある、王立芸術学院。そこでダンスを学ぶ資格があるか、教師によって選ばれるという。いわば若くして生粋のエリート、もしくはただの市井のダンサー、将来そのどちらになるかを残酷に決定される、文字通り運命の分かれ道……。
(でも、私だって!)
だが、それは負けん気の強い彼女にとって幼い頃から抱いていた大きな、とても大きな夢への入口。それこそ、どんな邪魔が入ろうと何が何でも達成したいと願うような。
すなわち王都で舞い踊るというその夢以外には、自分にとって望むものなどほとんど見つけること叶わない。
どこまでも遠くて、何よりそれ思うといつも胸の中、熱く焦がせてしまう。
ひたすら、じりじりと。
まるで、恋焦がれるように。
(よし、ずっと休んでいても仕方ない。やるぞ!)
……そしてそのためだろう、生徒たちの荒い息遣いの中、ユリアーデはやがて再び自分も厳しいダンスレッスンへ戻るべく、一つ気合入れて心の声を出すや、
(絶対、上手くなってやる!)
そう、はたして同時に自らの心の中のそんな焦慮と嫉妬、かつ特にネフェルタリのこと無理矢理にでも意識しないように固く、どこまでも固く蓋をしていったのだった――。




