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55.詩人ボーガン

「レト、何しているの?」


 ……それはイムルで歌を採録してきた日から、三日後のこと。

 おなじみ白羊亭一階にて。朝。


「え?」

「何か、さっきからずっと本を読んでいるから」

「ああ、これはボーガンの詩集さ」


 そう、メイルがついに気になって尋ねてきたように、椅子に腰かけつつ俺は早くも次なる行動へ移ろうとしていたのだった。


「え、ボーガンの? 何でそんなもの……」


 むろん相手はこちらのそんな答え聞いた途端、驚きの顔示してきたものの。


「はは、別に好きで読んでいるんじゃない。ただ、これからの仕事の参考になればと思って」

「仕事って、プロキオンの?」

「ああ、つまり新曲の、作詞家を誰にするかという」


 だが俺は構わず話を進めていく。何より、既に自分の中に明らかなビジョンが浮かび上がっていたのだ。それも今すぐ、動き出したいという。


「まさか、それが……」

「もちろん。ボーガンその人さ。リップルに頼んで詩集を買って来てもらったんだけど、そう、これが意外となかなか良い出来で」


 それゆえ勘の良いメイルが即座にことを理解してくれるや、俺としても大いにうなずいたのは必然のこと。


「だから、彼にできれば作詞を頼もうかと」


 ――さらにはそんな一言まで、付け加えて。


「で、でも、引き受けてくれるかしら? あの人が……」

「それは分からないけど、今はとにかくボーガンしか当てはまらないんだ、作詞の役目に適任そうなのは。だから今日、これから屋敷へ行って」

「またあそこへ? でも大丈夫なの?」


 もっとも少女は対して不安な顔隠せない。それはいかにも事態が案じられるといった様相だ。確かについ先日、エドラの助けにより何とかなったとはいえ、あそこはまさしく悪の巣窟、普通は絶対に自ら足を向けるなどすべきでない場所だろう。何より、ひょっとしたら以前の事件で俺が目の敵にされている可能性が少なからずあったとすれば。


「……」


 そのためだろう、確かにそうかもしれないとそこには俺自身一瞬考える間があったのだが。


「絶対に心配ないから。いざとなったらエドラさんに助けをまた求めるし。とにかく、これはプロキオンのために必ずやらなきゃいけないことなんだ」


 ……しかしそれでも強がり半分ながらそう、メイル安心させる、そして自分を勇気づけるように力強くのたまっていたのだった。


「イムルで記録してきた曲に、詞をつけるのね」

「ああ、許可も得たし。とにかく丁度いい、ちゃんとした詞を」


 相手の瞳を真正面から、しかと見返して。


「後少しで、新曲は完成できるんだから」


 そして何よりも、心の内から湧き上がるやる気、とても抑えられなかった以上。

 そう、つまりはそれくらい、プロキオンのプロデュース活動はいよいよエンジンがかかってきたのが確実だったのだから。


                  ◇


 黒檀の異様に高価そうな机。背もたれの高い豪華極まる椅子。部屋の両サイドには分厚い本の入った背の高い本棚と、壺やら動物の置物やらいかにも骨董品らしき物体幾つも置かれた横長の棚。そして床に敷かれているのは、ふかふかで足触りの極めて良い、まごうかたなき超一級品絨毯――。


 かくてメイルとの会話の後、その日の午後には、俺は件の裏町のボスの部屋へ通されることと相成っていた。


『何だまたお前か。何の用だ?』


 もちろん門に着くなりまたもやオークの集団に絡まれはしたが、


『その、ボーガンさんにちょっと詩に関する用事があって。……いらっしゃいます?』


 俺がそう低姿勢で問いかけると、前回とは打って変わってすんなり中へと通されたのだ。


『失礼のないようにな』

『はい。もちろん』


 そう、どうやら連中にそうさせざるを得なかったくらい、あのエドラの名前は実に強烈だったらしく――。



「今度は一体何の用だ?」


 そうして当然の如く、今や目の前にするのは、再び相まみえることとなった顔役ボーガン。大きな窓を背にした、相変わらず貴族のような青いダブレット姿だ。加えて太い指にはさも見せつけるように、赤いきらきらした石の指輪がはめられている。本物のルビーだろうか。いかにも金のある者らしく。


「もう借金の話は済んだはずだぞ」


 ……そんな彼は、そして凶悪な顔を気持ち訝しげにして、俺へと尋ねてきたのだった。


「あ、いえ、もちろん用事はそれではありません。俺がここへ来た理由はただ一つ、そう、門番の人にも言ったようにボーガンさんの詩に関して、でして」

「詩――か。ふん、それで、その内容は?」

「その、畏れ多いとは思いますが、実際作品をいくつか作って頂けないか、という……」


 むろん対する俺としても、ここまで来た以上決して怯むわけにはいかない。よって次なる言葉により一層の慎重さ、力が籠められていたのは当然のことだったのである。


「作品? 詩を、か?」


 必然的に、相手へそんなさらに怪訝そうな反応、返させて。


「はい。もちろんできれば、の話ですが」

「ならばお前、どこか出版社とつながりでもあるのか?」

「出版社ですか? いえ、ありませんが……」

「――何だと? ではただの自費出版ということか?」


 だが、そうして続けて話を進めようとしたその途端、早くも突然妖しくなる雲行き。どうやら出版社というのが彼にとってかなり大きなキーワードだったようだ。


「俺の作品を、つまりそんな簡単な方法で世に出す、と?」


 しかも気づけば、その額に分かりやすく青筋が一本ほど、立っていて。


「あ、いえ、それは勘違いというか、まだ詳細は話していないので――」


 もちろんそれ見た俺が慌ててなだめようとしたのは、わざわざ言うまでもなく。


「勘違い? だったら早く用件とやらを言わんか」

「すいません! そう、実はボーガンさんにお願いしたいのは……」


 そう、特にその声音を、何とか震えてしまわないように必死に努めながら――。



「曲に詞をつけてほしい、だと?」


 そして次の瞬間、室内にはボーガンの空気震わせる胴間声が所狭しと響き渡っていた。


「だが一体、どんな曲だ?」

「それはこれからお聞かせします。そう、この記録人形で」

「しかし何でそんなことを」


 しかも俺が続けて袋から猿型人形を取り出すと、さらにその表情は一層訝しげなものと化して。


「……白羊亭で活動するグループの、新曲にするためです」

「! 何だ、まだやるつもりなのか? お前も懲りない奴だな」


 加えて詳細のこと告げるや、もはやその声は呆れたようなものとなる。


「あれほどの失敗をしたというのに」


 ……だが、とはいえ俺としてはそう言われても、ここは決して引き下がるわけにいかなかった。すなわち、その懲りない当の仕事において、今はボーガンの助力が是非とも必要となっているのだ。何より、曲の方は既に用意ができている以上。


「はい、まだ諦めたわけじゃありませんから。それにこれが成功すれば、ボーガンさんへの借金返済にも必ず目途が付くはずです。店にもたくさん人が呼べて。だからここはどうにか、ご協力の方を……」


 それゆえ俺はさらに声に真摯さを増して、何とか相手説き伏せようとしたのだが。


「つまりお前が俺にやらせようとしているのは、ガキどものグループ用の、歌詞――」


 しかし案に相違してというべきか、途端ボーガンは顔を伏せ表情曇らせてしまう。はたしてその言葉からするに、やはり少女たち相手の仕事というのが相当ネックになっている模様である。つまり、名高きやくざ者のボスがやることでは、決してないという……。


(まずい、全然やる気にならないぞ……)


 従ってその様は俺をして当然大きく焦り覚えさせるに充分で、


「あ、でも――」


 それでも何とか劣勢挽回しようと、何か声を掛けようととりあえず口だけは開いてみたのだが。



「ちなみに、だが」


 ――しかし、その時だった。

 ボーガンの視線が、ふいに俺の瞳を真正面からまともに捉えた。それはあまりに突然のことで、俺が瞬間ビクッとしてしまったのは実に当然のことだった。


「は、はい」


 必然的に、返す声も慌てたものとなり。


「お前の作ったグループ、プロキオンか? ――今回はそれで、白羊亭を満員にする自信はあるのか?」

「自信ですか? はい、もちろんボーガンさんのご協力があれば、必ず」

「ふむ、そうか。では店に余裕で50人以上は入るとして、例えばそこで、つまり公演の時俺の詩集を売ることはできるか?」


 だが次いで放たれたオークの言葉は、まこと驚くべきものなのだった。そう、それは余りに意表を突き過ぎてきたもので。


「し、詩集ですか? まあ、できると思いますが……」


 はたしてどこまでもあやふやに答えるしかない俺。まさかプロキオンの新曲の話題の時に、そんな話が出るとは思っても見なかったのだから。しかもかなりグイグイと。


「ほう、そうか。なるほど、できるのか」


 もっともボーガンの方は、その返事を真に受け完全に了解と取ったらしかったものの。


「なら、俺からも提案させてもらうが」


 ――そして何よりも、突然その身をぐっと前へ乗り出してきたのを見れば。


「ガキどもが人気を博し客が集まり次第、そこで詩集を売れ。何、在庫は屋敷にたんまりある、いくらでも持っていけ」

「え、では――」

「ああ、だから作詞でも何でもしてやる。どうせ金はないようだから、無報酬で」


 そう、その声音はまるで冗談のつもりのない、まさに真剣そのものとしか思えないやつであり……、


「わ、分かりました。では、詩集を置く代わりに、作詞の方も……」

「お前もしつこいな、やると言っているのに。だからまずはその曲の方を聞かせろ!」

 

 かくて次には裏町の顔役は面倒そうに表情しかめながらも、いかにも肯定の意志を示すようにその声大にしていたのだった。


「ただし曲が余りにひどかったら、引き受けはせんが」

 

 ……もちろん肝心要のその曲が、イムル村で歌われているものだとは今のところ、まるで知るよしもなく。

 ただ自らの詩の素晴らしさを、世に広めんがため。

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