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54.山奥の村(2)

「あらあら、メールジェアンなんてそんな遠い所から、ご苦労さんだねえ」

「いえ、用事があったもので」

「用事? わざわざうちにか?」


 ……そしてその後家屋内へ通された俺とケヴィンを待っていたのは、とても突然の来客用とは思われない、実に温かいおもてなし。つまりはムトゥラ老人の息子夫婦も出てきた、幾つかの料理と酒による宴というやつだった。


「いえ、こんなに……」


 それゆえ俺が途端恐縮してしまったのも、さも当然のことでしかなかったのだが。


「はは、気にするな。この村では普通のことだ」

「ええ。旅人にはとにかく親切にするのが」

「そうだ、レト。ここは遠慮なんてするなよ!」


 もっともムトゥラ家の面々は決してその接待しようとする姿勢、崩すことがない。しかもそこにはなぜか酒杯手にして上機嫌のケヴィンまでもが素知らぬ顔で加わっており。


「は、はい。ではありがたく……」


 当然ながら次の瞬間、自然と酒に手を伸ばさせてしまっている……。



「――それで、ここへ来た用事なんですが」


 だが、そのためだろう、一家の醸し出すその歓迎で満ちた空気は、俺をして容易にここへ来た目的話させる気になったほど、実に和やかなものなのだった。


「ほう、そうだった。儂に会いに来たのか?」

「はい。実は一つ、お頼みしたいことがありまして……」

「こんな爺さんに、か? それは一体――」


 むろんだがその言葉は対する相手、ムトゥラ老人を分かりやすく当惑させる。確かに遥々やって来たグラスランナーが、自分に用があると言っているのだ、戸惑うのも当然だろう。それゆえ老人は一瞬、薄い頭髪の下その目まで丸くさせたのだが。


「それは他でもありません。このイムル村に伝わる歌について、でして」


 しかし俺は気が急いていることもありまるで構わず、続けて本題へと入っていったのだった。


「歌? これはまあ珍しい。イムルの歌、とな」

「はい。それで是非、その中の幾つかを教えてほしくて」

「教える……それはつまり、覚えたいということか?」


 当然ながら老人にさらなる不思議そうな顔、示させて。

 そう、俺が持ちかけたお願いは、確かに奇妙といえば奇妙なものであり。


「だが、どうやって? 確かにイムルの歌を儂は幾つも知っておるが、実はちゃんとした楽譜の類はないのでな。つまりは全てが口承で伝わっている。だからあんたに教えようにも――」


 しかもそれをするに当たってはどうしても避けられない問題がある以上、そう問わざるを得ないのは仕方がないようなのだった。


「楽譜が、ない――」

「ああ、一つも、な」


 従ってそれ聞いた瞬間、どうにも言えない沈黙が訪れたものの。

 俺と老人のみならず、家にいた全ての人間が――。


「……ふふ、でも安心してください。そういう時のために、ある助っ人を連れてきたのですから」


 しかし予期通りというべきか、十分そのこと事前に予想していた俺は、次の瞬間にっと笑み零し、そんな一言すら老人たちへ告げていたのである。



「記録、人形――?」


 むろんその言に老人は再度戸惑う顔示した。それは次々と予想外のこと述べてくるこの得体の知れない来訪者に、相当奇妙な感抱いているのはまず間違いがない、そんな様相だった。


「はい。実はケヴィンに頼んで持ってきてもらった品で」

「ほう、商人の方に」

「頼む、ケヴィン」

「あいよ!」


 そして俺がすぐ隣に座るコボルトに指示を出すや、彼はすかさず床に置いた大きな袋――ケヴィンはそれを背負って、こんな山の中まで登って来てくれた――を開け、中からあるものを取り出したのである。


「何これ、お猿さん?!」


 しかもそれ見た途端、アルミカにはしゃいだような嬉しげな声、発させた代物を。


「はは、確かに猿だね。でもこれは機械仕掛けの人形さ。つまりは自動で動く」

「何だって、自動で? 凄いな、じゃあ魔法の品ということか?」

「はい。それも記録することに特化した」


 何よりはたしてその高さ40エクス(センチ)ほどの猿を象った置物風は、たちまちにしてムトゥラ一家全員を興味津々にさせるに十分すぎる存在感、満々と放っていて。


「記録――だが一体、何を?」


 当然ながら次にはムトゥラの息子に、そんな不思議そうな疑問発させたのだった。



 もちろんその問いは充分予想できたもの、はたして俺はすぐにうなずきつつ答えていた。


「それはもちろん、歌ですよ」

「歌? つまり、音を記録できる……?」

「ええ。これは今都で流行っている自動人形でしてね。それなりの量の音を、完璧に記録できるっていう」


 同時に、ケヴィンの横からの補足も受けながら。


「まあでも最新式のやつは、音だけでなく映像も記録できるらしいんですがね」


 多少の自嘲気味な言葉、付け加えつつも。


「なるほど、これで……」

「はい。できればムトゥラさんの歌を、幾つか記録させてもらえれば、と」

「儂の? うむ、これはしかしけったいな依頼じゃなあ……」

「お願いします! これはとても重大なことなんです!」


 むろん対して当然の如く老人は当惑かつ訝しげな様現わしたものの、俺はとにかく構わず頼みこんでいく。つまりはそれくらい、これは俺に、いやプロキオンにとって重要極まる事柄であり。とにかくこれから、再デビューを目指す上での――。


「お礼はいくらでもするつもりです!」


 従ってしまいには、ほとんど土下座までしかねない勢いとなっていたのだから。



「おいおい、何もそんな真似せんでも。……だがまあそうじゃな、歌を覚えさせるくらいだったら」

「よろしいのですか?」

「うむ、多少時間は掛かるかもしれんがな」


 ……そしてそれゆえだろうか、柔和な笑み零したままムトゥラはそう根負けしたように静かに応じると、


「後、歌としては10曲くらいじゃな。それでよいか?」


 自らの記憶探るがごとくしばしの間が置かれた後、ゆっくりとそんなこと俺へ尋ねてきたのだった。


「ええ、もちろん。是非お願いします!」

「ちなみにイムルの歌に、歌詞などはないぞ」

「それで結構です!」


 途端来訪者たるグラスランナーからの実に気合に満ちた声音、確かに返されつつ。

 アルミカはじめ他の家族も納得したように深くうなずいている中。


 ――そう、いずれにしても話はこうして自動人形の物珍しさもあってかかなりとんとん拍子にまとまりを見せ、


「こりゃあ久々に腕が鳴るわい」


 何より歌の名手たるムトゥラ老人のその頼もしい言葉が、大いにそれを証し立てていたのはまず間違いなかったのである。


                  ◇


 ――そうして時はしばし経ち。

 結局歌の採録にはその後一日かかり、俺とケヴィンは一家の厚意により村で一泊させてもらうことになった。むろん計10曲もあったのだ、特に老人に無理をさせるわけにはいかなかっただろう、休み休みそれが行われることなった以上。

 それでも、ムトゥラは相当念を入れて人形に向かって歌ってくれたのだが。


「ふう、なかなか疲れる」

「あ、ご無理はなさらずに」

「何、このくらい。昔を思い出すわ」 


 何よりも、実に楽しげかつ満足げな風で。



「ご協力、本当にありがとうございました!」


 かくていずれにせよ日が暮れる頃全ての記録作業は無事終わり、夜またもや家族が宴を開いてくれてから、早くもその翌朝――。


「うむ、元気でな」

「それにしても女の子たちにイムルの歌を唄ってもらう、とわな。不思議なことを考えるものだ」

「活動が軌道に乗ったら、皆さんご招待しますよ」

「はは、楽しみにしておるぞ」


 朝飯までご馳走になった俺たちは、朝もやの中軒先まで出てきた一家へ心からのお礼告げるとともに、再び猿型記録人形携え山を降りることとなったのだった。


「もちろん、任せてください! 必ずこの歌を活かしてみせます!」


 最後にそんないかにも意気軒高な声、掛けながら――。

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