53.山奥の村(1)
気がつくと、周囲の木々でメインを占めるのはカラマツなどの針葉樹ばかりとなっていた。
「フウ、フウ……」
むろん鬱蒼とした森の中の道はほとんど整備されていない、ぎりぎり登山道として認識できる程度のものだ。しかもこちらは服装にせよ持ち物にせよ山登り用のかなり重装備、既に疲労もひとしおなのは当然のこと。
「な、なあ、ケヴィン。まだなのか……?」
それゆえ俺は先を行く相棒に対し、これで何度目かになるか分からない同じ質問、また繰り返さざるを得なかったのだった。
「何だ、レト。もうへばったのか?」
「あ、いや、そういうわけじゃ……」
「はは、グラスランナーの癖に意外とひ弱なんだな」
一方、その先を行く一人のコボルト――犬っぽい顔が特徴の、妖精族――は、そんな俺見ていかにも意地悪げにからかってくる。もっともこいつはメールジェアンの商人という仕事柄、つまりは行商などの目的でよくこの辺りには来ているのだ。だからいまだ余裕ぶっていられるのも、さも当然というやつだろう――。
「まあ、でも大丈夫だ。もう少しでイムルは見えてくるはずだから」
何よりそうして次には安心させるように、そう言ってきたのを見れば。
「へえ、あと少し――」
「ああ、あとほんの半刻ほどで」
「え!」
もっとも、俺は結局その最後の言葉に思わず悲鳴めいた声、上げてしまったのだが。
ちなみにようやくプロキオンのレッスンが活気取り戻してきたと思われた矢先、何で俺がこんな山の中にいるのかというと……。
『え、イムルへ?!』
『うん。以前聞いたあの曲を譲ってもらうために』
『でも、どうやって……』
『もちろんケヴィンに案内を頼むのさ』
それは昨日の夜のこと、その言葉聞いた途端メイルが驚き眼示したように、全てはプロキオンの新曲のためなのだった。つまりは既存の曲とは全く違う、本当にメールジェアンの人がほとんど聴いたことのない、まっさらな新しい曲を求めに行くという。そしてその目標となったのが、以前白羊亭に来た老人と孫から耳にした、あの何とも言えないメロディで。
すなわちメールジェアンから半日ほどの所にある、ハルレ山中の小さな村に遥か昔から連綿と伝わっている。
(あの曲なら、絶対にプロキオンのイメージにも)
――そして何と言ってもまずは俺自身が、少し聞いただけながらそこに相当な感銘、間違いなく受けていたのだから。
アイドルプロデュース活動に新機軸もたらす、ある種の劇的な活性剤となるような。
そう、何より俺はプロキオンが活動再開するに当たり、だが今までと同じことをやっていては結局また失敗すると直感し、
『え、新しい歌を用意する?』
『うん。本当に新鮮で、耳新しい感じの』
『自分で作るの?』
『まさか!』
メイルにのたまったごとく、完全無欠の新曲でこれから勝負するつもり満々だったのである。
『でも、どうやって』
『それはもう、決まっているんだ。まずはあそこへ行って……』
『ふうん……』
もっとも白羊亭の少女は、依然戸惑ったような面浮かべていたものの。
『大丈夫、必ず上手くいくから』
むろん対するこちらは、まるでそれに構うことなく。
ただひたすら、とにかく気が逸って仕方ないほどに。
「お、見えて来たぞ!」
……かくてそれゆえ、ということだろう。ケヴィンの先ほどの言通り結局はほぼ半刻(一時間半)以上歩いた後、ますます息も荒く、足も痛くなってきたその時、その前を行く相棒がふと声を大にして呼び掛けてくると、
「え、マジか!」
俺は当然の如く、これ以上ない喜びの表情、現わしていたはずなのだった。
◇
山中の村イムルは以前老人が自ら語ったように、実に小ぢんまりとした、恐ろしく控えめな集落だった。
「へえ、ここが……」
それはまさに山肌にへばりつくようにできた集落で、建物の数としては20軒あるかないかといったくらいだろう。しかもそのどれもが風が吹けばそのまま飛ばされそうな弱々しい構えで、屋根や壁なども明らかに粗末な作りをしている。また道なども特に丁重な整備はされておらず、まさに土剥き出しのそれというやつなのだった。
「ああ、レトが来たがっていたイムルさ」
「……静かな所だね」
「今はちょうど昼飯時だからな、みんな家の中にいるんだろう」
そして村の入口に立った俺が思わずそんな感想洩らすと、冷静に応じてきたケヴィン。なるほど確かに、各家々の煙突からは白い煙が天高く伸び出ていて――。
「よし、じゃあこれから村長の家に挨拶に行こう。そこに行けば、レトの会いたかった人の情報も得られるはずだぜ」
そうして商人らしく目端の利くコボルトは、ふいに俺の方振り向くや、うなずきつつもそんな一言、かけてきたのだった。
「うん、俺の探しているのはお爺さんと、そのお孫さんなんだけど」
「それも歌の上手い、だろ?」
「ああ、村に伝わるものをよく記憶している」
「ならすぐ分かるはずさ。何せ、こんな狭い集落だし」
加えていかにも安心させるように、にっとした笑み、その口元へ零しつつ。
穏やかな陽光の下、山の斜面にひっそりと作られた、小さな小さな村。畑はさらに上の方にあるらしく、家々の間には遥か上方まで階段が通っている。そして家畜としてはやはり牛と山羊がメインなようで、そんな獣たちの実にのんびりした鳴き声が、所々で村の光景を快く彩っており。
「? おお、確かあんたは……」
……かくて確かに村の中は狭く、その僅か十数分後には、俺たちは件の老人の家へ辿り着くこととなっていた。
『歌に詳しい――ウム、それは間違いなくムトゥラのことだな』
すなわち村長宅に行くなり、俺の質問に対し銀髪をオールバックにした人の良さそうな村長は、すぐそうにこやかに応じてくれたのだ。
『村で一番東にある家だ。歌唄いムトゥラと息子夫婦、そして孫娘のアルミカが住んでいる』
しかもご丁寧に、その家の正確な位置まで教えてくれて。
『ありがとうございます!』
そしてむろんそれ耳にした俺たちが、お礼するや否や一目散にその目的地へ向かったのは言うまでもなく――。
「おじいちゃん、お客さん?」
はたしてまず出迎えてくれた老人の次には、あの活発そうな孫娘との久方ぶりの再会まですんなり達成されていたのである。




