51.再始動
こうして色々あり過ぎた災厄の時は、安堵の声とともに終わりを告げた。
すなわちホーリーは怪我なく救出され、借金返済期限も元に戻ったのだ。
「おお、みんな。無事か!」
「ああ、良かった良かった!」
むろんそうしてその後急ぎ足でハモンド地区を離れ、懐かしの白羊亭へ戻るや、そこでたちまち待ち構えていたファレル夫妻が涙つきで盛大に出迎えてくれたのは当然のこと。
「よし、腕を振るってご馳走披露するぞ!」
何より、スコットのそんな久々に元気漲った言葉もあり。
「やった、ご飯にありつける!」
「ちょっと、リップル!」
「はは、構わんよ、さあ、席に着いてくれ」
特にリップルなどは、ほっとしたのと疲れとで、それ聞いてたちまち大いに喜び、
「よし、こりゃ腕が鳴るというもんだ。詳しい話は後にして、みんな、待っていてくれ!」
はたして俄然やる気出した亭主は、ぶんぶん肩を回しながら、すぐさま自慢の厨房へ勇んで駆けこんでいったのである。
「ふふ、父さんったら。……でも、レト、何か大変だったね」
「うん。とにかく今日は疲れた……」
当然その姿見たメイルに、苦笑めいたもの零させながら。――俺への労いの一言つきで。
まあ、かくて何とか平穏な日常は取り戻すことできたのだが、そうして一息吐きつつも改めてゆっくり酒場の中見回してみると、何のことはない、それは以前普通にあった、プロキオンと二人の教師がいるという風景以外の何物でもないのだった。つまりは、どこまでも楽観的に、これなら必ずメールジェアンでブレイクできると信じレッスンしていた……。
(ふう、とりあえず今回は何とかなったけど、でも……)
だが、それも結局今や昔の話。そう、肝心のプロキオンが開店休業状態であるという重い現状には何ら変わりがない。いや、むしろそれを僅かでも思うと、途端大いなる喜びにも影が差してきたのは余りに必然のことで。
(これからどうすれば。みんなももう集まらないし――)
従って賑やかに笑い合う皆とはどこまでも反比例して、俺の内心では密かに暗澹たる気持ちが騒ぎ出してさえいたのである。
「……あの、レトさん」
そう、その時ふいにアリーシャがやけに真剣な表情で、こちらへ向かってあること話しかけてくるまでは。
「どうしたんだ?」
当然、対してすぐ応じた俺。言うまでもなくそこに何かただならぬものを感じ取ったからに違いなかった。すなわち、それくらいアリーシャはその声音、まこと真摯なものとしていたのだから。
「あの、プロキオンに関してなんですけど」
何より、その内容は焦眉のグループについてであったらしく。
「うん、それが何か?」
「レトさんに一つ、聞きたいことがあるんですけど」
「俺に?」
むろん俺は途端驚き隠せぬまま、そんな少女に答えていたのだが。
「あの舞踊団って、まだ解散したわけじゃないですよね?」
――アリーシャはあくまで固い面立ち示しつつ、そんな問い告げて来たのである。
「ああ、そのことか。もちろん、解散なんてまだあり得ない」
「よかった、じゃあまだ、私たち参加できるんですね!」
と、しかし俺の応答受けるや、その声音たちまち明るくさせた相手。それはまさに急変といっても過言ではない劇的な変化で、
「え? 参加って……」
「だから、私たち、またここでレッスン受けたいんです!」
しかも少女は次いで、声音強くそうした実に力ある一言、俺、いや白羊亭の面々に向かって放ってきたのだった。
「ほ、本当にいいのかい?」
そしてそれはまさにこちら側が待ち望んでいた言葉。当然ながら俺は途端目を真ん丸にして問い返していたはずだった。
「はい、これは五人でしっかり話し合って決めたことですから」
「また、やってくれるのか……」
「もちろん。あれで終わりなんて考えられないし」
すなわち、気づけばメンバー全員が珍しく俺のこと真剣な眼差しで見つめている中、その五人代表してアリーシャがさらにそんな嬉しいこと言ってきてくれたのだから。
「それに、この活動、本当に楽しいし」
しかも、見るからにやる気、満々と。
「でも、またレッスンを始めていいのか?」
「もちろんです! いえ、むしろもっと厳しくしてほしいくらい」
「ちょ、ちょっと。アリーシャ、それはさすがに……」
むろんそれでも俺はいまだ多少半信半疑だったものの、アリーシャはさらに元気溌剌と言ってくる。それは途端青い顔示したユリアーデの言葉もほとんど耳に入っていないと思われたほど、実に力強いものなのだった。
「そ、そうか、それは本当にありがたい……」
「そうよレト、みんなにお礼言わなきゃ!」
もちろんその様に喜び隠せなかったのは俺だけのはずはなく、すぐメイルも隣から笑み浮かべ入ってくる。まさしく喜色満面というやつである。
そう、いずれにせよこうして、相談の結果どうやらメンバー皆再び元々のやる気を取り戻してくれたみたいであり――。
「それで、先生についてなんですけど……」
「ああ、そうだな。ただエドラさんとユージンさんは――」
「いえ、是非またそのお二人に、お願いしたいんです!」
何より、そう言ったアリーシャおよび後ろに控える少女たちの面が、今やあまりに眩しく輝いてさえ感じられ。
「! ――そうか、でも」
……もっとも、そうして少女が突然そんな提案、頭を下げながら告げてくると、俺としては途端困惑の感抱いてしまったのもまた事実。つまりは、ユージンはともかく、エドラに関してはもはや完全に契約解除状態で。俺の一存でどうにかなるはずなどなく。
「そのことに関しては、また別に――」
「ちょっと待ちなよ」
――だが、かくて俺が慎重に言葉選びながら応じようとした、その時だった。
「何勝手に決めつけてるのさ?」
「え?」
「エドラさん……」
ふいに、件のエドラが話し合いにさっと割りこんできたのだ。
「それもあたしの意見、何も聞かないままに」
しかも、その面にうっすら、愉快そうな笑みまで浮かべて。
「意見……でも、エドラさんは確か」
「まあ確かにあの時はあたしも腹が立って、契約を解除するなんて言ったんだけどね」
「? 違うんですか?」
むろん対して俺は気持ち訝しげに物問うていたが、オークの方はにやりとさらに笑顔を深くし、そして一つ頷く。それはまさに、俺の言葉が正解だというこれ以上ない仕草だった。
「あの時はあの時さ。……つまり今日あんたたちがボーガン、あたしの不肖の弟の所へ駆けつけたのを見たら、ちょっと見直しちゃったってわけ。つまり、予想以上に根性や思いやりがあるって」
何より、その瞳に真摯な輝きが灯っていたのを見れば。
「え、では、まさか……」
「そう、そんな子たちなんて中々いるもんじゃないよ、この街にも。だからこれはちゃんと鍛え甲斐があると思ったんでね」
「! じゃあ、また教えてくれると――」
「そうさ。まあ、特にユリアーデがOKしてくれたら、の話だけど」
そしてエドラはそんな台詞とともにちらと視線の向きを変えるや、それはまっすぐかつての火花散らした喧嘩相手、口の悪いエルフの方を差していたのである。
「……」
すると途端、辺りはふいに緊迫したように静まり返り。
もちろんその原因となったのは、間違いなく瞳を向けられたユリアーデだったのだが。
それは一瞬か、束の間か、とにかく二人の間に妙に長い時間が流れたようにも思われ――。
「何言ってんだよ、今さら」
「!」
「おい、ユリアーデ……」
と、つと口を開いたエルフがどことなく不満げだったのが、俺たちをして知らずはらはらとした気にさせた、――しかし、その刹那。
「そんなの、こっちから是非お願いします、に決まってんじゃん。本当、あのボーガンに啖呵切った時のエドラさん、格好良過ぎたんだから」
珍しくもペコリと頭を下げるとともに、その口からは疑いようのない実に素直な言葉、淀みなく発されていたのだった――。
「ユ、ユリアーデ……」
もちろんそれ耳にした俺が、感動の余り声を詰まらせたのは当然のことで。
つまりはユリアーデの見せた成長に。
「ほう、ならまた明日からやらせてもらうよ。でも今度は泣き言うんじゃないよ!」
「分かってるって!」
「あ、じゃあユージン先生も」
さらにふっと気づいたメイルが急ぎ話の輪の外にいたバンシーの方振り向くと、
「はい。私もお願いします」
青白き肌の女性は、実にしおらしく深々とお辞儀してきたのである。
そう、かくしてそうこうするうちに、プロキオンは突如として元の活動、また開始できるようになったようで。
――何より少女たちの瞳が、前よりも一層、眩く輝いていたのを見れば。




