50.ボーガン(4)
「え? あれは……」
「エドラさん?!」
それはやはり、盗っ人小路の方からだった。
ボーガンの驚きにつられて俺たちもそっちの方を慌てて振り返ると、そこには緑の上衣、紫のケープ、赤紫のスカート纏った馴染のある大きな姿――1人のオークがまるで通せんぼするように仁王立ちしていたのだ。
「何でここへ……?」
しかも数ルーク離れたここからでもすぐそれと分かる、怒気にも似た凄まじい迫力、全身から放って。眼前に広がる光景目にしても、何ら怯えた風見せることなく。
そう、それはまさしく怒りの余りどうしようもなくなった者の雰囲気というやつ、そのもので。
「えっと、エドラ、さん……?」
それゆえ俺は半ば呆然とその威迫的な存在へ声を掛けていたのだが。
「まったく、大変なことしてくれたもんだね」
――対するエドラはまるで構わず溜息混じりにそんなこと言いながら、ゆっくり前へと、すなわちこちらの方へと足を進め出してきたのだった。
「ひっ」
加えて途端、俺の後ろでボーガンになぜか悲鳴にも似た声、発させつつ。
そしてその声音の感じからして、エドラの怒りが件の裏町のボスの方へまっすぐ向かっていたのは実に明らかであり。
(どういう関係なんだ、この二人……)
当然ながら俺はたちまちそんな疑問、内心に浮かべていたものの。
「だから、なんであんたが……」
「それはこっちの台詞だよ、あたしの大事な生徒を誘拐するなんて!」
「生徒、だって?!」
そんな俺、および他の仲間たち――つまりあまりのことの成り行きにただ唖然とするしかない観衆――真ん中に置いて、突如として二人の掛け合いが始まる。その互いの様子、口調からも一目瞭然のように、やはりこの二人、相当ただならぬ仲にあるようだった。
「そんな馬鹿な!」
何よりあれほど威圧的だったボーガンが、いつしかかなり情けない様現わしていたのを見れば。……すなわちそれは、まるで彼がエドラの下に位置しているような。
「そもそもあんな小さい子供をさらっていくなんて!」
「いや、これは仕事上の都合で……」
「仕事って、どうせろくでもないことだろ!」
いずれにしても二人の場違いな応酬はそうしていまだ激しく、止むような感まるでなかったのだが――。
「まったく、いつも人に迷惑ばかりかけて!」
「ごめん、でも今回は本当に知らなかったんだ!」
まさしく、剣呑と。
(! あれ、ひょっとして、この二人――)
だが、そのためだろう、そんな何とも言えないやり合い見て、俺の脳裡にふと両者の関係性を推量する何かピンとくるものが鮮やかに閃いた、その瞬間、
「あの娘が、姉ちゃんの生徒だったなんて!」
――まさにボーガンその人が、その正解を実にはっきり答えることとなったのである。
◇
かくて状況は突如としてあまりに予想外の方へ急転し――。
「分かった分かった、あの娘を連れて帰れ、さっさと!」
そしてその後の展開は、まさしく火の出るような慌ただしさで彩られたものなのだった。すなわちボーガンは実の姉、自らの唯一恐れる存在の登場にたちまち白旗上げると、手の平返しというべきか、ホーリーを解放することすぐ約束したのだ。
「だからもう行け、お前ら!」
「ま、待ってください、あと借金返済期限の方は……」
「あん? ああ、そうだな、それは以前に約束した七月でいい、それまでに返せよ」
おまけに俺のどさくさ紛れの頼み事にも、実にあっさり受け入れの一言放っていて。
「え、本当? 良かった!」
――むろんそれがすかさずメイルをして、心から安堵した声、上げさせていたのは言うまでもない。
つまりは従っていつの間にか、俺たちがここへ来た二つの大きな目的は完全に達成されたこととなり。
「ふん、そもそも最初からこんなことするからいけないんだよ」
「……い、いや、それは」
「今度同じ事しでかしたら、折檻だからね!」
最後にはエドラのそんな迫力ある(?)宣告とともに、今日起きた一連の騒動は何とか血を見ることなく幕を閉じることとなったのだった。
「ご、ごめんなさい!」
……対してとても裏町のボスのものとも思われないボーガンの情けない台詞、締め括りとして。
「――あ、ホーリーだ!」
そう、そして何より、いずれにせよそれから数分も経たずして、開かれた屋敷の扉からオークたちに連れられドワーフ少女が手を振りながら無事姿を現わすと、
「良かった、怪我はなさそう」
「うん、ひどい目には遭っていないようだな」
「当たり前だ、さすがの俺もそんなことするか!」
「ああ、良かった……!」
「あ、ユージン先生!」
その姿に皆は一斉に歓喜の声上げ、まあ安堵の余り気を失いかけたユージンをキルデアが慌てて抱き止めるという小アクシデントはあったものの、ようやくにして再びプロキオンは全員元気に結集することと相成ったのだから――。




