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49.ボーガン(3)

「す、凄え……」


 ……そしてそれから僅か数十秒後、俺たちは眼前にとんでもない光景を認めることとなっていた。


「これ、ユージン先生がやったの?」

「うん、聞いたことある。バンシーの技、キーニング(叫び)ってやつかな」

「キーニング……」


 すなわち、あれほどこちらへ圧迫感与えていたゴロツキ、悪名高いオークの集団が、一瞬にして全員その場に哀れ倒れ伏していたのだ。しかも皆例外なく、その表情を思いきり恐怖に歪めたままに。


「それにしても、まさか声の力だけで、こんな――」


 そう、つまりはユージンが腹の底から凄まじい絶叫上げるや、たちまちにして迫っていたオークたちは悶え苦しみ、ついにはバタバタと為す術なく崩れ落ちていって。


「ハアッ、ハアッ……」


 ……後にはただ茫然と立ち尽くす救出隊と、そして息を荒くさせるバンシーが残されていたばかりだったのだから。


「ユージンさん、大丈夫ですか?」


 むろんそうしてしばし気を失ったボーガン配下見つめていた俺たちだったが、しかしそんな空白めいた時の中いち早く気持ちを立て直したメイルが、慌ててユージンの方へ駆け寄っていった。確かにあれほどの大技を繰り出したのだ、少なからぬ消耗は絶対にあったはずだろう。


「……私のことは心配しないで。それより、早くホーリーを」

「え、でも」

「キ、キーニングはさすがにしばらく使えないわ。だから、また奴らが来ないうちに、早く屋敷の中へ……」


 だがユージンははたして声を途切れさせながらも、顔を上げ何とかそう告げてくる。そしてそれは確かに、状況はいまだとても油断できない、そんなことを教えて余りあるものなのだった。

 すなわち、ここが敵地の真っ只中である以上。


「そうか、確かに急がないと、やばいな」


 それゆえこっちもすぐさま応じ、慌てて再び門の方、振り向いたのだが――。


「何だ今の叫び声は。貴様ら、何のつもりだ!」


 しかしその刹那聞こえた男の鋭い声が、俺をしてそんな動作、たちどころに止めさせていたのである。



「え、まさか」

「あれが……」

「こっちに、来る――?」


 はたして段々大きくなっていく、一人のオークの声音。そいつは間違いなく、中庭通ってこの門の方まで歩いてくるつもりのようで。


「裏街のボス、ボーガン……」


 何より、分かりやすくも辺りを震わせる、そのものすごい声量が荒々しい。

 怒気しか含まれていないと思われる、怖気をもたらす轟音が。

 そんな奴が、一目散にこちらへぐんぐん距離を詰めてくるのだ。迎える救出隊の間から知らず悲鳴めいたものが零れていたのも、決して無理からぬこと、というやつでしかないのだった。


「お前ら、白羊亭の連中だな!」


 しかも辺り憚らず届くいかにも強烈な殺気、門越しとはいえしかと感じ取れば。


「わ、わ……」

「やべえ……」


 もちろんリップルもユリアーデも、今や目に見えて怯えた状態。

 とはいえここまで来て、まさか逃げるというわけにもいかず。

 いつしか雲が太陽を覆い隠し、周囲がどんよりとしてきた中。

 暗澹と。


 ――そうしてそんな迎え撃つ準備する間もない俺たちがただあたふたとしている内に、猛々しくも凄まじい速さの足取りで、しかも配下らしき者たちの足音まで引き連れあっという間に門の方へ辿り着くや、


「金は持ってきたんだろうな!」


 悪名高きハモンド地区の支配者はそう言葉鋭く放ち、そして次の瞬間門はついに開かれていったのだった。


                  ◇


「! な、俺の手下を……お前たちのしわざか!」


 だが、はたして開門するなり、外に広がるあまりの光景見て思わず声を震わせたボーガン。それゆえだろう、彼は手にした短剣を鞘から抜き放つと、そのままの勢いで俺たちのこと眼光鋭く睨みつけたのである。


「あの娘を取り返しに来たようだが、タダで済むと思うなよ!」

「あ、いや、これは……」

「言い訳など要らん!」


 かくて正面から、青のダブレットなる表裏に詰め物した豪華な服纏った、まさしく重量級オークと正対する事態になった救出隊。しかも相手は背後に手下を十数名ほど引き連れている。


「きゃっ」

「うわ、やばい……」


 それゆえそれ見たアリーシャとリップルが知らず怯えの声上げたのも、状況考えればさも当然のこと。特に、その手下というのが全員、いずれ劣らぬ荒々しさ誇る連中だったのだから。それも、明らかに俺たちに凄まじい敵意向けた。


「逃げるなよ、このガキどもが!」


 そうしてボーガンは、ますますいきり立ってにじり寄りさえし、


「おい、それでスコットはどうした! なぜあいつがいない!」


 ふと一行見て気づいたようで、そんな一言も発していたのだった。


「あ、いや、今日はその、話し合いに来たわけで、だから俺が代表して――」

「お前が? だが話に聞くとただの居候に過ぎんだろうが、そんな奴が俺と何を話すつもりだ!」

「だから、その、お金を返す期限について……」


 むろん俺は対して震え抑えながら何とか答えたものの、相手はそれ聞いても一向に納得した気配はない。むしろさらに怒りが倍増した感じだ。そしてそのただならぬ剣幕見て、俺は確かにスコットをここへ連れてこなかったのが正解だったことを強く確信したのである。


(良かった、スコットさんがいたら、必ず金を返さなきゃならないってことになっていたからな)


 そう、件の白羊亭亭主がいたら、まず返金について言い逃れなど出来なかったはずで――。


「期限? まさか今日は払えんというつもりか!」


 とはいえそのために、今まさに絶体絶命の状況を招いてしまったわけではあったのだが。


「だが、それは許さんぞ! 必ず今日、耳を揃えて払うんだ!」

「でも、本来期限は7月のはずだし――」

「だが、どうせそこまで待っても払えんだろうが!」


 何より短剣振り回し激高する裏町の顔役、少しでも見れば。

 名高き暗黒街の支配者にしては、やや度量小さい感があったものの。

 かくしていずれにしても薄曇りの暗い空の下、凶悪なギャングの親分および子分たちと白羊亭から来た面々は、決して分かり合えぬ視線まともに交わし合うこととなり――。


「……」

「ふん、しょせん廃業寸前の酒場。言い逃れなどできまい」


 やがてボーガンがそうした緊迫する空気の中、とどめの如くそんな一言まさに傲然と、加えて威圧感強く放ってきたのだった。



(く、まずい……)


 ――もちろん対する俺が、そんなこと言われてもどうしようもなかったのは言うまでもない。そう、ここに来た理由はそもそも、その返済期限を何とか元へ戻してもらうことにあったのだから。だがどうやら相手がそういった意見を完全シャットアウトするつもりでいるのが明らかな以上、もはや何を言っても無駄、取り付く島がないとはまさしくこのことで。

 他にうまい手立てなど見つかるはずもなく。


(打つ手なし、か)


 よって俺は途端内心に深い絶望感すら覚えてしまったのだが……。


「ど、どうなるんだ?」

「まずいぜ、これ……」

「……」


 当然背後ではプロキオンメンバーたちがあからさまに怯え、見せている中。


「ふん、さあ、どうする? 大人しく金を用意するか、それともあくまで歯向かって痛い目に遭うか」

「ちょっと待って! いくらなんでも、そんな……」

「うるさい、これが俺の決めたルールだ! 黙って従え!」


 むろんそれでもメイルなどはそのボーガンのどこまでも強引極まる論理に、さすがに抗議の声たまらず上げようとしたものの、対峙するオークの方はやはりまるで聞き耳持とうともしない。いや、むしろそこにはさらに威圧感増した感さえ満々であり、


「それ以外に選択肢はないっ」


 そして何よりあくまでその傲岸な態度が、まったく崩れなかった以上。


 そうしてたちまち色濃くなったのは、明らかに血の流れる気配。

 まさしく容赦なき悪党の本領、発揮とばかりに。


 むろんその標的は俺たち、一択に違いなく。

 必然と――。



「ハハッ、もう逃れられんぞ! 大人しく――」


 ……だが、かくてまさにオークが覇者の如く呵々大笑し、その周囲が修羅場の匂い一気に強くしていった、その時だった。


「! な……?」

「え?」


 何ゆえか、刹那、ふいに当の顔役の笑いが途中でぷっつり断ち切られたのだ。


「な、何だと? おい、ありゃまさか……」


 そう、何よりその視線からするとそれはまさしく救出隊、ではなくその背後の方に、ふと何やらあり得るはずのない恐るべきもの、認めてしまったらしく……。


「何でこんな所に……」


 はたしてボーガンがほとんど恐怖にも似た呟き、おのずと洩らした――その瞬間。


「ボーガン、何してんだい!」


 その地を震わせるような迫力ある叫び声は、突如として俺たち全員仰天させるほどの凄まじい勢いで、辺りへ轟と響き渡っていたのだった。

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