42.デビュー(5)
「な、何だと?!」
「だからうるせえんだよ、演技中に!」
「お前、誰に向かって……!」
それはまさしく売り言葉に買い言葉というやつそのものだった。すなわち、あろうことかユリアーデがダンスも歌も途中で放り出して、一気に客との大喧嘩に乗り出したのだから。
「許さんぞ、降りて来い!」
「おう、今すぐ行ってやるよ、逃げるなよ!」
しかもエルフはそのままステージから相手へ突っこみそうな勢い。それゆえそれ見たキルデアとリップルがライブどころではないと慌てて彼女を制止しようとしたのは言うまでもない。つまりは、それまで賑やかな公演の行われていた白羊亭は、楽の音も止まり突然のことながらあっという間に恐るべき修羅場と化してしまったわけで――。
「ま、待ってくれ、ユリアーデ。とにかく落ち着いて!」
むろん俺もたちまち結局戦士風ではなく、キルデアたちに一歩遅れながらユリアーデの方へ駆けつけることとなってしまったものの。
「絶対許さねえ、馬鹿にしやがって!」
「だから相手はお客さん……」
「そんなこと知るかよ!」
「お、お前、俺は金を払って――」
しかし並大抵でないエルフの激高がその程度で収まるはずもなく、彼女は身体を押さえつけられつつ、なおも眼前の男をきっと睨み据え、
「お前も男だったら、正々堂々掛かって来いよ!」
最終的にはそんな凄まじい一言、恐れ知らずにも放っていたのだった。
「絶対に、許さないからな!」
その瞳に、だがどこか涙のようなもの、輝かせながら。
◇
「ちくしょう、覚えてろ! 絶対後で目にもの見せてやる!」
「す、すいませんでした!」
こうしてすぐさま余りの混乱ぶりに六人組は荒々しく退散していったが、しかし直後場の空気はかえってとんでもないものとなっていた。
「何だ、これで終わりかよ」
「最後まで見たかったのに」
「うーん、これで30コラムとは……」
すなわちそれまでの楽しい雰囲気を思いきりぶち壊しにされた客たちは、いつしか完全に興ざめした感じで。
「もういいや、帰ろう」
はたしてそんな俺たちにとっては余りに致命的な一言も、ちらほら各テーブルから零れ出す始末だったのである。
特にその表情には呆れたような色が実に深く。
「あ、待って――」
むろん俺はそれ見て、それでも何とかもう少し待ってもらおうと声出しかけたものの。
「はあっ、はあっ……」
「ちくしょう、あいつら……」
「どうなったの、一体?」
しかし背後ではいまだ息の荒いユリアーデを代表としてプロキオンのメンバーが全員疲労困憊状態なのに気づくと、結局パタリと思い直してしまう。そう、いくら今足止めに成功したところで、もう観衆に見せるべきものは何一つ残っていそうになかったのだ。
つまりはプロキオン念願の、かつ俺の大きな夢への第一歩たるデビュー公演は結果混乱の内に儚くも幕を閉じたという訳であり……。
今にも泣きそうな顔のアリーシャ。茫然自失状態のリップル。諦念と怒りが混じったような表情示すキルデア。完全に人目も忍ばず泣いてしまったホーリー。――そしてどこまでも悔しげにずっと面を伏せている、ユリアーデ。
そんなステージ上の五人を見れば、たちどころにそれが理解できたように。
「レト、大丈夫なの?」
それゆえすぐさまメイルが心配そうな顔で近寄ってきても、俺としては上手く返せる言葉などあるはずもなかった。何より結果自身が、完全に呆然とした状態へ陥っていたのだから。
そうしてしばしその場に、ただ棒の如く立ち尽くしながら。
「あ、ベイル。もう帰るのか?」
「ああ、見るべきものはもう見たからな。……全く、最悪の出来だったよ」
「時間の無駄だったかしら?」
「そんな……」
そしてそのためだろう、その時入口の方でスコットが何とか退去しようとするベイルはじめ酒場の店主たち引き留めようとしているのに気づいても、俺は動きもせずぼんやりその光景見守るばかりで、
「あ、帰っちゃう……」
――むろんすぐ傍でメイルの発したそんな哀しげな声音でさえも、今はただやたら虚しい音、そうとしか捉えることができなかったのだった。




