38.デビュー(1)
いずれにしても、取り巻く状況はいよいよにっちもさっちもいかないものとなってしまった。まさしくプロキオンだけが、現状白羊亭にとって唯一の希望の光なのだ。つまりはデビューを成功裏に終わらせ、その結果突然の話だが、借金返済の目途を何とか着けるという……。
むろんその代わりとして、俺の肩にかかる重圧は途轍もないものである。すなわち、是が非でも、何としてでも一週間後のデビューは絶対にやり遂げねばならず。そう、こうなると、もはやゆっくりしている時間など微塵すらあるはずもないくらいに。
これからたとえどんな逆風に見舞われようと。
ただ、ひたすら前だけを向いて。
(……しかし、肝心の教師が二人も来られなくなるとは。もう後は自分たちでやるしか)
だが、実際の所今プロキオンを包みこんでいるのが実に危機的な状況にあるのは間違いなかった。すなわち二人の教師、エドラがまず契約の解除を申し入れ、ユージンも結局あのキルデアに詰問された日以来全く白羊亭へ来られなくなってしまっている、という。しかもそんな五里霧中の中、ただデビューの期日だけは決まっているため、今さら延期してくれと頼むこともできない。つまりはこうなった以上、もはや自主練習の繰り返しでしのいでいくしかないのが厳しい現実というやつで――。
「ほら、一、二、三、四、ちゃんとついてきて!」
「はあ、はあ、リップル、ちょっと早いよ!」
「そうね、ホーリーが遅れているわ。一回落ち着いて」
「わ、私は大丈夫だから……」
それゆえ騒動の翌日には、早くもとりあえず午前のダンスの時はリップル、午後の歌唱時はキルデア、とそれぞれ得意分野を持つメンバーが代理教師となることに決まったのだった。むろん彼女たちにとっては教師同様、ユリアーデもあれから姿現さないことがかなり心配ではあっただろうが、何と言ってももうその日はまさに直前となっていたゆえ。そう、むろんどうやっても真似に過ぎずあの二人ほどにはうまく教えられなかったとしても、もう一瞬たりと立ち止まるわけにはいかず。
「ふう、とにかくこれで何とかなってくれれば良いが……」
「うん」
そうしていずれにせよ横からその光景見て、俺とメイルはようやくほっと、安堵の息一つつくことができ。
ちなみにデビューの際のことだが、その時唄う曲は既に決まっていた。つまりは今巷で丁度流行っている曲――『聖ラウダの歌』、『ゴブリンの城』、『ジョシュ・アルルカン』の計三つだ。要は出来合いの品、というやつだったものの、とにかく既に皆に広く親しまれ、取り分けその三曲ともに明るくポップな感じが絶対好印象与えるはず、という思惑もあったので。また演奏についてはオーディションのみならず練習時もちょくちょく来てくれていたピオト老人にまた頼んだところ、彼は快く承諾するどころか自分の弟子三人も一緒に行くと言ってくれたので、これはまこと実に大いなる助けだった。しかも前日にはその四人で白羊亭まで来て、リハーサルまでしてくれるらしく。すなわち色々ごたごたがあったとはいえ、そうした周囲の人々の支援はとにかく今の俺たちにとってありがたいとしか言いようがない――。
「あれ、ユリアーデ!」
そしてそうこうするうちに二日ほどが経った、それは4月27日の朝のことだった。
まさしく待ちわびた吉報のごとく、
「どうしたの、大丈夫だった?」
「連絡ないから、レトさんたちも心配していたんだよ」
店の入り口に、忽然と再びユリアーデが姿現したのだ。
「……この前は、ごめん」
それも出会ってから初めて見た、かなりすまなそうな面持ち示して。
「でも、自分でやると決めたことだから」
そうして金髪のエルフは酒場内の人々を順繰りに見回すと、
「……俺もまた参加して、いいかな?」
ぼそぼそとそう呟くように言い、
「もちろん!」
「ふふ、ユリアーデがいないと、火が消えたようにマジで寂しかったよ」
「ありがとう……」
もちろんそれ耳にしたメンバーは皆、すかさず満面の笑みでそんなエルフ少女嬉しげに受け入れていたのだった。
「でも、身体の方が相当なまっているんじゃない?」
「! 別に……」
「だから今日からあなたは特に、みっちりと練習お願いね」
もっともそんなほっこりした空気の中でも、キルデアだけはいつもの減らず口、決して忘れることがなかったのだが。
「よし、とにかくユリアーデも戻って来てくれたみたいだし、みんな、今日からが正真正銘本当の練習だ!」
「レトさん……」
「ふふ、ようやくここに来て活気が出てきたわね、みんなの」
いずれにせよ、メンバー再結集によりいよいよその日を迎えるのに十分な空気感となったのは動かしがたい事実であり、
アリーシャ、キルデア、リップル、ホーリー、そしてユリアーデ。
「後は悔いのないようにやってくれよ!」
輝き増し始めたそんな個性豊かな五人を前にして、俺の掛け声もおのずと大きなものになっていたのである。
……そう、何と言っても後はもう、ただひたすらやるしかないのだから。
◇
とにもかくにも、かくてあっという間に五日が経ち――。
「ああ、ついにこの日が来ちまったよ!」
「何よ、あんたがそんなに緊張してどうするの?」
「だってよお、あの子たち、あんなに毎日頑張っていて――」
開始前からファレル夫妻が慌ただしくも言ったように、ついに運命の日、プロキオン公演デビューの幕はたちまち、否応なしに切って降ろされたのだった。




