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36.波乱勃発(1)

 こうしていよいよ様々なことがありつつも仕事は軌道に乗り出した。もちろん後は念願のデビューに向けた準備を進めていくだけだ。何よりやるべきことをやりこれから何事もなく順調にゆけば、あっという間に運命の5月1日、最初の公演にこぎつけるのは確実も同然の状況。


 ……そう、従ってその日、最悪なことに三連続で立て続けに余計なトラブルが起こるという事態にさえ陥らなければ、間違いなく道の先は速やかに開けていたはずで。


                  ◇


「もう、やめた!」

「何だって?!」

「あんたの怒鳴り声はもうたくさんだ!」


 すなわちそれはまず、ゼノビアとの出会いから僅か二日後の午前。二階にいた俺が騒動発生したと突然メイルに呼ばれ、慌てて下へ駆けつけた、その時のことだった。


「ユリアーデ!」

「ふざけんな、いつも頭ごなしにそうやって怒鳴りつけやがって!」

「それはあんたが――」


 そして急ぎ何が起きたか確認しようとしてみるや、図らずもそこではユリアーデとエドラが既にしていつも以上の激しいバトル、繰り広げている最中だったのである。


「あ、レトさん!」

「ユリアーデが……」


 しかもそんな修羅場を、他のメンバーが恐る恐る遠巻きに見つめていた中。


「どうしたんだ?」


 当然俺は、すかさずすぐ隣にいたアリーシャに事情聴いている。むろん余りの事態に、自身胸の鼓動を早まらせながら。


「エドラ先生が怒ったら、ユリアーデが我慢しきれなくなっちゃったみたいで」

「そうか……それにしても今日はやたら凄いな」

「多分先生が『少しはネフェルタリを見習え』なんて言ったから……」


 するとそこでホーリーも口を挟んできた。言うまでもなく、彼女も相当心配げな表情だった。


「ネフェルタリ……?」


 もっとも俺はそう言われても、まるでピンとくるものがない。当然ながらその名前自体が完全に初耳だったので。


「えっと、それは」


 それゆえ次には知らず余りに基本的な疑問、誰にともなく呟いている。


「あれ、もしかしてレト、知らないの? 今王都で一番有名なダンサーの名前だよ!」

「え、ダンサー、なのか」

「そう、確かこのメールジェアン出身で、エルフの」


 とはいえそれは言うまでもなくすぐに周囲の注意を引き、すなわち疾く応じてきたのはリップルとキルデアの二人。特にキルデアに至っては、珍しくユリアーデ見て気遣わしげな表情示しているのが印象的だった。

 そう、そこには常の喧嘩相手としての色が僅かしかなく。


「王家の覚えもめでたいって言われている」

「へえ、そうなんだ。それで、そのエルフがユリアーデと一体どんな――」


 そうしてそれ聞いた俺は騒然とした状況の中いまだ戸惑いつつも、そのまさに大喧嘩の起爆剤となった謎めいたダンサーのこと、急ぎ誰かに訊ねてみようとしたのだが――

 

「ちくしょう、こんなことやってられるか!」

「あ、ユリアーデ!」


 しかしその刹那ユリアーデの場を震わせる烈しい絶叫が響き渡り、結局その問いははしなくも途中で中断されることとなったのである。


                  ◇


「二度とくるか!」


 そしてユリアーデが乱暴に扉開け外に荒々しく出て行ってしまった後には、茫然としたままのメンバーや俺とメイル、かつ憤然とした表情隠せぬエドラが残されることとなった。


「……行っちゃった」

「もう、あんなに怒って」


 むろんアリーシャが心配そうに、続けてキルデアが呆れたように呟く。

 しかも場にはそのまま、何とも言えぬ空気が流れ出していて。

 誰もすぐには次の行動起こせず。


「……私の仕事も、これまでのようね」


 ――しかしふいにエドラの放ったその一言が、俺をして瞬時に現実へ引き戻していたのだった。


「!」


 当然俺は慌ててエドラのこと振り返ったが、


「せ、先生……」

「契約にあった通りあんなやる気のない人がいるのなら、私もこれ以上できないからね。……そうだね、まだ一ヶ月も経っていないから、料金はここまでの分50コラムでいいよ」

「いや、そんな」


 対する女オークは妙に静かに、だが明らかに怒りを押し隠してそう言って、たちまち部屋の隅に置いてあった自分の荷物纏め出していたのである。


「ま、待ってください、ユリアーデには俺から話を!」

「いや、もういいよ。何せあれだけの癇癪起こしたんだ、あの子は絶対に戻ってこない。――そう、少なくとも私がいる限り。そしてそうなったら、もはや何も教えることはできない」

「あ、エドラさん!」


 さらに加えてそうのたまうや、その身はユリアーデに続いてさっさと白羊亭の扉の方へ向かって行き……。


「まあ、でも5月1日には初舞台があるんだろ? 陰ながら応援はしているよ」


 次には出入口付近で振り向きざま掛けたそんな言葉が、虚しくも酒場内に静かに響き渡っていたのだった。


「レト、どうするの?」

「どうするもこうするも……」


 その後には、ただ困惑するばかりの俺とメイル、そしてプロキオンメンバーが忘れ去られたかのように、あっさりと置いていかれ。


                  ◇


 ……と、以上が午前中に起きた第一の出来事の顛末だが、こうして実際エドラがいなくなると確かに後はどうにもできず、

 皆、ただ茫然自失と立ち尽くしていたのみ。


「さあ、みんな後は自分たちで!」


 それでもしばし後、キルデアのどこかイラついた呼びかけで残り時間一応自主練習を始めると決まったものの、


「う、うん」

「……」


 結局メンバー全員、沈んだ表情浮かべていたのは言うまでもなかったのである。


 そう、しかも前言したようにその日の厄介なトラブルが、それだけで終わることなど決してなく――。

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