32.招かれざる客(2)
「何だ、スコットさんとジェシカさんはいないのか?」
「え、ええ。今近所のアダムスさんに呼ばれていて……」
「君たち二人だけで留守番か。不用心なことだ」
そしてディックはつかつかテーブルの一つに近づくや、そこにあった椅子に許可もなくどさりと座ってしまう。元従業員らしく、それはまさに勝手知ったるとでもいうべき動作だった。
「近頃はこの辺りもなかなか物騒だからな」
しかも続いて椅子の背もたれに思いきり身体預けると、その瞳がふとなぜかこちらの方へ鋭く向けられ。
「……?」
それゆえ俺は思わず内心ドキリとしてしまったのだが。
「中でも今一番話題となっているのが、グラスランナーどもの盗賊団だ。つまりはエンダードの町村を次々襲い、略奪に励んでいるという。そう、たとえば君みたいな――」
「ちょっと、まさかそれレトのことを言っているの?!」
――しかし刹那相手が何を言いたいのかを察知したらしいメイルが、即座にその言葉へ割って入ってきたのである。
「そんなはずないじゃない!」
「おっと、もちろん私は彼がその仲間なんて言うつもりはない。そもそもそんな悪党が、酒場の居候になるなどあり得ないからな。要は、ただ注意喚起をしたかっただけだ」
「だったらそんな言い方――」
「まあ、そんなことより」
もっともディックの方は年の功というやつか、対してさほど激しい反応を返すことはなかった。いや、むしろ彼は今までのは単なる前菜だったとばかりに、少女の言葉を待つまでもなくふいに話題を変えてきたのだ。
「今日は他に大事な話があって、来たんだ」
「話? なら父さんたちが帰るまで……」
「いや、とりあえず君たちだけでいい。後で伝えてくれれば良いから」
しかも途端、意味深にぐっと身体を机の上に乗り出させてきて。瞬間、微妙な間の沈黙も落ち。
「……な、何よ」
当然ながらそれ見たメイルは警戒心も露わに訊ね返していたものの、
「――ところで近頃、色々やっているようだな」
「え?」
「何やら少女たちを集めて、歌と踊りを教えているとか」
「!」
しかし、次に禿頭の男が不意打ちともいえる一言発してくると、たちまちその眼は大きく見開かざるをえなかったのだった。
「な、何でそれを……」
むろんその言葉はメイルをして一瞬動揺させる。間違いなく相手の持つ地獄耳に圧倒されたのだろう、茫然とでもいうべき面になったのを見れば。
「はは、そんなに驚くことではないよ。何せ広いとはいえ一つの街は街、しっかりとしたシステムさえあれば、幾らでも情報は手に入る。そう、どんなに些細なことでも」
「それで、私たちのことも」
「ああ、どうやら何かのグループを作りたがっているらしい、とな」
さらに言えば、男はその情報元に何かをここへ持ち掛けてきたようでもある。それも間違いなく内密と。ゆえに瞬間対する少女が最高レベルの警戒態勢敷いていたのは、傍らにいる俺でもすぐさま分かったくらいなのだった。
「だから何よ!」
そう、ピリついたその声音を耳にするまでもなく。
「おっと、そんなにきつく当たらなくても。何せ私の話はそのこととも関係しているが、要は君らファレル家にとって決して損になることではないのだから」
「損に、ならない……?」
「もちろんだとも。つまりは――」
だが、対するディックはどこまでも落ち着いたまま。すなわちそう言ってから一旦小さな間を置くと、
「スコットさんに、私の配下に入ってくれという話なんだ」
――次いでそんな恐るべき一言、ゆっくり告げてきたのである。
もちろん、その言葉は余りに衝撃的で、
「な、何で父さんがあなたの下になんか!」
途端メイルが声を大にして拒否していたのは言うまでもなかった。
「だから、これはファレル家のためでもあるんだ」
「どういうことよ!」
「どうせ君らは、アマランスに匹敵するようなグループ作ろうと企んでいるのだろう? 客足を取り戻すために」
しかしディックの方は相変わらず実に太々しい。何より、少女を見る目にどこか冷徹な光があった以上。それゆえそれはメイルをしてさらに激高させるに充分なのだった。
「そうよ、それのどこが問題なの?!」
「分からないのか? だがアマランスは相当な金と、そして人材を掛けて作ったまさにプロフェッショナルの結晶だ。どう考えてもただの素人の手で一朝一夕に出来上がる代物ではない。だから悪いことは言わん、さっさと無駄な努力は放棄した方が良い」
「そ、そんなの分からないじゃない! そもそもあなたに言われる筋合いは……」
「これは昔世話になった恩義から言っているんだ、決して適当なものではない」
しかもいくらメイルが抗議しようとしても、相手は決して引き下がる風微塵も見せず。
「そう、そんなことに金と労力使うよりも」
さらにはふいに何とも意味深な表情となっていたのだから。
「私の下で働いてもらった方が、遥かに有意義だろう」
「……誰がそんな」
「ちなみに、『青銅の盾』は近々王都へ進出するつもりだ」
そしてついにはとどめとばかりに、次の瞬間その声音を重々しく響かせたディック。当たり前のごとく、その瞳が今や鋭い光瞬かせる。
「え、王都へ――?」
「ああ、今やアマランスの高名はあの都まで届いているからな。是非うちで見せてくれという引きも実に多い。これはまさしく最大最高の好機というやつだろう。そして実際王都へ打って出るとなると、これには相当有能な人材を多く必要とする。店の規模も桁違いに大きくなる以上。だからその時に備えて、私は今人材集めに余念がないのだ。たとえばスコットさんのような」
そう、それはまさしく必殺の一撃にも似た威力持った一言であり。いかにも勝利者然とした。
「……」
従ってメイルですら、一瞬押し黙ってしまったのだが、
「どうだ? まあ、君が決めることではなく、もちろん最後の決定権はスコットさんにあるのだろうが。とにかく、彼には経験と、紛れもなく優れた経営センスがあり――」
「と、父さんが……」
「ん?」
――しかし、その一瞬とも思える間の後、少女はきっと青銅の扉亭主正面から見すえるや、
「父さんが間違ってもそんなこと受け入れるはずないじゃない!」
突如俺でも思わす驚いたくらいの大声で、そう叫んでいたのだった。
「な……」
刹那、対峙するディックにどこまでもポカンとした表情、浮かばせて。
「ふん、せっかく良い条件で雇ってやろうと思ったのに、後で頼みこんできてももう知らんぞ!」
そうしてその声はさすがにディックをして憤慨させ、彼はすぐさまバッと椅子から立ち上がると、そのままの勢いで白羊亭後にして行った。
「まったく、ろくでもない娘だ!」
そんな実に口汚い捨て台詞、背後へ残しながら。
そして当然その後には、静けさ取り戻した酒場の中メイルと俺だけが置いていかれたわけで。
「だ、大丈夫、メイル……?」
ゆえに俺は何とも久しぶりに、少女気遣うべく声を出している。
「何よアイツ、本当に嫌な男!」
……だが当のメイルはなかなか怒りが引かないようで、いまだ扉の方見やりながらそんなこと零す始末。むろんその表情もかなり険しいものだった。
「何が昔世話になったよ、結局ただの恩知らずじゃない!」
「ま、まあ、でもメイルの答えは正解だったと思うよ。さすがにいきなり配下になれ、は……」
それゆえ結局おずおずとそうなだめるしかなかったものの、
「もう頭にきた、絶対にアマランス超える歌踊団作ってやる!」
しかし突然その少女がこちら振り向き強い言葉掛けてくるや、
「ね、レト!」
「……あ、ハイ!」
何とも情けないことに、今の俺にはそう答えるしか術が一つもなかったのである。




