31.招かれざる客(1)
かくて始まったのは、アイドルグループ作ろうとするための、余りに大事な日々だった。むろん俺はまだその『アイドル』という言葉は直接使っていない。概念の詳細を説明するのが難しいこともあり、それを言ったところでまだ誰にもうまく伝わらないと思ったのだ。それゆえ五人の少女たちは今のところ、『歌踊団』メンバーに選ばれたということとなっている。つまりは酒場や劇場で自らの演技披露して、お金を稼ぐような。いわゆるプロの。まあ、ではそうなると結局アイドルとそれの何が違うのか、その境界線がどうにも曖昧にはなるのだが。
いずれにしても皆が同じ方向を向いている内は、そうした微妙なポイントは大して問題になどならないはずで。
――ゆえに俺は二人の教師が来たこともあり、ようやくにしてこれからの展望に僅かながら手応え、感じること出来始めていたのだった。
(だが後は、やはりメンバーとの相性だな)
もっとも初回のレッスンの光景を見る限りでは、その前途はやや多難である。すなわち二人の個性的な教師の教え方は双方ともにかなり独特で、はたしてメンバーがちゃんと付いて行けるか、そっちの方が心配だったゆえ。
(エドラはちょっと、いや大分厳しいやり方だったな)
そう、たとえばオークのエドラはほとんど軍隊式のスパルタ方式を大層好むようで、筋トレやら体力づくりのメニューが取り分け多かった。もちろんダンスにはそれらも必要となるのだろうが、初回だけの印象で言うと余りに度が過ぎた感さえある。当然というか、見学者の俺ですらあの日は少なからずビビっていたのだから。
(もう少し柔らかくできないか、聞いてみるか)
むろん月100コラムという低料金で来てもらっている以上、かえってこっちが遠慮してしまうくらいだったが、まあ、それとなく頼んでみる程度なら。
(……ユージンも、あの気の弱さがなかったら)
そしてもう一人、歌の教師のユージン。つまりはベネット先生の代わりに来たという、あのバンシー。彼女に関しては、初日に浮かび上がった問題点は完全にエドラと正反対の方向で。
(声も小さいし、いまいちメンバーに熱意が伝わりにくいんだよな)
はたしてユージンは余りに声が小さく、態度もおどおどし通しだったので、どうにも迫力というものが欠け過ぎていたのである。
(キルデアなんか、ずっとイライラしていたっぽいし)
従って生真面目で歌に自信のあるセイレーンに至っては早く色々教えてほしくて焦れていたようで、時折ぼそぼそ声の教師に強く突っかかってもおり。
『すいません、もう一度お願いします!』
『あ、だから高音を出すときは……』
『え、何ですか?』
そんな強い口調で聞き返していたのも、実にもって印象的――。
(でも、教えている内容は結構良かったからな)
とはいえ純粋にレッスンの内容見るだけなら実に理に適ったやり方だったのもまた事実、ゆえに俺としてはすぐ彼女を非難することももちろんできず、
(まあ、でも慣れてくれば、あの人も段々)
そう自分に言い聞かせ、とりあえず納得するしか今は術がないのだった。
◇
そうしてそれでもいつしかレッスンは進み、ついには一週間が経過していた。
「ありがとうございました!」
その日の午後、ユージンの6回目の授業が終わり、そしてその後も最後まで残っていたホーリーが礼儀正しくお辞儀して去って行くと、白羊亭にはつかの間の静けさが訪れることとなる。要はファレル一家と居候の俺、それだけで過ごす時間だ。それゆえそれまでの大層な賑やかさも忘れ、酒場はようやく静かに夜を迎えるかと思われたのだが。
「やあ、お久しぶり」
しかしこれで後は夕食を食べるだけというゆったりした時間帯に、その男はふらりと店の扉を潜ってきたのだった。
「あ、あなたは!」
しかもそれ出迎えたメイルの、途端放たれた驚愕の声、ともとして。
「お、メイル、元気かね!」
そう、そこにいたのは、俺ももちろん『青銅の盾』で一度見たことのある顔。
禿頭に太い黒眉、そして長いもみあげと顎髭蓄えた、50近いと思われる妙に目つきの悪い――。
「ディック、あなた……」
すなわちそれは青銅の盾オーナーにして、元白羊亭従業員、あのディック・オーウェンに他ならず、
「どうしたね、そんな驚いた顔をして。私が来るのが、そんなに意外なのか?」
はたして彼は胡散臭い笑みその顔に浮かべると、ゆっくりと、だが遠慮なく元働いていた酒場の中へと入って来たのである。




