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30.教師二人(2)

「さあ、たっぷり食べな!」


 だが、彼女たちには酷ながら、レッスンがあれで終わりのはずはない。そう、午後の歌の練習もある以上、後はゆっくりしていて良いという訳にはいかないのである。


「わ、美味しそう!」

「本当、マジでこれが楽しみで!」


 それゆえ当然ながら昼を迎えるや始まったもはやお馴染みの食事会、そこでメンバーたちにはできるだけ再び英気を養ってもらうしかなく。


「いただきます!」


 むろん五人も早速同じテーブル囲んで、お喋りともども一時の憩いの時を迎えていたのだった。


「この山羊肉美味いな」

「ねえ、キルデアのその髪、染めているの?」

「いえ、何もしていないわ」

「ホーリーってどこに住んでいるんだ?」

「えっと、モーリス地区だけど……」


 そう、この時だけは年頃の娘にふさわしい、無邪気ともいえる空気その身に纏って。



「くそ、何なんだあいつ。やたら筋トレばっかりさせやがって」

「結構厳しかったね、僕もやばかった」

「厳しいなんてものじゃない、あのオーク女は鬼だ!」


 ……とはいえ気づけば次第に口から出てくるのは、やはりほとんどがあのエドラの悪口ばかりとなっていた。それも隣のテーブルにいた俺にもはっきりと聞こえたくらい、大きな声で。


「踊り手だか何だか知らねえが、偉そうにしやがって。結局身体が痛くなっただけじゃねえか!」


 そしてもちろんその先陣を切っているのは、言うまでもなくユリアーデだ。そもそもがエルフとオーク自体、種族として相当相性が悪いのだろう、その口ぶりには遠慮というものがない。はたしてそれ耳にしてしまった俺が知らず溜息零していたのは、当然のことだった。


「……で、でも、それなりに教え方は理に適っていたと思うよ。とにかく体力は必要のはずだから」

「何だよ、アリーシャ。あいつの肩持つのか?」

「いえ、そういうわけじゃ……」


 するとそこにアリーシャがおずおずと入ってくる。まさしく相手のご機嫌窺いながら、とにかくなだめよう、といった風で。


「ふん、あんなオークの言うことなんか聞く必要ねえよ! 何ならこっちで勝手にやってやる!」


 だがしかし、当のエルフの怒りがその程度で収まるはずなどもちろんなく、


「今は食事中よ。ユリアーデ、うるさい」

「あ、何だと?!」


 しかもリップルとホーリーが恐る恐るその姿見守っている中、ふいにキルデアが冷たく言い放つと、彼女の憤怒のボルテージはむしろますます上がっていく一方なのだった。


「ふざけんな、俺はこのグループのために――」


                  ◇


 かくしてそんなこんなのあった食事も終わり、時間はいつしか次のレッスンを迎える頃となっていた――。


「ベネット先生、遅いなあ」


 だが、そうしていよいよ皆が改めて集中力取り戻そうとしていたにも関わらず、なぜかメイルは不安そうな顔だ。


「まさか忘れちゃったとか?」

「いえ、先生に限ってそれはないはず。とにかくしっかりした方だから」

「じゃあ、もう少し待とう」


 そう、彼女が前もって依頼していた音楽教師のベネットさん――メイル、というかファレル家とは古くからの仲らしい――が、時間になってもなかなか姿見せてくれなかったのである。


「まあまだ初日だし、そんなに慌てる必要は」

「うん、そうだけど……」


 それゆえ入口付近に立って外窺っていたメイルは、俺の言葉耳にしてもその先生のことで頭一杯、結局やきもきした表情が晴れることはない。自らが責任もって雇ったのだから、それも当然だろう。


「家まで呼んでこようかな?」

「いや、だからそこまでしなくても」


 それゆえむしろしまいには、そんなことまで言い出したのだが。待っているのも我慢できないとばかりに。



「あの……」

「え?」


 ――しかしそのためだろう。次の刹那あらぬ方から突然誰かより声を掛けられると、知らず俺も含め俄然ビックリ眼現わすこととなったのだった。



 そこに立っていたのは、青白い肌した30くらいと思われる一人の女性だった。緑色のワンピース+サンダルといういでたちで、灰色の長い髪と同色の切れ長の瞳が印象深い。そして何よりも、その醸し出す雰囲気が何とも儚げというか一種独特で。


「白羊亭、の方ですか?」


 しかもメイルに近づくなり、そんな言葉続けてきたのである。


「え? あ、はい」


 従ってメイルが目を白黒させたのも、どうやら彼女にとってそこにいるのが未知の人物だったらしいのだから当然のこと。必然的に少女は間も置かずすぐ物問うていた。


「それで、あなたは……?」

「あ、私、ベネット先生から頼まれて……」

「え? 先生から?」


 すると相手はどこかおずおずした態度のままそう答える。細い身体同様今にも消え入りそう、まさしくそんな小さな声音で。


「先生から、何を?」

「それが、その」


 しかも何とも言いにくそうに、一瞬だけ尻込みしたのだが。そしてむろん焦眉の人物の名が出てきたので、メイルが驚き示したのは言うまでもない。


「はい。先生急に都合が悪くなって、代わりに弟子の私が歌の教師承ることになったんです」


 ――しかし次の瞬間、そんな女性はメイルも思わずさらに驚くようなこと、告げてきたのであった。


「あと申し遅れました、私ユージンと申します。……ちなみに、バンシーでして」



「え、あなたが歌の教師?!」


 むろんようやく現れたその教師の様相は、待ち構えていたメンバー全員をしていたく驚愕させるに充分なインパクトだった。何より、そのユージンと名乗った女性は自らバンシーであると明かしたのである。そう、つまりそれは、死人が遠からず身の回りに出現することを告げる、実に不吉な妖精の名で――。


「ええと……」

「あ、でも、今日皆さんの顔見て、泣かなかったので全然大丈夫です。恐らく三ヶ月間死者は……」

「いえ、そういうことじゃなくて」


 そして中でもほとんど唖然とした顔見せたのは、歌の得意なキルデア。だが彼女に関しては、どうも相手が不吉な存在であること以上の、より大きな問題があったようであり。


「バンシーって、基本的に声が小さいような……」


 すなわち、立ちはだかっていたのは歌を教えるに当たって余りに根本的な難点。結局それがある限り、前には僅かしか進みようがない――。


「あ、だけど全力で取り組むんで、至らないところはあるかもしれませんが、よろしくお願いします……」

「……」


 それゆえまるで自分の方が教わるようにユージンが続けて言ってくると、キルデアの眉間の皺もさらに大きなものとなっていたのである。


「それで、もう始めていいですか?」


 もちろんそうしてようやく教師らしい一言が、ただしやたら控え目に出てきても、全く変わることなく。

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