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29.教師二人(1)

「で、できるかよ、いきなりこんなこと!」


 それはメンバー招集から三日後、すなわち予定通り迎えたレッスン初日のこと――。


「ていうか、ダンスの練習をさせろよ!」

「何だい、まだ始まったばかりなのに、そんな音を上げて」

「だからこれは、ただのトレーニングだろ?!」


 白羊亭一階の食堂、ただし今は机と椅子を全てどかしたスペースには、朝からユリアーデの悲鳴にも似た大声が響き渡っていた。


「いてっ、くそ、もう筋肉痛が……」


 しかもそんな床の上仰向けになった彼女の顔には、すでにして大量の汗が滴っている。いつもなら雪花石膏のごとき艶やかな白肌も、そうなってしまうともはや台無しだ。つまり今はまさに、オークのダンス教師エドラ、彼女が考案した訓練メニューの第一段階をやっている真っ最中で。


「はあっ、はあっ……」

「いててて、もう、腹筋できないよ……」

「……さすがに、きつい」

「も、もうダメ……」


 それゆえエドラ言うところの早くも音を上げ出したのは、結果ユリアーデのみならずお揃いの上下青ジャージのような服(セバトというファルセリアにおける一種の仕事着らしい)着たメンバー全員なのだった。


「畜生、ふざけやがって!」


 むろんそんな中一番激しい拒否反応起こしていたのは、やはり他でもないそのエルフ娘ではあったのだが。



「――え、この人が?!」

「マジで……」


 ……そもそも、今日の朝白羊亭に集結した五人の前にエドラが現れた時点で、俺は何かよからぬ予感覚えていた。


「そう、この人が今日から君たちにダンスを教えてくれる、エドラ先生だ」

「でも、何でオークに?」


 特にユリアーデに至っては、その姿見た途端驚きを通り越して嫌悪にも似た表情、はっきりと現わしていたのだから。


「何でって、彼女は腕利きのダンサーだからね」

「本当かよ?」

「ああ、もちろん――」

「そんなお喋りは後でたっぷりやりな」


 そして何よりも、そんな第一声発したエドラ自身がとても打ち解けやすい雰囲気持っているとはいえなかったゆえ。


「な、何?」

「だからこれからすぐレッスンに入るんだよ、早く用意するんだ!」

「え、もう?」


 従って大柄なオークがパンパン手を叩きメンバー皆を突然促すと、


「そんな、心の準備がまだ――」


 アリーシャなどは、眼を白黒させながら慌ててそう零していたのである。



 ちなみに自己紹介もそこそこに開始されたエドラの言う最初の訓練、いわゆる筋トレが俺からしても相当キツそうなメニューだったのは言うまでもない。


「まずは何をするにも基本から! さあ、腕立て20回!」


 そう、つまりそれは腕立て伏せ、スクワット、腹筋をそれぞれ20回ずつ、しかも合計3セットやるというハードなものだったのだ。


「冗談じゃない、そんなのやれるか!」

「できない奴は置いていくだけ。だからさっさとやりな!」

「ちくしょう!」


 ゆえにユリアーデからは、取り分け凄まじい抗議の声が上がっている。


「……にしてもあんた、さっきからやたら文句が多いね」


 すなわち当然ながら、エドラの目にも早速止まってしまったくらいの。


「何だよ!」

「でも、そんなにやる気がないんなら――」

「あ、待ってください、エドラさん! 彼女初日で、もちろんまだ身体が十分慣れていなくて……」


 だがそれは同時に、エドラとの契約の日に交わしたあの約束を破ってしまうということでもある。よってその言葉聞いた俺が慌てて横から口を挟んでいたのは、必然的な行動以外の何物でもないのだった。


「だから他のみんなにもそうだけど、今日の所はどうかお手柔らかに」


 はたして必死ともいえる響き、その声音にしかとこめて。


「……うん。まあそうだね、さすがに最初から飛ばし過ぎはマズい。あんたの言う通り、今日は少し緩めにいくか」


 するとその言葉は確かにそれなりの効果があったのだろう。


「ありがとうございます!」

「じゃあ、腕立ては15回!」

「……え」


 一応、下町から来たダンス教師はそんな配慮、うんざりとした五人の少女たちの視線の中示しはしてくれたのだから。


「でも、あまり変わらないような……」


 再びアリーシャが小さく困惑の呟き、洩らしたように。



「ハアッ、ハアッ、ハアッ……」


 かくしてとにもかくにも結局午前中一刻(三時間)の間、最初のダンスレッスンはほぼ筋肉トレーニングに努めることで終始することとなった。何せ、オーディション当日あれほど偉そうにしていたユリアーデからしてすでに十分へばり気味なのだ。その厳しさ、激しさたるや見ているだけでこっちの息すら上がってきたほど――。


「何か、凄いね……」

「ああ、想像を超えていた……」


 それを傍から見ていたメイルと二人で、思わずそんな呟き交わし合ったように。


「よし、こんなもんか。……おっと、もう時間じゃないか」

「!」


 それゆえエドラがようやくそう言ってくれた時には、見学していた俺たち含め全体にホッとした空気すら流れたくらいだったのである。


「さあ、今日はもうこれで終了!」

「エドラさん、ありがとうございました!」


 そして涼しい顔で鬼の如き女教師がさっさと白羊亭を後にしていくや、


「くそ、もう身体が……」

「ああ、疲れた」

「お昼の後も、持つかな……」


 ――その後にはユリアーデを頭として五人のメンバーによる悲愴なまでの喘ぎ声が、室内をどこまでも満たすこととなったのだった。

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