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26.実技試験(2)

 はたして、その後行われた試技の模様をかいつまんで説明すれば、以下の通り――。



「ああ、歌の方は上手くいったんだけどな……」


 演技後自らが言ったように、アリーシャの歌声はかなりレベルの高いものだった。つまりはキルデアほど洗練された感じではなかったものの、しかしすでにして充分舞台に立てるくらいの段階にあり。すなわちこれで、ちゃんとした先生に教えてもらえることできれば。


「後はダンスか――」


 一方踊りに関しては、及第点を与えるのは少々厳しかっただろう。むろん一生懸命メロディに合わせてはいたのだが、全体的に俺から見てもかなりぎこちなかったのだ。特に身体の柔らかさ、しなやかさがキルデアと比べても欠けているように思われ。まあ、これも練習次第で解決できる範疇の問題とは考えられたが。


「ありがとう。良かったよ」


 それゆえ俺は息を荒くしている相手へ、すぐさまにこやかに労いの言葉掛けていたのだった。



「ちぇっ、やっぱり歌は難しいなあ」


 次いでステージに立ったのは猫娘のリップル。彼女に関しては、まさしく完全にアリーシャと真逆のタイプであると言えた。つまり、歌はちょっと音程を取るのにすら難渋していたのだが、対照的にダンスパートに入るとガラリ印象が変わったのである。


「ほお、こりゃなかなか」


 そう、後ろの席で完全に観客と化していたスコットが思わず唸り上げたように、その舞は実に見応えのあるもので、それは言うなれば野性的、感性の赴くままといった感あったもの。


「へえ、やるじゃん、あいつ」


 もちろんやたら偉そうにユリアーデが放った感想、わざわざ聞くまでもなく、特にそのスピード感には瞠目すべきものさえあるのだった。


「ふう、ダンスはこんなもんか」


 何より、激しく踊った後もさほど息が上がっているように見えなかったのが印象的で。



 そして次に控えていたのは、件のはや問題児枠に入ったユリアーデ。

 そもそもが最初から実技を希望していた彼女、それは当然ながら余程の自信あるゆえと思われたのだが――。


「す、すご……」

「何て、綺麗なの」

(これは……)


 その言に違わず、目の前で繰り広げられた特にダンスの腕前に関しては、まさしく脱帽するしかない出来栄え、それ以外の何物でもないのだった。


「……さすが、エルフね」


 何より、それは休憩中のキルデアが呟いた一言を聞けば明らかだろう。つまりは先ほど喧嘩したばかりの彼女にとっても、その感嘆を抑えることはとてもできなかったらしく。

 ――そう、その舞はまさしく音楽と寸分違わず一心同体となったくらい完璧なもの、今すぐ舞台に立ってもおかしくないくらいのレベルで。


「……なるほど、偉そうなだけはある」


 そしてその長い手足とすらりとした身体は実に滑らかにステージ上を動き、跳び、一瞬の隙も見せないまま俺をして感動の溜息零させていたのだった。


「へへ、こんなもんか。……歌はちょっと微妙だったけど」


 ――はたして試技後自ら舌を出してそう述べたように、最初の歌の部分については平均よりやや上あたりだったとはいえ。



 こうしてあと一人を残し、実技試験は四人分が終了を告げた。俺が様々な感を心の内に抱きながら、それと同時にすぐさま頭の中で冷静に計算していたのは言うまでもなかった。

 つまり、簡単な順位付けを行っていたわけで。


(歌に関しては、キルデア、アリーシャ、ユリアーデ、リップルの順か)


 先ほどの光景を思い起こしながら、はたしてそんなある種の表が出来上がっている。


(キルデアがもちろんかなり飛び抜けているけど、アリーシャも悪くない。そして後の二人は、そこそこ練習が必要だな)


 そうした密かな心の声も、呟きながら。

 すなわちそれくらい、さっきの演技から分かったことはやはり多く。


(そしてダンス。こっちは逆というか、ユリアーデ、リップル、キルデア、アリーシャ。こんな感じになるな)


 かくて色々考慮してみれば、結果は実に好対照なものが弾き出されていたのである。


(ユリアーデはほとんどプロ並みだけど、リップルの激しいダンスも捨てがたい。後キルデアは大人しすぎて、アリーシャは動きが硬すぎる、と)


 とはいえまだ一人残っているのもまた事実で、ここにそのホーリーを加えると、はたして順位表はどうなるのか……。


(大丈夫かな、あの子?)


 ――と、だがその刹那面接時の彼女のどこまでも自信なさげな様相がふと思い出されて、俺はなぜか思わず不安な呟き、心の内で知らず零していたのだった。



 そしてついにその時は訪れ……。


「じゃあ頼むよ。君で最後だから」


 俺はなるべく相手に圧力掛けないよう、穏やかに声掛けていた。むろん対するのはホーリー、あのドワーフの少女だ。ここへ来てからずっと臆病な感じの、だが他の女の子たちにはない独特の雰囲気持った。


「は、はい……」


 もちろんだからといってホーリーの様相がガラリと変わるわけはない。少女は相変わらず面接の時同様、ビクビクしっぱなしだった。


「では、ピオトさん。お願いします」

「よしきた!」


 とはいえそんな彼女が落ち着くのを待っている時間もなく、俺の合図とともにピオト老は再び愛用のヴァイオリンを素早く構える。当然弾くのは今まで通り『小人六人』、どこかドジな盗賊たちを旅の剣士がこらしめるという軽快な歌。当たり前だが、ホーリーでもそれは充分どこかで聞いたことあるはずで――。


「さあ、行くぞ!」


 はたして次には老楽士の九曲目とは思えぬいまだ力漲る掛け声をきっかけに、とうとう彼女の実技試験が始まったのだった。



「何だ、あいつ? 歌ってんのか?」


 ――だが、そうして満を持して試技が開始されたのにも関わらず。

 ユリアーデが首を傾げ遠慮なく言ったように、俺たちのいる席へは少女の声はいっこうに届いてこなかった。


「あら、ホーリー、声が出てないわよ」

「調子悪いのかな?」


 むろん一番前で聞いていたアリーシャとリップルの二人に至ってはむしろ心配顔である。それくらい、どうやらか細すぎるホーリーの歌声はヴァイオリンの音にすら負けてしまったようなのだから。おのずと、その様見ている聴衆は訝しげか案じるような思い抱かざるをえない。


「どうしたの? それじゃ合格できないわよ。ほら、しっかり」


 それゆえどこか厳しい風のあるキルデアすらそんな気遣わしげな言葉掛けたものの、


「……」


 ドワーフ少女の声は大きくなるどころかますます小さくなったようですらあり、不幸にもというべきか、俺の先ほどの不安は見事的中することと相成ったのだった。


「レト、止めてあげたら? たとえばもう一回最初からとか」

「いや、だめだ。これは試験なんだから。絶対に他の人と同じ条件で」

「う、うん」


 しかしその様はあまりにみじめで、ついにはメイルが俺にそう提言してきたが、むろんそれを受け入れる理由は一つもなく、


「とにかく、最後まで」


 俺は非情にもステージ見ながら、そんな一言告げていたのだった。


 もちろん、歌がこうなってしまった以上、次のダンスの方の結果も似たようなもの。


「ホーリーちゃん、しっかり!」

「そうそう、いつも通りにやればいいんだ!」


 たまらず応援し始めたファレル夫妻の努力にも関わらず、その演技はまさに惨憺たるもので。


「あちゃあ、ステップも何もバラバラだ。そもそもリズムが全然取れていない」

「それに緊張し過ぎよ、もっと冷静にならないと」


 いつしか中の悪い同士のはずのユリアーデとキルデアが二人して解説行った通り、まこと見るに堪えないレベルとなってしまったのである。


「ハアッ、ハアッ……」


 しかも開始僅かしてホーリーの息は完全に上がってしまい、もはやダンスとしての体を成していないほど。ゆえに再びそれ見てメイルが口を出してきたのは言うまでもない。


「ああ、だからレト、一回彼女のこと休ませてあげてよ! 大変そうよ」

「だから、それは何があってもダメなんだ」


 だが、俺は頑としてその意見受け入れること出来ず、


「でも、どうして?!」

「これはオーディションなんだ。とにかく絶対に、他の人とは公平にやらないと」


 そうあくまで厳しく、少女へ向かって言い返していたのだった。


「う……それは、そうね」

「うん、こっちも遊びでやっているわけじゃない以上」


 すなわちそれくらい、俺がこのオーディションにかける気持ちは本物で。


「とにかく、最後まで。それが絶対条件だ」


 ――そこには決して妥協して良い点など、あり得るはずもなかったのだから。



「ふう、ふう……」


 かくしてほとんど何もできないまま、ホーリーの試技が終わった。


「よくやった!」

「頑張ったね!」


 むろんその健闘を讃えて夫妻が温かい声援上げたが、しかし最悪の演技になってしまったという重い事実は動かしようがない。何よりも少女自身がかなりショックを受けていたのは、あまりに明らか過ぎるほどだったのだ。


「ホーリー、ありがとう。お疲れ様」


 当然俺は俺でそんな彼女のこと労ってやろうとしたのだが、


「す、すいません。こんな下手なことしかできなくて……」


 対するホーリーは完全に落ちこみただ謝るばかりである。むろん、実に哀しげに。――だが同時に、それはよほどこのオーディションに熱い気持ち掛けていたという揺るがぬ証拠に他ならない。


「何、そんな気にすることはない」


 よって俺はその努力と思い心の底から讃えんと、


「それに、まだ落ちたと決まったわけじゃないから」


 そんな励ますような言葉、告げていたのだった。


「は、はい……」


 対する相手が、完全に失意のどん底にいたとしても。


                  ◇


 ……さて、以上が、実に様々な出来事あったオーディション当日の大体の顛末である。朝から始まったこの一大イベントも、気づけばいつしか正午過ぎを迎えていた。当然五人の応募者初め酒場にいた者は皆完全な空腹状態で、


「さあ、みんなご苦労さん。これから食事を始めますよ。もちろんお代はいりません!」


 ジェシカのそんな掛け声とともに、ようやくほっとできるひと時迎えること適ったのである。


「オーディションに来てくれたみんな、今日は本当にありがとう! 後はゆっくりしていってくれ。それと、結果は後日自宅へ手紙で送るから!」


 そして俺も合わせてそう告知し、


「へえ、手紙で……」

「緊張しちゃうなあ」


 少なくとも五人中四人がどこかわくわくした顔だ。自信あるなしに関わらず、とにかくやることはやりきった感があるのだろう。ただし一人を除いて、の話ではあったが……。


「では、どうぞ召し上がれ! そして今日の健闘が報われるように!」


 そして白羊亭を代表してスコットが楽しげにそう声上げると、


「うわ、美味そう!」

「本当だ、ラッキー!」


 特にユリアーデとリップルの喜びに満ちた声音が酒場内にけたたましく響き渡り、かくして俺にとっても緊張の連続だった時間はようやく終わり告げたのだった。


「……」


 ――もちろんただ一人、食堂の隅っこで落ちこんでいたホーリーを、置いてけぼりにして。


 そう、彼女にとってはこの楽しい時間も、長々とした苦痛でしかなかったはずで……。

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