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18.作戦開始

「にゃー」

「あ、待て、落ち着けって」

「にゃん?」

「そうそう、ちゃんと俺の言う通りにしてくれよ」


 メイルと二人して裏町へエドラに会いに行った、その翌日のこと――。

 白羊亭店内には、俺のなだめるような声と、そして16匹の猫たちの騒がしい鳴き声が所狭しと響き渡っていた。


「とにかくこれだけ書かせてくれたら、もう完成だから」


 もちろんかくいう俺はとにかく必死である。すなわち、この今やっている作業がこれからの大仕事の成否へ大きく、重たく関わってくる、それはまず間違いなかったのだから。


「そうそう、後、ここに日時を書かないと――」


 そう、つまり俺はブラシと染料それぞれ片手に、早一時間近くはずっと似たような奮闘し続けていて。すなわち猫たちの身体に、これから行われるオーディション内容と場所、日時誤りなく記していくという。


「日にちは五日後、4月10日。興味のある方は是非ご参加を、と」

「ねえ、それちゃんと落ちるの?」


 すると、背後でその作業見守っていたメイルから質問が飛んできた。むろん疑いなく、どうにも我慢できず、といった感のある声音だった。


「もちろん。ケヴィンから買った染料だけど、魔法がかかっていて、四日で丁度消えるらしいから」

「へえ」


 対してちらとそちら振り返り答える俺。いかにも心配ないといった体で。


「まあ、あの人の店なら、大丈夫か」


 ちなみにケヴィンというのは、白羊亭近所で商いをしている魔法道具屋のせがれのこと。メイルとはもちろん昔からの顔なじみで、俺が広告用の道具、染料とブラシが欲しいと頼むと、はたしてそんな彼をすぐ紹介されたのだ。


「……でも、ケヴィンもまさかレトが自分から買った道具をそんな使い方するとは、想像すらしていなかったはずよ」


 もっとも当の紹介したメイル自身は、なぜかかなり呆れた顔表していたのだが。


「はは、これか? でも仕方ないよ、市の公示人を使うと、相当金が掛かるらしいから」

「まあ、そうだけど……」


 対する俺がそう応じても。

 とはいえ今の言葉にもあった通り、メールジェアン市に所属する公示人と呼ばれる、広場や街角で様々な布告や広告を行う人々に仕事頼むのは経済面からいかにもリスクが高い。従って俺がこんな奇妙な方法編み出したのも、状況から考えればさも当たり前のことでしかなかったのである。


「猫の身体に文章書いて、それで街を歩かせるなんて。本当変な広告」


 相変わらず何とも浮かない風漂わしているメイルを、尻目にして。


「とにかく人を集めないといけないからな、どんな手段を使ってでも。それにもちろんこの子たちには、ちゃんと後でお詫びとしてたっぷり褒美与えるさ。とびっきりの美味しい餌を」

「それはそうだけど、――でもレトってやっぱり本当に魔法使えたのね」


 と、そこで少女がふと話題を変えた。それは言うまでもなく、今俺がまさに猫を集め完全に大人しくさせていることに対してのものだった。


「ああ、これのこと? うん、何となく外で猫たち呼んでみたら、ちゃんと16匹も来てくれて、しかも言うこと聞いてくれたんだ。あの時の鴉みたいに」

「オークたちが襲ってきた時ね。確かにあれは凄かった」

「だからせっかくなんで、この技使わないわけには」


 むろん俺はどこか得意げに答えている。そう、まさしく今まで半信半疑だった動物操る力が、まさかここに来て随分役立てられることとなったのだから。すなわちこの魔力は、まさしくあの『門』の番人の孫が感謝として与えてくれたものに他ならず。


(よし、これならオーディションの人集めもうまくいくはず。そう、必ずこの広告見た中の、その内何人かは)


 そしてそれゆえだろう、俺は最後の灰猫にしっかりと赤の染料でペイントしていきながら、頭の中ではそんなこと考えていたのである。



「!」

「あっ」


 ――と、そうして作業もやっと山場を迎えた、その時だった。


「これって、歌?」


 ふいにメイルがそう呟き、そしてその音の聞こえた方へと振り返る。それは酒場の入口付近、一台のテーブルが置かれている場所で。


「おや、仕事の邪魔をしてしまったかな、こりゃ失礼」


 すると途端、その気配察した音の主が、そんな詫び言葉告げてきたのである。

 白髪白髯、痩せぎすの体形で、レンガ色のローブ纏った、――また隣には孫らしき少女同席させた、一人の穏やかそうな老人が。


「つい気持ちよくなって歌ってしまったわい」

「いえ、そんな。元はと言えば私たちが店の中使っちゃっていて……」

「ふむ、だがこんなに猫がいて、アルミカも喜んでおる。だから構わずそのまま続けてくれよ」

「はあ」


 そう、つまりそれは超久々にここ白羊亭を訪れた、実に珍奇な客人。それもどうやらかなりの田舎から今日観光でやって来たらしく、俺同様この街のこと何もわからぬままこの店へたまたま入ってきたようで。そしてそれゆえだろう、その時ちょうどグラスランナーが猫相手に謎の作業熱心に行っていても、嫌な顔一つせず椅子に座ってくれたのだった。


「お騒がせしてすいませんね、せっかく来ていただいたのに」


 かくて今度は逆にメイルの方が謝罪の一言述べている。確かにそこにいるのは貴重極まる大切な客、とにかく今は存分に楽しんでもらわなければならない。当然ながらその声音には心の底から真心がこもっていて。


「ゆっくりお寛ぎください」


 何より彼女としては実に久方ぶりに、接客用の声ちゃんと発することができたのだった。



「あの、今の歌」


 だが、その刹那、俺はメイルとは全く違うこと考えていた。


「え?」

「凄く聴きやすいというか、素敵な曲だったんですけど」

「ああ、今のか」


 すなわちつい今さっきまで老人が口ずさんでいた、一つのメロディー。それは穏やかで、そして俺にはなぜかどこか懐かしさすら感じられて。


「あれは儂の地元の歌じゃよ」

「歌詞はついていないんですか?」


 それゆえつい気になって、そんな質問までしてしまう。


「うむ、特にそういうものはないな。ただ、幾つかの曲が昔から村に伝承されているだけじゃ」


 むろん気の良さそうな老人は、そんな俺に対しても静かに応じてくれたのだが。


「何せ山の中の鄙びた寒村、大した娯楽もなく、楽しみといえばこういった歌くらいなのでな」

「山の中……ひょっとしておじいさんたち、イムルの出身ですか?」


 するとそれを耳にして、隣からふとメイルも問うていた。それはいかにも興味深そうな響きだった。


「ご名答。まあほとんど何もない田舎じゃが」

「そんな。でもはるばるメールジェアンまでいらしたんですね」

「知り合いに会うついでに、観光も兼ねて、な」

「今日は天気も良く、観光日和ですしね」

(イムル……どこかで耳にした名前だな)


 そんな二人の会話の中に、だがふと俺がどこか引っ掛かりのようなものを覚えつつ。


(前にメイルから聞いたんだっけ?)


 そう、あれは確かメイルと初めて会った、そのすぐ後のことで。

 少女は確かその時、俺のことを少し不思議そうに見つめていたような気も――。


「――あ、猫さんが!」


 そうしてなぜかどうしてもそれが気になり頭の中から何とか探し出そうとしかけた、……しかしその時、

 ふいにそれまでウサギのシチューに舌鼓打っていた七、八歳くらいの孫娘――小麦色の肌に茶色く短い髪、活発そうな黒瞳した女の子――が俺の方見て、突然大きな声を上げたのである。


「向こうに行っちゃう!」

「え?」

「あ、レト!」


 途端その言葉にハッとし、慌てて自分の手元へ目を落とした俺。もちろんそこでは布の敷かれた床の上、灰色猫が最後のペイント受けようと静かに待ち構えているはずだったのだが。


「あ、こらこら、まだ動くなって」

「にゃあ?」


 しかし違う話が始まりついに待ちくたびれてしまったのか、彼は今にもその布上から歩み出そうとしていたのだった。後日にちを入れればOKな状態のまま。


「ごめんな、すぐ終わらせるから」


 もちろん俺はそんな野良猫に、すかさずしっかりフォロー入れている。そう、今日ここに集まってくれた猫たちは皆、例外なく俺たちにとって大事な助力者に相違なく、


「都会の猫って、大人しいんだね!」

「うむ、儂も始めて見た、あんな行儀の良い猫たちは」


 何よりイムルから来た二人が言うように、魔法が介在するとはいえどこまでも協力的だったのだから。



「よし、これで完成だ!」


 そして数分後。ついに全員分の広告ペイントがつつがなく終わりを告げると、


「へえ、意外と上手いじゃない」

「ふふ、猫さんたち何か身体に書かれちゃったよ」

「ふむ、不思議なことをするもんじゃ」


 その完全態前にメイル及び部外者二人が洩らした感想耳にしながら、


「後は君たちが四日間自由に街中を歩いてくれれば申し分ない。そして後はまたここに戻って来てくれよ、ご褒美をあげないといけないから!」


 最後に、俺はどこまでも楽天的にそんな言葉、16匹の猫たちへ勇んで掛けていたのだった。

 

「本当に誰か来てくれるかな……」

「大丈夫さ、きっと」


 そう、そして後は五日後、メイルはいまだ疑わしげだったものの、とにかく来たるオーディションの日に人が集まるのをひたすら待つだけで――。

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