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17.踊り手エドラ(2)

「まあ、特に何もないけど。お茶くらいは飲む?」


 そうして通されたエドラの家。むろん俺たちが入ったのは客間と思われる一室だった。


「い、いえ、突然訪れたわけですから。もちろんお構いなくで……」

「そう。それじゃそういうことで」


 すなわちそこは中央に長方形の机と椅子四脚が置かれた、広さとしてはさほどでもない部屋。石床で、入って右側に箪笥、左側に本棚及び花瓶の置かれた小卓設えられた見た目である。また加えて小卓の傍には窓が穿たれていて、そこから四月の涼しい風がそよそよ入りこんでいた。


「とにかく座りな。落ち着いて話そう」


 だが何よりも俺の気を引いて仕方なかったのは、やはり目の前に座った大柄な人物――踊り手のエドラ以外何物でもない。垂れた頬、上向きの鼻など完全なる豚の顔の中赤い瞳輝かせ、そしてその身を緑の上衣、赤紫のスカート、紫のケープで包みこんだ。もちろんこの世界に来てから早お馴染みになった感すらあるオークの一人だったが、しかしこうして改めてじっくり面と向かうとその存在感、威圧感には相当なものがあったのだ。


「あ、ありがとうございます」


 それゆえだろう、特に俺は会った瞬間から子犬のように気持ちずっとビクビクしたままであり、


「エドラさん、ではよろしくお願いします」


 ……かえって隣に座ったメイルの方が、今はよほど度胸が据わっているとすら思われ。



「――それで、教師の話だったね、確か」


 そして二人が一息ついたと見ると、エドラは机に両肘ついた姿勢のまま、ゆっくり言葉を掛けてきた。外見に似合わず意外と艶っぽい、そんな不思議な声音だった。


「はい! でもそれは私たちじゃなくて、女の子たちに対してなんですけど。ね、レト」

「あ、そうです。期間は二ヶ月くらいで……」


 対して早くも本題に入ったメイル。その様からするに、もはやこのオーク以外教師役引き受けてくれる人はいないと完全に見定めたようだ。当然のごとく、俺の方にも同意求めてきたのだから。


「二ヶ月か。まあ、それくらいならいいけど」

「良かった、それで、場所は白羊亭って酒場です。ルビン橋の近くにある」

「ああ、そこなら分かるよ。その酒場に行けばいいんだね?」

「はい。開始の日は、追って連絡を」


 しかもかように話はとんとん拍子で進んでいく。どうやら案外優しい性格のオークらしい。


「エドラさんは、踊り手なんですね?」

「ああ、主にこの辺りで活動している」

「オレガさんとは、どういう……」

「腐れ縁、とでも言っておこうか」


 そうしたメイルの話にも、快く応じてくれたのを見れば。


「あと、料金の話なんですが……」


 ただし、肝心の契約に至るまでには、厳しいというか最大ともいえる関門がまだ一つ残されている。それはむろん、俺たちにとって実に大きなネックとなるもので。


「その、実は――」

「――分かっているよ。多分オレガの紹介なら、月当たり100程度ってことなんだろ?」

「え!」


 ――だが、そうしてどう切り出そうか俺が逡巡見せたその瞬間、オークは機先を制して余りに的確な一言、告げてきたのだった。


「ど、どうしてそれを」

「ふん、どうせあの婆さんのやることだからね。多分お金がないのを知って、私の所に――おっと、失礼」


 さらにはそんな苦笑混じりの様相、示してきて。


「じゃあ、お金の方は」

「ああ、もちろんそれでいいよ。つまり二月200コラムで十分」


 それゆえ俺がすかさず問うと、相手は実に朗らかにそう応じていたのである。



「ただ一つ」


 ……しかし、かくして話がすんなりまとまるかと思われた、その時。


「これだけは言っておくよ」


 ふいにエドラの表情が、厳しめのものへと変わった。


「あ、何か……」


 もちろん、俺はその現象に緊張感増しながら再び質問している。それくらい、にわかで分かり易い変化だったのだ。当然ながら、その表情にも相手の様子窺うような感がはっきり出ていたはずで――。


「やはり、料金のことですか?」


 加えてしつこいくらいに、またそう尋ねてしまったものの。


「違うよ。その話はもう終わり。つまり私が言いたいのは」


 しかし途端首を横に振ると、ぐっと前へ身を乗り出しさえしてきたオーク。むろんそれは十中八九、これから実に重要なことを言おうとする態度そのものに違いない。


「えっと、つまり――」

「そう、私の稽古は本当に厳しい、それこそ脱落者が出てもおかしくないくらいに。でも、もしそれに文句を言ったりする奴が一人でもいたら、その時点で契約は即終了。いい?」


 すなわちその確かな証拠に、次に口を開いた時にはその表情、瞳の色がより以上に鋭くなっていたのだから。――何より、たちまちにして彼女の放つ雰囲気自体が、何か凄みを帯びたものへ化したようにさえ感じられて。


「……」

「は、はい……」


 対する俺たちが、その気迫に押されほとんど何も言えなかった中。


 

 ――そして、そのためだろう。


「でも、この稽古に最後までついてこられたなら、その時点でもう一人前のダンサーになっているはずさ。やる価値はある」


 その後すぐ姿勢をすっと元へ直しつつ、そんな二人不可思議な視線で見つめていたエドラが最後に落ち着いた様子で静かにそう付け足してきても


「――はあ」


 二人の若者には、結局その程度の空返事しか返しようがないのだった。


(何か、凄え迫力……)


 特に俺に至っては、その一瞬見せた空気の中に一抹の不安、覚えつつ。


 

 だが、いずれにしても多少の波乱があった中こうして割と順調に契約がまとまったのは事実で、


「じゃあ、教師役を受けて下さるということで」

「もちろん。連絡待っているよ」

『ありがとうございます!』


 ――当然ながらそのすぐ後、たちまちにして部屋の中には、二人の大いなる感謝こめた声が響き渡っていたのである。

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