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15.仕事開始――ギルドホールにて

「はい、次の方!」

「加入の申請ですね? 少々お待ちください」

「お待たせしました、これが楽士ギルドの詳細になります」


 朝、食事を取ってからすぐのこと。すなわちスコットとの話し合いの後、その次の日。

 

 ――俺とメイルは、アイドル作りに関するある目的を持って、街中に建つ広大なホールの中へと足を踏み入れていた。

 デカい円形の、そこはまさしくホールと呼ぶにふさわしい場所だ。真ん中の方には書き物用の机が幾つも並べられ、そしてそれを取り囲んで周囲の壁沿いにずらりと窓口――各ギルドの受付――が勢揃いしている。要はそこで様々手続きができるということなのだろう、当然のようにそれぞれが多くの客の行列で早くも騒がしいくらいだったのだから。しかも加えてあれは勧誘ということなのか、色とりどりの衣装纏った人々がしつこいほどに辺り行く者たちへ声掛けたりビラ配ったりと、実に忙しない。はたしてそれはどこか大学のサークルメンバー募集にも似ていて、異世界の中とはいえ俺にとって不思議と馴染ある光景でもある。もっとも俺自身はそんなサークルとは縁がない人生だったが、いずれにせよ世界は変われど、やることには大差ないという事実の証明みたいな眺めではあるのだった。


「レト、大丈夫?」

「え?」

「はぐれないでね、私から」


 するとそんな物珍しげに周囲キョロキョロ見回していた俺へ、ふいに隣にいたメイルが声を掛けてきた。それはどことなく、年上の者が放ったような口調だった。

 当然の如く、俺はさっとそちら振り返る。


「そんな、心配ないって。これでも結構大人なんだから」

「あ、うん。でも、もちろんここは初めてなんでしょ?」

「そりゃそうだけど」


 むろんそう言われるとメイルは刹那戸惑ってみせる。まあ、目の前にいるのは確かに12歳くらいの子供にしか見えないのだ、いくら中身が充分過ぎるほどの大人でも。しかもグラスランナーという種族自体がある程度の年齢になるとその外見変化ピタッと止まってしまう連中――つまりは子供のままで――らしく、そうなるともはや訳が分からない。従って次いで彼女が言い訳がましく言ったのも、以上のこと考えればさも当然のこととしか言えないのだった。


「とにかく、まずは舞踏家ギルドに話聞かないと」


 さらにはそんな一言、付け足して。


 ちなみにここは中央広場から西に延びるフィンク大路にある、芸術家ギルドの会館、いわゆるギルドホールと呼ばれる場所。他に魔道士、戦士、商人など、六つある「大ギルド」の中の一つ、その紛れもない本拠地が置かれた建物だ。当然絵が飾ってあったり彫像が置かれてあったり、大ギルドの名に恥じないくらい辺りの設備はかなり充実している。もちろん俺にとっても、転移してから入ったもっとも大きな建造物であるのは間違いなかった。



「そこで教師を紹介してもらえるんだな?」

「ええ。もちろん料金は掛かるけど、ここでならすぐ探せるはずよ」


 そうしてメイル先頭にホールの中を進みながら、俺は彼女の背中へそんなこと問いかけていた。そう、すなわちそれこそが、この場所へ来た唯一絶対の理由であり。


「この芸術家ギルドは、メールジェアンにおいて画家や彫刻家、それに色々な音楽家が加入する組合なの」


 もちろん対するメイルの答えにもよどみはない。そもそも彼女が、俺の頼みを聞いてそれならギルドしかないと教えてくれたのだから。これから作られるアイドルグループの、そのダンス教師となる者を探すなら。つまりはちゃんと実力のあるグループ結成するには、まずそれ相応のスキル教えてくれる者が存在しないといけない訳で。

 それゆえ、俺たちは逸る気持ち抑えてはるばるここまでやって来たのだが……。


「なるほど。舞踏家の教師を探している、と」

「はい、それもなるべく金額が掛からない。お願いできますか?」

「もちろん。幾らでも人数はおります。このリストの中からどうぞお選びください」


 ――しかしやっと辿り着いた舞踏家ギルド窓口で受付後渡されたそのリスト見るや、メイルは悲鳴にも似た声上げたのだった。


「ウソ、1000コラムって、一番安くてこれ?!」

「はい、一月分の料金となります。いかがいたしますか?」

「あ、いや、そうねえ……」


 そしてしばし困惑した表情浮かべるも、その様相からとても提示されたのが払える金額でないのは余りに明らか。しかもどうにも挙動不審に瞳さえパチクリさせ始めて。とはいえそんな彼女を、情けないことにいまだ一銭も持っていない俺がまさか手助けするわけにもいかず。


「今回はお雇いになれませんか? でしたら、またのご利用お待ちしております」

「あ、はい。どうも……」


 従って僅かの間の後痺れを切らしたのか中年女性の事務員がそう告げてくると、メイルとしても今はすごすご引き下がるしかまともな選択肢はなかったのである。


「1000、か――」


 そんな実に打ちのめされたような声、小さく零しながら。



 ……かくて初っ端から道を封じられてしまった俺たち二人。とはいえさすがにすぐさま帰宅するわけにもいかず、その身はしばらくホールの端っこの方にあった。


「どうする?」


 むろん転移者である俺にはこれ以外どうすればいいのか皆目分からない。それゆえ同じように呆然としているメイルへ、それでも何か良いアイディアがないか一応訊ねてみたのだが。


「……どうするって言われても」


 しかし少女は少女でそんな小さい声返してくるのみ。やはり、ギルドが使えない以上他に大して良い手段が見つからないのだろう、その姿はまさしく困惑のただ中にいる者のそれというやつだった。


「お金が足りない以上、ギルドはダメね。でも、そうなると後は特に……」

「でも歌の教師の方は、当てがあるんだっけ?」


 とはいえ今が全く光の見えない状況でないこともまた揺るぎない事実。すなわち、もう一つの教師、歌の方についてはメイルが知り合いを連れてきてくれることとなっているので。


「うん。昔からの知り合いだから、きっと受けてくれるはず。そっちの方は心配ないよ」

「だったら、少なくとも一歩は前進したんだ、そんなくよくよする必要もない」


 当然ながら俺はその小さな光にすがり、しゅんとした少女のこと鼓舞しようとしている。思えばこれはそもそも俺が全責任もってやるべき仕事だ、彼女がそこまで背負い込む理由などない。ゆえにその声音にも、おのずと慰める響きがこめられていたのである。


「そう、かな?」

「うん。問題ない」


 もちろんこれからやるべきことが、目眩起こすほど幾らでもあったことはともかくとして。


「ああ、だからそれ以上落ちこまず、そろそろ白羊亭へ――」

「ちょっと、そこの若いあんたたち」


 いずれにせよだとすればもうここでやるべきことは残ってなく、早く白羊亭で次なる行動起こそうとメイル引っ張りすぐさま帰宅しようとした、

 ――だが、丁度その出入口へ向かいかけた、その時。


「踊りの教師を探しているのかい?」


 ふいに俺たちの背後から、一人の老婆が声を掛けてきたのだった。


                  ◇


 それは栗色の長い髪をした、相当高齢だと思われる女性だった。

 その髪を頭の横で三つ編みにし、またどことなく厳しそうな灰色の瞳がきりっとした眉の下輝き放っている。加えて鼻はなかなか高くスッとし、若い頃はかなりの美女だったとも想像された。

 そんな羊毛の上衣ダルマティカとケープ纏った老婆が姿勢よく立っていたのだ、俺のみならずメイルまでもが瞬間びっくりしたのは言うまでもなかった。


「え、俺たちですか……?」


 当然まず俺がおどおどしながら訊ね返すも。


「そう、まさにあんたたち。探しているんだろう?」

「でも、なぜそれを」

「なぜって、さっきつい目にしちまったんだよ、あそこの窓口で受付と話している所を。もっとも、どうやらお目当ての者はいなかったようで。金が足りなかったのかい?」


 だが、対する相手の口調には実に遠慮というものがない。しかも初対面にしてもうこれなのだから、もともと異様に気が強い性格をしているのだろう。そしてもちろんそれは、俺にとってまこと苦手な部類に当たる老人。よって一瞬戸惑いつつ、さっさとその場退散しようとしたのは当然の判断だったのである。


「まあ、色々と……。あ、でも他にも当てはあるんで、お話は結構です」

「100コラム」

「え?」

「あんたたちなら、一ヶ月それだけで訓練受けさせるように言ってやるよ、あたしが」


 ――しかし、結局刹那老婆の放ったその一言が、俺を、そして傍らのメイルをも知らず足止めさせることとなっていたのだが。


「100って、さっきの十分の一……」

「ほ、本当にそれだけでいいんですか?!」


 もちろん何よりその唐突な提案にまず勢いよく驚き顔示したのはメイルの方だった。彼女が今のところ財布を握っているのだからこれは致し方あるまい。そしてその凄い勢い維持したまま、謎の相手へと声音強く問いかかっていく。さすがの老婆も、一瞬おっと身を引いてしまったくらいの風で。


「100コラムなんて、本当に安い……」

「――と、元気なお嬢ちゃんだね。ああ、でもその通りだよ。あたしの知り合いにエドラっていう腕のいい踊り手がいて、そいつなら安くてもしっかり稽古をつけてくれるはず。何、物は試しだ、とりあえず一度話でも聞いてきたらどうだい?」

「でも、何で俺らにそんなこと」


 と、それでも老婆はどうだと言わんばかり、にっと笑み浮かべのたまったのだが、もっともそう言われた所で、現実的な俺の方ではあっさり受け入れること出来なかったのは当たり前でもある。これは同時に前世での教訓、あの甘い話には何とやらというやつから自然導かれてきた反応だったのだから。従って、かなり乗り気になりつつあるメイルに比べて、俺はあくまでも訝しげな態度崩すことなく、


「そう、見ず知らずの俺たちのために」


 はたしてそんな一言も、我知らず零れていたのであり――。

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