14.この世界について
こうして、俺は突如異世界でアイドルプロデュースをすることとなった。
「アマランスに負けないって、そんな馬鹿な」
むろんその提案聞いてもスコットは最初驚くばかりでまるで理解示すことなかったが、それでも誠心誠意とほとんど土下座するくらいの勢いで、俺は構わず頼み続けていったのだ。
「二ヶ月、そう、二ヶ月だけ時間をください! それ以上は一切求めません。そしてそれで駄目だったら、諦めます!」
さらにそうした強い言葉、迸らせて。
「……しかし」
「父さん、でもそれくらいなら、やらしてみれば?」
するとそんな俺へ、メイルがすぐさま加勢してくれる。それはもちろん、彼女も以前同じ考えを持っていたがゆえの判断に違いなかったのだろう。ましてや何より、その二ヶ月の間だけは少なくとも店を畳まなくても済むことになるという計算があった以上。
「メイル……」
「そうよ、あなた。どっちみちまだ余裕はあるんだし、その間ならお任せしてみてもいいんじゃないかしら? そして、それでアマランスに対抗できるグループ作れるなら」
しかもその隣から、ジェシカまでもが助け舟に入ってきて。多分彼女は同時にディックに対する対抗心も大いにあったのかもしれなかったが。
「……」
一方、当のスコットはなかなか首を縦に振ってくれない。確かにいくら余裕があるとはいえ、一家の命運握る彼としてはそう簡単にギャンブルめいたものへ手を出すわけにはいかない筈なのだ。それもその肝心の任せる相手が、ほとんどいまだ素姓知らぬ存在だとすると。さらには俺としても、どうにも自分のこと説明しにくい中。
それゆえ彼の中の懊悩はどこまでも長く、深く続き、結局俺の渾身の提案も哀れ退けられるかとさえ思われたのだが――。
「――レト君」
「は、はい!」
しかしそうして重々しい沈黙が流れる中、ふいにスコットが口を開いた。提案者をして緊張感増させるには、それは十分すぎる声音だった。
「君に自信は、あるのか?」
「自信、ですか? もちろんあります。それがあるから、こんな提案を――」
「とはいえ俺は君のことをまだよく知らん。メイルとも昨日知り合ったばかりのようだし。だがもし、そんな者へいきなり重大な仕事を託すとするなら。……分かっているな?」
しかもいつしか、その青い瞳が今まで見たこともないくらい真摯な光発している。そう、そこには対面する男の真意を、じっと厳しく見定めるような色もあり。
「――もちろん、分かっています、これがどれだけ重いことなのかは」
はたして当然俺にも、これ以上ないほど気を引き締めさせていく。
何よりも、今がまさに決まるかどうかの瀬戸際だという余りに強い自覚があったのだ。
レト――あるいはアイドルマニア・東陽平としての、希望を叶えられるかどうかという。
すなわち自分の力で、自分のもっとも理想とするアイドルグループ、作り上げる――。
「だから、全身全霊を賭けてでも」
「そうか、分かった。ならば」
「父さん!」
ゆえに、だろう。そんな俺の真剣さ極まる様相に何かを感じ取ったらしいスコットは、やがて厳しいその表情維持したまま、それでも最後にその一言だけ、力をこめ告げてきたのだった。
「君の言う通り、二ヶ月時間を与える。その間に、できることをやってくれ。――だが、それ以上の時は一切約束できない。分かったかい?」
……そんな熱い?やり取りが繰り広げられた結果。
もちろん当の俺としても、にわかには信じられなかったことに。
だがいずれにせよスコットは絶大な信頼つきとまではいかなくても、この転移者に対して重要な仕事を任せてくれると約束したのだ。その期待に応えるためにも、まさしく粉骨砕身、持てる力全てを発揮しなければならないのは間違いなかった。何より、俺には前世でアイドルマニアとして培った知識・経験と、――そして誰にも負けない情熱があったのだから。ましてやファレル一家の命運紛れもなく掛かっている以上、そうして大いなる結果求めんと、早くも気は逸り出していき――。
と、とにかくそうしてやる気だけはバク上がりしていたものの、とはいえ俺はこの世界に来てからまだせいぜい二日しか経過していない新参者に過ぎない。むろんアマランスを見た経験から俺と同じ価値観で人々はああいった歌姫たちを愛でることは確かに理解できたが、かといってそれに対抗すべくマイプロデュースしたグループが受ける可能性はもはや測定不可能レベル。そう、よってまずはこの世界の基本を詳しく教えてもらう必要がある。
それゆえ俺がその日の夜、ただちにメイルの部屋を訪ねたのは、あまりに必然的過ぎることなのだった。
「あ、そうか。レトって他所から来た人だったんだ」
途端、迎え入れたメイルに昨日した約束、思い出させて。
「本当ゴメン。でも俺、マジでこの辺りのことよく分からなくて」
「うん、いいよ。入って、色々教えるから」
もっとも年頃の女の子に突然そう言われ、一瞬ドキリとしてしまったものの。
「ほら、そこに座って」
一方寝巻姿のメイルはそんな相手のことには実に無頓着に自室へあっさりグラスランナー招き入れるや、すぐベッド脇にある椅子を示した。要はそこで自分の講義を聞けということなのだろう。むろんいまだ心臓の音高まりながらも、俺がさっとその指示通りにしたのは言うまでもない。つまりは少女としても俺に期待掛けている以上、協力するにやぶさかでないはずなのだ。無駄かつ変な想像はせず、ここはちゃんと話を聞く姿勢に徹するべきだった。
「飲み物とかはいる?」
「いや、大丈夫。とにかく教えてもらえれば……」
「ふうん。じゃあ夜も遅いし早速いくけど、もちろんまずは、このファルセリアのことからね」
何より、俺にはこれからやるべきことが数えきれないくらいあり、それゆえメイルよりもたらされる情報は、是非とも必要だったのだから。
「ファルセリア……」
「そう。つまりファルセリアというのは、大きな半島のことで」
「国もあるんだろう、その半島には?」
「うん。四つの王国が。そしてその一つが、ここメールジェアンのあるエンダード王国で――」
そう、そうして始まったメイルの丁寧かつ分かり易い説明は、辺りを包む夜のしじまの中、途切れることなく熱心に続いていき――。
ちなみにメイルの解説を要約すると、つまりはこういうことになる。
ファルセリア――彼女が最初に言ったように、すなわちそれがいわばこの世界の名だ。もちろん前世でいうヨーロッパ、アジア、アフリカなどのように他にも色々「世界」は分かれているのだろうが、とりあえず交通手段あまり発達していないここでは、そのファルセリアが今のところ主要な世界の名前ということで。
またファルセリア半島はどちらかというと温暖な気候――雪は山間地で降るくらいで滅多になく、かつ冬もそれなりに過ごし易い――に属す地域らしい。それゆえ年間通じて交易等は滞りなく行われ、それに従って各地で都市が発達、経済伸長していった。つまりは文明先進地、というやつだ。同時に文化面でも大いに進歩見せているような。
そして何よりもそうした都市の上に立つ存在――中世ヨーロッパのごとく、いわゆる王国が四つ建っており。
エンダード、ゲゼル、ユーグ、クローネの、それぞれ成立年、構成民族を異とする四つの国家が。しかもそれらはちょうど半島を四分割するように位置している状態。国力も完全なまでに均衡しており、そのためだろう、かえって最近は大きな戦はほとんど発生していない。要するにそんな幸運もあって、この地は比較的平和な空気に長年恵まれていて――。
加えて解説にあったのは、もちろんここに住む人々(?)のこと。
俺が既にメールジェアンで経験している通り、それは決して人間だけで構成されているわけではなかった。他にも妖精や獣人、中には精霊など、実に盛りだくさんな面子なのだ。その中にはむろん二日間で遭遇済みのオークやエルフも含まれており、当然俺の属するグラスランナーも決して例外ではない。もっともその草原の小人族については滅多に都会に住むことがないとされていて、実際大概が野天暮らしだったため俺の存在はそれなりに目を引くらしいのだが。
「私も、こんな町中では初めて会ったんだよ」
メイルですら、そんな感慨深げな言葉、発したように。
いずれにせよ、そうした彼女の説明で俺がようやく第二の人生歩むこの世界のこと、僅かだが窺い知れたのは紛れもない事実。間違いなく今後の活動に役立つはずで、はたしてメイルの部屋を出ようとする頃には、
「ありがとう、とても参考になったよ!」
俺は一日の疲れも忘れ、妙にやる気と元気に満ちていたのである。
「レト、でも大丈夫なの?」
「え?」
「父さんに、あんな凄いこと言って」
もっとも対する少女の方は、どこか不安そうな感、隠そうともしない。もちろんいくら応援しているとはいえ、相手はいきなりあのアマランス並み、いやそれを凌ぐグループ作ろうとしているのだ。心のどこかで半信半疑なのは当たり前だろう。
そのため椅子から立ち上がった俺を、ベッド上よりどこか名残惜しそうに見つめていたものの、
「うん、任せておいて。必ずみんなの期待に応えるから」
俺はわざとその心中に気づかないふりして、平静に答えている。当然ここで少しでも弱気な面を見せるとどういうことになるか、さすがに自分でもよく理解していたから。特に、自らの裡に一抹のそういった思いがあること勘付いていたがゆえ……。
「もちろん、自信はあるんだ」
それゆえだろう、俺はすぐさま無理矢理にでもそんな一言引っ張り出すと、
「レト……」
「それくらい、これはやり甲斐のあることなんだから」
にっこり笑みを零し、さらに心配顔したメイルのこと、安心させようとしていたのであった。




