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13.決意表明(2)

「そんな?!」

「あ、あんた……」


 しかしその余りに唐突ともいえる一言はまさしく晴天のへきれき、当然ながらその場にいた人間たちをして大いに驚愕させるに十分なものなのであった。むろん本来第三者に過ぎない筈の俺にとっても、それが全く同様だったのは言うまでもない。何よりこの世界に来て初めて食事を提供してもらうなど、すでにしてこの店には分厚いまでの恩義、親しみがあったのだから。

 かくて必然的に、メイルたちは勢い亭主へ向かって強く問いかける形となり、


「どうしたの、急に? 白羊亭を閉じるだなんて!」

「そうよ、確かに客足はパッタリだけど、まだ蓄えも結構あるし、これから……」


 すなわち娘と妻二人の声音には、どうか聞き間違いであってくれとでも言いたげな響きが含まれていたのだが――。


「いや、これは仕方のないことなんだ」


 対するスコットの態度はまさしく完全な決断済み、というやつそのもの。それは俺から見てもまこと明らか過ぎるほどで、間違いなく冗談の可能性など零に等しかった。さらに言えばそんな彼の表情にどこかさっぱりとしたものがあったこと自体、かえってその真実味を増していたといえようか。つまりは、もはやその意志を覆すのは至極困難という……。

 それゆえだろう、女性たちが結局疑問符顔につけたまましばし何も言えないでいると、スコットは続けて自身の思わんとすること、静かに述べていったのである。


「……つまりは、もうやるべきことは全部やったんだ。それでも駄目だったのだから、もう諦めるしか。もちろんじいさん、親父から受け継いだこの店を潰すのは忍びないが、結局時代の流れに合わせられなかった俺に才覚がなかったということだ。だからみんなもそれで納得してくれ」

「で、でも、これからの生活は……」

「そりゃ新しい仕事を探すさ。何、料理人や大工など、街には他に色々あるはず」


 しかも当然の如くようやくジェシカがそう不安げに聞いてきても、男のそのどこか自信に満ちたものは決して揺るぎ見せず、いや、むしろ強固になったようにすら思えたくらいで。


「とにかく、まだ余力があるうちに次の行動に移るのが肝心なんだ。……我が家には借金もあることだし。早いところやらないと、後で必ず大変なことになる」

「……」


 ……いずれにせよそんな強い言葉が、戸惑う家族説得しようと発されていたのであるから。



 こうしてスコットの言葉によって温かい食卓の空気は急遽まったく別のものへと一変し――。


「どうした? もちろん決めるのは俺一人じゃない。何か反論があるなら言ってくれ」


 今や押し黙ってしまった周囲の中、亭主の声だけが静かに響いている。

 すなわちジェシカもメイルも、その反論とやらがなかなか思いつかなかったのだろう。スコットの発言に紛れもない真理があり過ぎて。そう、それくらい、この白羊亭を包む現状には目を背けることできぬ厳しいものがあったらしいのだから。

 当然ながら、悔しさというか哀しみというか、そんな複雑な表情揃って浮かべている二人。もちろん、できることならスコットの気持ち、今すぐ覆したかったのは確実である。必然的に、それを受けて場に張り詰めた気配が漂い出していた以上。だが、取り巻く状況からしても、どうにも結局彼女たちにはうまい言葉を出すこと出来ず……。


「――そうか、分かった。じゃあこれで決定だな」


 かくて白羊亭亭主は、一つ息を吐くと実に穏やかな様相でそう締め括ろうとしたのだった。むろん、彼にとってもこの店を畳むのが痛恨事なのは必定、哀しくないわけがない。話を聞くと、それなりの歴史もあると思われる。つまりは、そんな輝かしい時代もあった酒場に、自らの手で幕を引かなければならないということで。

 その心の内など、推しはかろうとしても決して適うはずがなく。


「だとすると、ぐずぐずしている暇はない。早速明日にでも……」


 従ってどこか遠い、また同時に感慨深げな目をしながら続けてきっぱり、最後の一言告げようとした、

 ――だが、その時。


「ちょっと待ってください!」


 突如としてそれまで沈黙していた者の声――つまりは俺の声が、不躾にもその言葉を途中で遮らせていたのである。


「!」

「え、レト?」

「な、何だい?」


 当然、その声はファレル家一同に隠しようのない驚きもたらした。すなわち、対して三者三様のリアクション――スコットは眼を丸くし、メイルはポカンと口を開け、ジェシカに至っては驚愕の余りビクンと身体震わせた――見せた家族。むろん、それは突然の不意打ちとしか表現しようがないものだった。


「どうしたんだ、急に?」


 そもそもはたしていくら同席しているとはいえ、突然部外者であるグラスランナーが極めて大事な家族会議へ真剣な体で口出ししてきたのだ。その惑乱ぶりが筆舌に尽くせぬレベルだったのは当たり前だろう。よってしばしの間の後ようやく驚き顔のまま問うてきたスコットの声にも、まことかなりの訝しさが窺われていたのは説明するまでもない。その証拠に、彼は続けて奇妙なものでも見るような目つき、俺にはっきり向けてきたのだから。


「何かあるのか?」


 加えて再び疑問の声、静かな室内に響かせて。

 ――だがもちろん、俺にとってその反応は完全に予測済みのもの。よって返した言葉が揺らぎ一つ見せていなかったのは、余りに当たり前のことだった。


「失礼なのは理解していますが、でも、閉店を決める前に一つだけいいですか?」

「……君から、か?」

「はい。もちろん白羊亭に関することです」


 そしてそのままの勢いで迸っていく声音。何よりそこには自分でも信じられぬくらいの強い響きが含まれていた。


「その前にまず、この店の現状を知りたいのですが。つまりここは、本当に後数日も持たないくらい、その、マズいレベルなのですか?」


 つまりはそれほど、俺の不可思議な情熱は湧き立ち始めていたということで。

 そしてそんな相手にただごとではない事態感じ取ったのだろう、スコットは一瞬言い淀むも、しかしそれでも次には怪訝な様相のまま答えていたのである。


「……いや、そんなことはない。もたせようと思えば、そうだな、後数ヶ月は」

「! そうなんですね。だったら、厚かましいですが、俺に一つ提案があります。聞いてくれますか?」


 すると間を置かずして俺が突然語気強く返したので、亭主はさすがに仰天の表情示さざるを得なかった。そう、恐らく俺の眼が異様に輝いていたこともあり、そこには正真正銘不審者を前にしている雰囲気があったのだ。すなわち、このままこの得体の知れぬ男の話を聞き続けていいのか、という……。


「て、提案? それは白羊亭に関してかね?」


 それゆえ彼は、もはや身体を相当引き気味にすらしてそう恐る恐る訊ねたのだが、


「はい! つまりそれは、ただ一つ――」


 一方俺はまるで狂熱に浮かされた者のように次の瞬間、あろうことかとんでもない一言、相手へ向かって返していたのだった。


「俺に、この白羊亭を立て直すお手伝いをさせてほしい、ということなんです!」



 それは俺にしてはあり得ないほどの熱気、やる気のこもった一言だった。

 そう、かつて日々の仕事に倦み疲れ、休日はただ寝るだけで消費していたような、大して生きる意味見出せていなかった俺にしては。そもそも本来、他人のことに口出しなどする性格ではないのだ。

 だが、何ということか、もう勝手に口の方がそう動いてしまった以上、今さら後戻りなどできるはずもない。必然的に、俺はそのまま勢いよく先を続けるしかなかった。


「まだ時間があるなら、俺に任せてほしいんです。白羊亭の再建を」

「再建……? では君はこれまで、酒場を経営した経験があるのか?」

「いえ、一度もありません。もちろん他の店も」


 むろんそんなことを言われるとスコットとしても一応考えざるを得ない。それゆえ彼は眼をパチクリさせながら再度問うてきたのだが、対する答えは御覧の通り。亭主を失望、いや呆然とさせるに十分なものだった。

 よって当然ながらスコットは何を言っているんだ、といった訝しさ全開の表情となり――。


「いや、経験者でもないのにそんなこと言われても……」

「あ、でも聞いてください! もちろん経営面に関しては素人ですが、ただ、他の面では俺の力が絶対役立つはずなんです!」

「他の、面?」


 さらに俺が加えて言うと、その様相はむしろますますクエスチョンマークの化身感増していったのである。


「だが酒場において、経営以外のことなど……」

「あります。この白羊亭に関してなら」

「え! レト、まさかそれって」


 と、しかしそこでそれまで母親同様唖然とばかりしていたメイルが口を挟んでくる。そう、勘の良さそうな、そしてしばらく行動供にしていた彼女なら、俺の言わんとすることが朧ながらやっと理解できたようなのだ。

 つまりは、一緒にあのアマランスの舞台観た少女なら。


「アマランスに関係することなの?」


 従ってその声音にも、どこか恐る恐るといった響きがあり、

 すなわちそれは、俺のこれから試みようとすることの余りの大胆不敵さに恐れを成したというべきか。必然的に、まだ誰一人としてしっかりとは計画したことのない。はたしてそれくらい、実現するには困難があり過ぎる……。


「はい、メイルの言う通りです。俺がやりたいのは――」


 だが、対する俺はその言葉を受けて、実に恐れ知らずにも次の瞬間ファレル家一同前に、余りに信じられない一言放っていたのだった。


「この白羊亭へ再び客足を取り戻すために」


 そう、たぶんこの刹那、俺の表情は常になく熱いもの纏っていたと思われ、


「アマランスに負けないグループを、必ず作るということです!」


 そうして静けさいや増した酒場の食堂の、その一角、テーブルの一つに、突然小さな金髪グラスランナーの放ったやたら大きな声が木霊していって――。

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