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12.決意表明(1)

 こうしてこの世界における、初めてのライブ鑑賞は終わった。

 約1時間半、それはまるで豪華な夢を見ているようだった。

 そう、目の前で展開されたのは、まさしく前世で見てきたアイドルたちの情熱溢れるステージ、その鏡写し。間違いなく、三十路のフリーターにとっては最強の心の支えとなっていた。むろん異世界である以上、曲の感じや演じ手の雰囲気が大いに異なっていたとしても。すなわち受け取る感動には、全く同じものがあったのだから。

 ……だが、かくて大分日が傾いてきた中、メイルとともに白羊亭へ帰る道すがら、そんな俺の心の中を占めるのはなぜか妙にざわついた感だ。何より、先ほどの眩い光景がいまだはっきりと脳裡に焼き付き、さらにはその時ふと覚えた、何とも形容し難い気持ちがずっとわだかまっている。つまりそれは、俺にとってついぞ感じたことのない、実に奇妙極まる思いで。


「レト、どうだった?」


 ――それゆえ、レスター大路の中すぐ隣を歩いていたメイルがふいに声を掛けてきてくれなければ、俺はその不可思議な思考ずっと続けていたのかもしれないのだった。


「え?」

「アマランスよ。見たかったんでしょ?」


 とはいえ対する少女の方はそんな俺の複雑な内心など知るはずもない。よってその言葉にもさほど深い意味がなく、むしろ無邪気とすら思えるものに過ぎず。


「うん、とにかくすごかった。圧倒されたよ」

「そしてあれがまさに白羊亭から客を奪った最大の原因。まあ私も初めてだったけど、確かに素敵だった……」

「見る価値は滅茶苦茶あったね」


 従って俺がそうさもプラスの感想述べても、ただ大きく頷いて肯定している。

 メラメラと今や燃え立ちつつある、俺の密かな情熱には一向に気づくことなく……。


「さあ、早く帰ろう。父さんたちが、ご飯作って待っているはず」


 さらに加えて、さっきまでの緊張感はもはや微塵も見られないほどで、


「ああ、そうだね」

「まあ、二人から色々感想とか聞かれるだろうけど」


 ……そしてそのためだろう、道を行き交う人々かわしながらも、酒場を実家に持つ少女はどことなく陽気な風で、そんな穏やかな言葉告げてきたのであった。



 ――そして、それからしばしの後。

 もう少しで晩課(午後6時)の鐘が鳴るかという頃、俺たちは白羊亭に帰り着いた。まだ四月ゆえ周囲は既に暗く、吹く風も冷たさ増してきた時間帯だった。


「さあ、遠慮なくどうぞ」


 そして当然というべきか、帰宅するとすでに準備万端となっていた今日の夕食。二人してずっと待っていてくれたのだろう、にこやかに出迎えまでしてくれて。メイルはともかく、俺が少なからず恐縮してしまったのは言うまでもなかった。


「いや、こんなにまでしてくれて……」

「どうした? さあ、食べてくれ」

「そうよレト。もちろんお腹空いているんでしょ?」


 むろん、対するファレル家の方はそんな相手の様子など完全にお構いなしである。いや、むしろ当たり前のようにどんどん勧めてくる始末なので、まだ会って二日目に過ぎない仲だというのを一瞬忘れてしまったくらいだった。すなわちその類まれなフレンドリーさゆえ俺もおのずとあっさりフォーク手にしており、そう、つい普通の体で


「あ、じゃあいただきます」


 そんな、実に気楽に食事へ臨む姿となっていたのだから。


「大したものじゃないけど、あっちに比べたら」

「いえ、そんな」

「あら、でも母さん。青銅の盾で食べていたら、きっと色々大変なことになっていたはずよ」


 しかもそうしたこと言われつつ、しかし鳥の焼肉、新鮮なサラダ、そして香辛料の効いたタマネギスープという、かなり手の込んだ料理の数々、前にして。

 いずれにせよ、そうしてありがたいことに帰ってきて早々温かい食事がすぐ始まったのは紛れもない事実で、


「フム、いずれにしてもレト君がいると、食卓が賑やかになるな」


 ――何より椅子の背もたれに身体どっしり預けながら、スコットに至ってはそんな大層満足げな一言、述べていたのである。



「それで、二人の感想は? アマランスの」


 そして食事も半ばまで進み、俺とメイルもようやく人心地つくと、ふいにテーブル対面に座るスコットが声を上げた。むろんそれは言うまでもなく、今一番聞きたい話のはず。それゆえ彼が少なからず身を乗り出したのは至極当然のことだった。


「うーん、そうねえ。確かに素晴らしい出来だったわ。さすがメールジェアンいちと呼ばれるだけのことはある」


 対してもちろんそう来ると予期はしていたのだろう、水の入ったコップを置き、すぐ答える娘。だが脱帽気味というか、もはやどうにもごまかしようがない、明らかにそんな感じの口調だ。

 はたしてそれ見たスコットにやはりか、的なうなずき示させたくらい。


「なるほど。で、レト君の方は? 君も是非見たかったんだろう?」


 そして次いでその矛先は、すかさず俺の方へと向かう。それもなぜかあからさまに、まだ見ず知らずに近いこのグラスランナーの意見を相当重要視している感で。

 従って俺は俺で、その風に少々驚きながらも必然的にやや改まって応じざるを得なかったのである。


「はい。メイルが言ったように、凄い完成度でした。もう、完璧といっていいくらい。人々の間で評判になるのも分かります。何より、全員エルフというのが」

「ああ、あの娘たちは演出家のリリス・ラブレーがファルセリア各地から集めたらしいからな。いわば選り抜きのエリート、目を引くのは当然だ」

「そうでしたか。しかも、相当厳しい訓練を積んでいるはずです。それだけ、歌もダンスも研ぎ澄まされていましたから。メールジェアン中から客を呼び集められるほど」


 むろんこの場面では変に気を遣う必要もない。ゆえに俺の意見はそれなりに相手へ衝撃与えたはずだった。


「……ふむ、そうか。分かった」


 そう、スコットをしてそんな諦めにも似た声音、発させたのだから。


「ディックにも会ったのかい?」


 するとそこで旦那の隣からジェシカが口を挟んだ。もちろんそれは、青銅の盾におけるもう一つの注目点に違いなかった。


「うん、会ったというか、見かけただけ。挨拶もせずに帰ってきたから。……まあ、でも以前とまったく変わらないというか、前より偉そうになったというか」

「そりゃ、今じゃ市でも有数の金持ち、成功者だからな」

「あのディックがねえ……」


 そうしてメイルが答えると、ほぼ同時に溜息洩らす夫妻。やはりかつての従業員が今や飛ぶ鳥墜とす勢いのライヴァル店率いているとなると、何とも言えない感慨があるのだろう。つまり特にディックを直接部下として扱っていたスコットにとっては、それは悔しさとも戦意失くす諦念とも取れるもので……。


「本当嫌な奴だけど、経営手腕だけは認めないとね」

「――うん。よし、分かった。そういうことなら。ジェシカ、メイル。お前たちに言いたいことがある」


 それゆえ彼は以上の話から一瞬何か考えこむように微妙な間を置くと、


「まあこれは、前から決めていたことなんだが」

「え?」


 やがて静かに、しかも重々しく、ある一つのことふいに決心して告げようと口を開いたのだった。


「そろそろ潮時ってわけだ。……つまり、この店を閉めるには」


 すなわちそれは、ファレル一家にとって実に途轍もないレベルの重大発言であり、


「う、ウソ……」


 そう、はたして瞬間、その場の時間と空間が凍りついてしまったような。

 傍で聞いていた俺すらも、もちろんまったき道連れへと巻きこんでいく――。

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