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10.アマランス(1)

 メイルが言った通り、俺たちの席は右端、前からは三番目のテーブルだった。


「お飲み物はどうされますか?」


 すると着席後途端綺麗な身なりのウェイトレスが来て、飲料のメニューを寄越す。それはなかなか立派に作られた、この世界ではまだ貴重なはずの紙の冊子状のものだった。


「お決まりになったら、そのベルでお呼びください」


 そして颯爽と女性が去って行くと、俺たちはすかさずそのメニューに目をやる。むろんそれなりに喉が渇いていたのは事実だったが、しかし半分そこには敵情視察の意味がこめられてもいた。とにかく、店の品質というのは細部に宿るものなのだ。粗さがしをしたところで、無駄なことはない。


「え、こんなにあるの?」

「……これ、全部酒か?」

「ううん、後ろの方にはジュースもあるけど……」


 ――しかし、直後二人が受けたのは明らかな衝撃。それも想像を超えて来た。


「それも、一頁目は高級酒ばっかり――」


 はたして厚めの紙製メニューの中にはずらり100を超える酒が並んでいたものの、どうやらメイルによるとその内最初の方は、どれもが相当名のある銘柄だったらしいのだ。しかも金額を見ると、零の数がとにかく桁違いの。

 当然ながら俺たちはしばしそれ見て、恐れ抱いたように押し黙ってしまい……。


「……じゃあとにかく、最初は一番安いこのリンゴジュースにしようか」

「そ、そうだな、それで」


 ……結局、自然最も安価と思われるジュースを頼む、それで妥協したのだった。メイルの財布だが、つましいその懐具合との相談にもよって。

 まあ、いずれにせよ酒のことだけを調べにここへ来た訳でないのは揺るぎのない事実。むしろ他にも大事なことは山盛りで、いちいち驚いている場合ではない。何より早くも始まった戦、それに勝つには、まず気持ちをリラックスさせることが絶対に、絶対に必要で。

 そうしていったんメニュー置き座席で居住まい直し、落ち着けと自分に強く、静かに念じつつ、俺は気晴らしの意もこめ周囲の様子それとなく観察してみた。


 ――すでにほぼ満杯の客が入った、場内を。

 むろん恐らく全てのテーブルが見事埋まっているはずで、開演前のざわめきが早くも騒がしい。それはまるで前の世界でもよくあった、アイドルライブ直前のあのただならぬ熱気こもった光景のような。

 しかも皆が皆、正装というか実にきっちりとした格好して。当然男も女も、老いも若きも区別なく。



「公演までは、後少しだな」


 かくてそこでふうと一つ息吐くとともに、ここに入って初めて本来の、そして唯一と言ってもいい目的、俺は思い出していた。そう、それはアマランス、噂に名高い美しき七人の歌姫たち。その妙なる姿を想像し、当然のごとくいつしか胸が高鳴っていきさえする。


「そうね。私もちゃんと見るのは初めてになるけど」


 そしてそれは硬い面持ちで隠していたとはいえ、隣のメイルも全く同様だったのだろう。特にその茶色い瞳の中、憧憬のようなものが灯っていた以上。

 すなわちその点では、彼女も綺麗なものに心から憧れる、年頃の普通の女の子だったというわけで――。


「さあさ、ご来場の皆さん、準備はよろしいですか?」

『!』


 それゆえその時突如として店内の一角より男の太い声が聞こえてくるや、彼女は、そしてもちろん俺もだが、ビクンと実に分かり易い反応示していたのである。


                  ◇


「これより、我が青銅の盾が誇る歌姫たち、アマランスの公演を開始いたします。皆様方、どうぞお酒とお食事とともに、たっぷり終わりまでお楽しみください!」


 それはステージ上の緞帳前、左端の方からだった。

 見ればそこには、禿頭に太い眉、長いもみあげと顎髭、少々たるんだ頬。そしてどことなく目つきの悪く感じられる瞳、大きな鼻をした、第一印象からして居丈高な男が立っている。茶色の毛皮上衣に灰色のズボン、そこにベルトという至ってシンプルながら、しかし明らかに金を使っていると分かる、とにかく彼の今の羽振りの良さを証して余りある服装だ。何より、その漂わせる雰囲気が、いかにも大成功者然とした。

 それゆえ俺がすかさず隣のメイルにもの問うていたのは言うまでもなかった。


「あれ、誰なんだ?」


 すると相手は一瞬ちらりと俺の方を見てから答えた。それはどこか溜息混じりの声音だった。


「誰も何も、あの人がディック・オーウェン。元白羊亭従業員で、今や子供でも知っているメールジェアン一の酒場の経営者」

「へえ、あいつが」

「ふん、でも何よ、偉そうに口上述べちゃって。ただ女の子たち集めて、踊らせているだけじゃない」


 しかもその言葉には、実にはっきりと対抗意識まで溢れている。つい先日、負けじと自分も同じ行ないをやろうとしていたことなど、もはや完全に忘れ去っているのだろう。

 すなわちそこにあったのは、ただひたすら負けたくないという戦闘意識、そのもので。


「……うん」


 そうして俺たちはそれぞれの抱いた印象のもと、その立志伝中のやり手経営者じっと見つめていたのだが。


「――ちなみに、本日の演目は待望の新曲、『祝祭歌パイアン』となります。どうか皆さま、ご傾聴のほどを」

「え、本当? それは良かった!」

「新曲が聴けるなんて!」


 やがてその男、ディックが胸を張ってそう告げるや、広々した場内には一斉にざわめきが伝播していた。まさしくアマランスに対する途轍もない期待感の現われ、というやつだ。何より、俺の隣のテーブルにいた背の高い犬頭人間に至っては感動の余り、やたらでかいガッツポーズさえ見せていたのだから。すなわち、一瞬にして青銅の盾を包む空気はますます熱いものと化しており。


「……どんなものだか、見てやろうじゃない」


 同時に気づけばメイルの呟きにも、隠しようのない緊張感が含まれている……。



「では、いよいよ始めましょう! さあ、お待ちかねアマランスの登場です!」


 そして数秒後、場が静まるのを待ってからやがてディックが意気揚々と声を高く上げると、ついに俺たちはその劇的な瞬間、迎えることとなったのだった。

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