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9.青銅の盾

 翌日。

 スコットとの約束通り、俺とメイルはディックの作った店、『青銅の盾』目指すこととなった。ただし、酒場である以上件のアマランスの公演がさすがに朝から始まるはずもない。よって白羊亭を勇んで出発したのは九時課(午後三時)過ぎ、太陽も大分傾きかけてきた頃合いだった。

 ちなみに袖と襟にお洒落なレース飾りのついた白い服と琥珀色のスカート、頭には朱色の帽子というなかなか見映えする服装のメイルに対し、俺の方は昨日と全く同じいでたち、つまりボタン付き前開きの白い上衣、ただし袖は茶色に黄色の半ズボンと革ベルト、その一張羅的一揃えである。だがこれは俺の身長ゆえに仕方なかった。当たり前だがいくら外向きのものがあるとはいえスコットの服ではどう考えても大きすぎたのだ。まあ、もともとが服装にそんな気を遣うタイプではないため、本人的には全然問題なかったが。



「青銅の盾までは、ちょっとかかるわよ」


 かくて相変わらず賑やかなレスター大路を揃って北上していきつつ、メイルが俺の方を向き話しかけてきた。それはその道を半ば進んだ辺りだった。ちなみに彼女はポシェットのようなものを手にしていて、その中に件のディックからの招待状が入っているらしい。


「中央広場を挟んで、向こうの大通りにあるんだっけ?」

「うん、カヴァル大路に。メールジェアンに三本あるメインストリートの一つよ」

「結構デカい店なんだろうな」


 対して確認するように応じる俺。同時にこれから訪れる酒場の豪勢さが朧ながら頭に浮かんでもいた。


「まあね。一応私も一回入ったことあるけど、大きくて豪華なのは認めるわ」

「そこで一日二回、アマランスの公演があると」


 むろんそんな質問、知らず相手へと放ちながら。


「午後の部、それと夜の部ね」

「今日行くのは午後の方なんだな」

「そっちの方がまだ少しは入り易いから。何せ夜になれば、満員で向こうもとても招待客どころじゃなくなるだろうし」


 はたしてメイルはメイルで頷きつつそう応じたのだが。


「――あと、それと」


 と、ふいにそこで、少女の表情が真剣味のあるものへと変化する。


「えっと」


 しかもどことなく恥ずかしそうにして。すなわちそれは俺でも分かったくらい、これまで言わずにおいてきたことをやっと言おうとする、そんな様子以外の何物でもないのだった。


「え、何?」

「昨日のことよ。ほら、私がオークたちに追いかけられていた。……あの時のこと、親に言わないでいてくれてありがとう」

「ああ、そのこと」


 もちろんそうしてさらに告げられた言葉に俺は一瞬意表を突かれるも、しかし次の刹那には何だそれか、とばかりに得心顔示していたのである。


「まあ、何となく事情がありそうだったんで……」

「ふふ、やっぱり気を利かせてくれたのね。おかげで助かったわ」

「うん。――でも、確かにどうしてあんな事態になったんだい?」


 とはいえことがことだけに、話をそのままスルーするわけにもいかない。それゆえ俺はなるべく相手を刺激しないよう努めながら、それでも穏やかに問うたのだった。


「――ディックに対抗するためよ」

「え、ディックに?」

「そう、彼の作ったアマランスに負けないくらい凄いグループ作ろうと。だから裏町のボス、ボーガンって奴の配下が経営する酒場に行って、そこの女の子スカウトしてこようと思ったの。何せあそこには、かなりの器量よしが揃っているんだから」


 すると対して若干の間を置いて答えたメイル。その茶色い瞳は強い決意の元、強く輝き始めていた。さらに何より、その声音が一際、誰にも負けたくないという力強さ帯びていて。


「な、なるほど……」

「自分でもさすがに無謀だったのは理解しているわ。でもこうでもしないと、白羊亭が……」


 そうしてそれ聞いた俺が知らずやや気圧された様相示すと、彼女はふうと一つ息を吐き、再び快活な感に戻って告げてきたのである。


「とにかく、このことは親たちには内緒よ。私がそんなことしたと聞いたら、間違いなくもの凄く怒って、――そして、凄く悲しむだろうから」


                  ◇


 それから歩くこと十数分、レスター大路を過ぎ、広大な中央広場、かつ北に延びるカヴァル大路へと入ると……、


「おお、ここか……」


 やがて俺たちは、ようやくにして件の酒場、『青銅の盾』へと辿り着いたのだった。


「いや、話に聞いていたよりも、凄いな」


 そして大通り沿いにある店の扉前に立ち、その豪奢極まるファサード見た途端、我知らず圧倒されている俺。そう、今眼前に聳えるのはまさに金を惜しみなく使い作られた様式美のはずで、何より一瞬とはいえ、ここが街のただ中だということを忘れるに十分だったのである。


「まるで、神殿だ」


 そう、それは基壇の上に円柱が立ち並び、そのさらに上に水平梁、屋根は三角破風(ペディメント)で構成されたげに美しき構造物。中でも三角破風には実に見事な古き神話における英雄モティーフとしたらしき彫刻施され、その装飾の華々しさは見るだけで圧倒されるほど。むろん間違いなくその神殿を思わせる作りは外見上だけのことなのだろうが、しかし初見の俺をして驚愕させるには、実に余りあるほどだったのだ。


「……神殿、か」


 おまけに隣に立つメイルにも、共鳴というべきか、思わず感嘆の溜め息零れさせて。その瞬間だけは、ここが憎きライヴァルの経営している店だということを忘れたがごとく。


「確かに、金は掛かってそうだな」

「あら、それは白羊亭と比べて?」

「い、いや、あくまで一般論として……」


 そして刹那交わされる、そんな感情の動きごまかすような会話。


「だから、変な意味はないよ」


 いずれにせよそうして俺たちは、いまだ強い陽光の下ためらうというか、その隠れなき偉容前にしばし呆然と立ち尽くしてしまっており……。



「さあさあ、これからアマランスの舞台が始まりますよ! 幸いまだ席は少し余っています。極上の体験をしたいなら、そこのお二人是非早くお入りください!」

「!」

「あ……」


 ――だが、刹那ふいに入口へと至る幅広かつ六段程の階段下から上げられた店の呼子の賑やかな声が、ついに青銅の盾へと入るべく、二人の意を決させたのである。


                  ◇


「す、凄え……」


 かくして受付にディックの招待状示すとすんなり笑顔とともに先へ通され、メインホール入口たる赤い扉を潜った二人。だがその途端、はっきりと感嘆の声洩らしたのは俺の方だった。


「まさかこんなにデカいとは」

「……確かに広いわね」

「しかも豪華だ」


 そう、たまらずその少女ですら溜息混じりに言ったように、はたして重厚な両開きの扉の中燦然と広がっていたのは、およそ想像だにしなかったほどの豪奢な大空間だったのだ。


「こりゃ、ほとんど劇場だな……」


 すなわちそこでまず目についたのは、縦横きっちりと並べられた、ぱっと見だけで30を超えるテーブルの列。もちろん皆木製のお洒落なデザインである。また椅子は白羊亭と同じく六脚ずつ付いていたが、そのどれもが(まだ昼下がりなのに)天井からのロウソク・シャンデリアの光を受け、幻想的に輝き放っていた。しかも床に敷かれているのはワインレッド色のふかふか、毛足の長い超良質な絨毯で、足触りといい見た目と言いとにかく高級感が申し分ない。加えてさらにいえば、そんな場内に漂うのは得も言われぬ馥郁たる良い香りに違いなく――。


「それで、あれが」


 だが、そうして初めて見た『青銅の盾』店内の感想はただただ絢爛豪華としか表現しようがなかったものの、それでも、そんな中でも何よりも俺を、いやメイルをも引きつけてしまったのは、入って真正面、テーブル列のその向こうにあった一つの光景以外、あり得るはずがないのだった。


「あそこで、歌と踊りが」

「そう。そしてもちろんその主役はアマランス」


 すなわち、隣からメイルが賛嘆の思い溢れさせながら述べたように、


 今は紫色の緞帳降りたままの、そこ。客側からは、1ルークほど高くなっているだろうか。いわゆる、舞台と客席の間に開口部が作られた、俺の元いた世界ではそれなりの規模の劇場に設えられてあったやつ。つまりそこだけはまるで額縁の中、現実とは区別されたような。むろん今は開演前なので特に動きはないが、しかしそれ見ているだけで、誰でも我知らずわくわくとしたもの覚えてくる……。



「王都にある、最新の劇場を真似したらしいわね。もちろんお金もたくさん掛けて」

「何て言うか、いくらなんでも凝り過ぎだな……」

「最初はこんなでもなかったのよ。その後アマランスが人気を得るまでは」


 もちろんかくて二人の客は圧倒されっ放しだったとはいえ、それでも特にメイルの方が本来の目的微塵も忘れていなかったのは言うまでもない。つまり、ディックの店の様子を探るという。――それゆえ彼女はその内心の動揺悟られまいとしたのか、次の瞬間、ふいに声音を強くして言ったのだった。


「さあ、じゃあとにかく席に着くわよ。私たちのテーブルはあの右端。急いで、レト!」

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