【9話】地獄の三者面談
「だよねー。ちょっとビックリしちゃったよ」
雨宮さんは楽しそうに笑っている。
冗談ということがちゃんと伝わってくれたようだ。
俺は心の底から安心する。
兄妹で禁断の関係を築いているなんて勘違いされたら、最悪だったからな。
小さく息を吐いた俺は、入り口に立っている舞へ顔を向ける。
「で、お前はなにしに来たんだ?」
「飲み物をお持ちしました!」
舞はトレイを持っていた。
その上には、麦茶の入ったコップが乗っている。
「ありがとう。気が利く――うん?」
舞の行動を褒めようとした俺だったが、ここで異変に気付く。
トレイの上に乗っているコップの数は、三つ。
一つ多い。
珍しいこともあるもんだ。
しっかり者の舞がこんなミスをするなんて珍しい。
実はこう見えて、緊張していたりするんだろうか。
「飲み物を持ってきてくれたことは嬉しいけど、数を間違えてるぞ」
「間違っていませんよ。お兄ちゃんとお兄ちゃんのお友達、それから舞の分です!」
「……つまりなんだ。お前はこの部屋に居座る気か?」
「はい! 舞もお話に混ぜてください!」
舞のやつ、昨日言ったことを行動に移す気か。
このままでは、地獄の三者面談が始まってしまう。
そうはさせるか!
絶対阻止してやる!
「こら、舞。急にそんなこと言うもんじゃないぞ。お客さん困っちゃうだろ? ……ね、そうだよね雨宮さん?」
ここで雨宮さんが同意してくれるなら、舞も大人しく諦めてくれるだろう。
初対面の人と話すのは誰だって嫌に決まってる。
勝算は高いはずだ。
お願いだから頷いてくれ!
全ては雨宮さんにかかっている。
ありったけの願いを込めながら、返事を待つ。
「私は気にしないよ。仲間外れにしたらかわいそうじゃん」
しかしその願いは、完璧に打ち砕かれてしまった。
そうだ……。
すっかり忘れていたけど、雨宮さんは陽キャだった。
コミュ障の俺とは違って、初対面の人ともガンガン喋れるタイプの人間。
勝算なんてものは、最初からなかったのだ。
「ありがとうございます!」
テーブルにトレイを置いた舞は、雨宮さんのすぐ隣に腰を下ろした。
ウキウキしながら身を乗り出す。
「お兄ちゃんって、学校ではどんな感じなんですか?」
ついに、地獄の三者面談がスタート。
しかも開幕から直球の質問が飛んでいくという、最悪の事態だ。
「う~ん、そうだね……。無口で、いつも一人でいるかな」
そっちも直球かよ!
ぼっちの陰キャということが、速攻でバラされてしまった。
精神の体力ゲージが、一気に削られてしまう。
その通りだけどさ……そうなんだけどさ、いや、さすがにありのまますぎないか?
本人が聞いてるのにそんなこと言うか、普通?
もっとオブラートに包んでくれよ……。
「でもね、二人でお昼を食べているときは全然違うんだよ。いっぱい喋ってくれるし、それに話していてとっても楽しいんだ!」
……。下げてから上げるとか、なんだよそれ。ズルすぎる。
それに褒め方だって、直接的すぎるし……。
もっとオブラートに包んでくれよ。
恥ずかしさで全身が熱くなる。
これ以上話を聞いていたら、どうにかなってしまいそうだ。
二人に背を向けた俺は、イヤホンを耳にはめた。
大音量で音楽を流して、二人の会話を完全にシャットアウトする。
それから数時間後。
雨宮さんが俺の肩をトントンと叩いてきた。
俺はイヤホンを外してから顔を向ける。
「舞ちゃんがこれからお昼を作ってくれるんだって。村瀬くんも一緒に食べ行こ」
「うん。あ、でも雨宮さん、パン持ってきてたよね。それはどうするの?」
「おやつに食べるから大丈夫だよ」
持って帰るとかじゃないんだ……。
雨宮さんの食欲は、今日も絶好調らしい。
さすがは人類の神秘だ。




